いつか結ばれるより 
今夜一時間会いたい。

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1425年、中世の名残あるフェラーラのエステンセ城で男女が殺されました。

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(イタリア、フェラーラにあるエステンセ城)


エステンセ城の当主はニッコロ3世
35歳の時、20歳年下のマラテスタ家のパリシーナを後妻としました。

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(パリシーナ・マラテスタ1404〜1425)



その時パリシーナはまだ15歳でした


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ニッコロ2世の前妻はとんでもなく醜く、性格も悪い女性だったらしく、妻に愛想をつかしたニッコロ侯爵は大勢の愛人を作っていました。

多くの愛人の中でとりわけ愛したのが、シエナの貴族の娘、ステッラ・トロメイでした。


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ステッラは教養高く美しい女性でした。ニッコロ侯爵との間にウーゴ・デステ、リオネッロ・デステ、ボルソ・デステの3人の子を出産。


ニッコロ侯爵は愛人ステッラをいずれ正式な侯爵夫人にしようとしていましたが、ステッラはふとした病で若死にしてしまいます。


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ニッコロ侯爵はステッラの忘れ形見、ウーゴに跡を継がせようと伯爵位を与えて大切にしていました。

パリシーナはニッコロ侯爵夫人となり息子を2人産み、今や19歳の美しい女性に成長していました。

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(パリシーナと不倫したウーゴ・デステ  1405〜1425)
 その頃、ステッラの忘れ形見で世継ぎのウーゴ・テステは美しいステッラ似の美青年へて成長しいました。


20歳も歳の離れた夫と話が合わなかったのか、パリシーナは夫、ニッコロ侯爵の息子で自身にとって義理の息子、18歳のウーゴといつのまにか不倫関係に。。。


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しかし2人の禁断の関係は2年後に発覚してしまいます。

よく2年も隠し通せたものです
義理の息子と危険を犯してまで肉体関係を持つ必要があったのでしょうか?
義理の息子ウーゴもエステ家当主の未来を約束されてながら、何故継母と命がけの恋に落ちたのでしょうか

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しかしパリシーナは本能的に知っていたのがかもしれません。
女にとって最高に満ち足りた甘やかな思い。それらは愛する男の腕の中でなければ決して味わえないものだと。


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激怒したニッコロ侯爵はパリシーナ とウーゴ、2人とも斬首しました。

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(エステンセ城の地下牢への入り口。なんか怖いですね

一説ではパリシーナとウーゴは地下牢に閉じ込めて、耳や手足を1日ごとに切り取られ、苦しみながら死んだ、ともされています。

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(パリシーナとウーゴが斬首されたとされる地下牢)


パリシーナはまだ21歳の若さでした。若すぎる無念の死。

その後すぐにニッコロ侯爵は3度目の結婚をしますが、その妻はパリシーナの亡霊に悩まされ首吊り自殺をしています。

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エステンセ城では実際にパリシーナとウーゴが斬首された地下牢や首吊り自殺した侯爵夫人の部屋も見ることができるそうです

イタリア旅行の際には立ち寄ってみても良いかもしれません。パリシーナの幽霊に出会うかも?



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(不倫がみつかり、地下牢へと連れて行かれるパリシーナとウーゴ)


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(パリシーナ・マラテスタ  ニッコロ侯爵夫人)



パシリーナとウーゴ・デステが殺された部屋は現在、『首吊りの間』と呼ばれるようになった。