こんばんは。
1週間以上更新できませんでした。
この間、配信をお休みする日もあり
楽しみにしてくださる方には大変申し訳ありません。
先週の金曜日から今週の火曜日まで
弊所所属のタレントが出演する映画の撮影同行で広島に行っていました。
ロケーションも抜群で素晴らしく、充実した5日間を過ごさせていただきました。
ただひたすら暑かった 汗
北海道では40度を超える地域もあったそうで
いよいよ地球環境が変化し出しているなということを感じてしまいます。
こんな環境ですから
皆様も体調には十分にご自愛いただきたいと思います。
さて、そんな広島出張を過ごした1週間ではありましたが
この広島出張中の2日目、実はものすごく考えが巡ってしまう事態に陥ってしまいます。
特別何かがあったわけではありません。
ただ日頃と場所が変わって
見るもの聞くものすべてに刺激を与えられる環境下に自分が置かれたとき
急に頭が爆発してしまうそうなジレンマのようなモヤモヤするような
そんな感覚に覆いつくされてしまったわけです。
そして、半日ほどそんな日を過ごしているうちに
あることに気がつきすべてが解決されていきました。
今日はわかりづらい文章になるかもしれませんが
その「気づき」について書かせていただきます。
これから勇気を持って一歩踏み出してみよう
と考えている方にはタメになる良いお話かもしれません。
私が気づいたこと。
それは、私自身の「不足」でした。
今まで15年もの間、自ら事業を立ち上げ、考え、止まることなく進めてきたわけですが
もちろんうまくいくこともあればうまくいかないこともある。
満たされる収入の時期もあればトラブルを抱えて八方塞がりになってしまうこともある。
今回、広島のどことは言えませんが
広島のとある場所でいろんなものを見聞きして刺激を受けて考えて爆発しそうなくらいになって
この15年間を振り返ってみてまた考えてみて
淀みなくすんなりと心に飲み込めたこと。
それは、この15年間で起こり得たことはすべて「自分のせい」であったということ。
これまでも私は言葉としてことごとく「起こることはすべて自分のせいだ」ということは口にしてきました。
だけどそれは「言い聞かせていた」だけだったのかもしれません。
こんなに腑にまで落ちたことはありませんでした。
今回のことでとくに、どの部分で強くそう感じたのか。
一番は「仕組みづくり」のところです。
何をおいても私の立場で最も大事にしなければならないのは
事業主として営利団体に利益を生ますための「仕組みづくり」なわけです。
「仕組み」を作れていないとどうなるのか。
結果として数字も出なければもちろん利益も確保できません。
また仕組みが中途半端な分、組織体系も悪く
身体で表現すると全身に血が行き渡らない状態になるわけです。
これすなわち
起こり得ることすべては私が「仕組み」を作り上げていなかったがゆえの結果であり
言葉を変えればそれらはすべて「自分のせい」ということ。
今までも何度もそう思ってこの15年間を過ごしてきたことは間違いありませんが
私は本当の意味での「自己責任」に気づいていなかった。
例えば、私は今まで「自主性」というものを重んじるようにしてきました。
それは私の中で「自分の人生は自分で創造すべきものだ」という考え方があったため
その考え方を会社の内部構成にも採用するようにしていました。
ただこれ、気づいたときに一番自分を責めたところなのですが
この「自主性」というもの、裏を返せば
「あなたの責任はあなたの責任だから、起こり得るトラブルはすべて自主的になんとかしてね。」
ということになります。
すなわち、私が運営している事業にもかかわらず
その責任を「自主性」という言葉の下、本人たちに擦り付けてきたのではないか。
それは私がどんな状況下でも流動的に血を流し続けられる「仕組みづくり」をしていれば
「自主性」というものを重んじなくても自然と自動的に「自主的に」というものになっていくのではないか。
そんなことに気が付いたわけです。
そうして改めて私が行ってきた「仕組み」というものを総ざらいしてみました。
この総ざらいにブログを更新する時間を使っていたため
しばらく更新もできていませんでした、申し訳ありません。
気づきがあり視点が変わって、改めて見返して
やはりいくつもの「悪しき仕組み」を見つけることができて
これは放置していられないと武者震いするような圧迫感を感じました。
そして今日現在、すでに「仕組み」を変えて伝達し開始したものもあれば
変えずとも新しい「仕組み」に組み込むことで光が当たるというようなものも整理をし始め
おそらく私の弱さがゆえに招いた「悪しき仕組み」を根絶するために
全力を注いでいるところです。
ここまで自分というものの「不足」を感じたことは正直いままでの人生でありませんでした。
所属タレントの撮影同行という業務が無ければ
広島のとある場所に行っていなければ
きっとそんなことには気づかずに悪しきものを引きずり続けていたのではないかと思います。
同行できたことに感謝でしかない。
反省はしません。
反省をしている時間があるなら
その時間は私の本分である「営利団体に利益を生む行動」にすべてを注ぎ込むことが正しいことだと思うから。
そしてそのために
「仕組みづくり」をゼロベースで改めて行ってまいります。
良きは継続、悪しきは変換・排除する。
誰のせいでもなく、私が創った私が作るべきものだから。
以上、今日は「気づき」それ、私のせいですについて書かせていただきました。
この記事がご参考になる方がいらっしゃれば誉れです。
それでは、また次の記事でお会いしましょう。