こんにちは
UMIで心の勉強修行中の、かほ です。
昨日のブログで、
「傾聴」って難しかったけど、
自分の心の声を聴いてあげられるようになったら、自然とできるようになったよ、
と書きました。コチラ
これってつまり、
自分がしてもらってないことは、人にもできない
と言うことなんですけどね。
この理論、色んなところで応用できるよな~って思います。
というのも。
今日は、学校の尿検査の提出日だったので、
学校に行っていない娘(小6)と、息子(小2)の尿を、事務室へ届けてきたんですね。
8時半には業者さんが尿を回収にきちゃうってことだったので、
朝から子どもたちを起こして、尿を採取して、時間までに届ける、というミッション。
しかも、今朝は雨が降ってた…!
ここまでで、「尿」って4回も言っちゃいましたね…
不登校でなければ、わざわざ私が届ける必要のないこと。
だけど、子どもたちの健康チェックにもなるし、率先して学校へ届けた私。
まじ、エライ!
ごくろうさま!!
こんな風に、めっちゃ自分をねぎらいながら行ってきました
この、「自分をねぎらう、褒める」っていう作業、
当たり前にできる人もいるんですが、以前の私はできませんでした。
2年前、娘の尿検査を学校に届けた時は、
息子を幼稚園に送り届けてから行かなければならず、
時間もギリギリで。
「娘が不登校になったせいで、こんな大変な思いをして、みじめだなぁ」
って思いながら、必死になってやってました。
ねぎらうどころか、娘のことも、自分のことも責めていました。
にょ~~!
こんな感じで、一事が万事。
いろんな場面で、自分をねぎらったり褒めたりすることなく、
当たり前のように責めていたので、
当然、自分以外の人を褒めることも、できませんでした。
子どもたちを、素直に褒められない自分のことも、責める始末で・・・
そんなにいつも自分を責めて、Mかよ!って感じですけど、
それにもメリットがあったからやっていたんですよね。
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責めることで、自分は被害者の立場にいられる。
悲しいんだけど、そこから自分は何もしないでもいられて、居心地がいい。
「自分はダメ」っていう、私が持っているセルフイメージも現実化できて、脳が安心する。
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受け入れがたい部分もあったけど、この仕組みを知れたことで、
それまで自動的に自分を責めていた、思考の癖を、見直していきました。
そんなわけで、自分を褒めることがだんだん楽しくなってきた私。
初めは、子どもたちへ、
それに慣れてくると、夫も褒められるようになってきました
宇宙の法則で見ても、相手も自分も責めた分のマイナスが返ってきていた以前と比べ、
相手も自分も褒めることが増えた今は、そのプラスも享受していると感じます。
いつもいつも、出来るわけでもないけれど。
出来る時に、気づいた方から
今日も、最後までお読みいただき、ありがとうございました
あなたの中にも、ダメ出し大好きキャラ、いませんか?よろしければ