【パソコン歴史浪漫】90 PHC-25&CEFUCOM-21 ~PC-6001互換機の謎 | サンロフトの本とテレビの部屋
2013年06月25日(火) 12時23分35秒

【パソコン歴史浪漫】90 PHC-25&CEFUCOM-21 ~PC-6001互換機の謎

テーマ:雑感

【パソコン歴史浪漫】90 PHC-25&CEFUCOM-21 ~PC-6001互換機の謎


「互換機」といえば、「IBM PC互換機」が現代の我々にとって最も大きな存在だ。互換機のお陰でIBM PCは世界を席巻し、後のDOS/Vブーム、Windowsブームをももたらした。現代のPCは、IBMのPC部門だったレノボも含め皆が互換機といっていい。Macintoshさえ、BootCampを考えればIBM PC/AT互換機の一種だ。Macintoshもかつては互換機を認めていた時期があり、パイオニアから互換機が出てきた。


日本では、NEC PC-9801シリーズ互換機として、EPSONがPC-286を発売。EPSONが「国民機」のコピーで広告を打つなど、大変な騒ぎとなった。シャープもMZ-2861でソフトウェア・エミュレーション方式でPC-9801互換を実現していた。今ふうにいえば仮想化ソフトだが、速度や互換性の問題もあり普及しなかった。MZ-2861という機種が一代限りで終わったせいもある。


だが、日本の互換機はもっと遡ることができる。1983年発売の三菱MULTI8である。PC-8001のN-BASICで書かれたプログラムを、データレコーダで読み込むことが出来たのだ。MULTI8のM-BASIC80は完全互換ではないものの、僅かな修正で動かすことが可能であった。
ただ、1983年は市販ソフトが主流になり始めた時期。オールBASICのソフトも廃れつつあり、中途半端な互換性はウリにならなかった。


さらに遡って、1982年にSANYOから発売されたPHC-25が、PC-6001互換機であった。今日、2ちゃんねるの書き込みを見るまで、すっかり忘れていた。確かに、当時、PHC-20、PHC-25というホビー用パソコンが出ていたのだ。
手元にカタログが無いため、SANYOはMSXで参入したと錯覚していた次第。ライトペン装備のWAVY10、スロット3基装備のWAVY3等の個性派モデルがあった。もっとも、当時のMSXはどのメーカーも個性を競っていたが。


PHC-25は、前発売のPC-6001とほぼ同じスペックだった。ROMが16K→24Kバイト、RAMが16K→16K+ビデオRAM6Kバイトと上回る点がある一方、サウンド機能がオプション、ファンクションキーが4つしかない、ページ切り替えキーが無い等、足りない部分もある。PC-6001のウリだったカートリッジスロットも無い。
しかし、32×16文字表示、64×48ドット9色セミグラフィック、128×192ドット4色、256×256ドット2色グラフィックは同じ。↓エミュレータで見る画面は、グラフィックの色合いやテキストの黄緑バックが下のグラフィックを消すところ等、滲みが無いだけでPC-6001そのものである。
これで6万9800円。見た目のコンパクトさからも、ナショナルJR-100とPC-6001の中間的機種といえるだろう。PC-6001用のN60-BASICのプログラムがデータレコーダから読み込めたというが、詳細は定かでない。


もう一つのPC-6001互換機が1983年頃発売の日野電子「Multipurpose SLAP Computer CEFUCOM-21」。コンピュータや英語の学習が行えるもので、通常のパソコンとしても機能する。当時は、学習目的のホームコンピュータが他にも出ていた(詳細は忘れたが)。日野電子はパソコンや周辺機器のメーカーとしても聞いたことがなく、SANYO PHC-25をカスタマイズしたマシンらしい。参考資料は↓ぐらいしかない。


パソコンが何者かも分かっていなかった1980年代前半。NEC、シャープ、富士通、日立、東芝、三菱、カシオ、松下らが激戦を繰り広げる一方で、こんな互換機も作られていた。大らかな時代であった。


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