世界文学登攀行

名著といわれる古今東西の世界文学を登攀していきます。
文学とともに歩む成長の記録。になるはず。


(P1-74)「一の巻」


物語の舞台は、書かれた時から遡ること100年ほど前のフランス宮廷。
読んでいると「源氏物語」の雰囲気とよく似ている。
ちょっと女性が奔放な感じが、違ってはいるけれど。


300ページ弱の作品に、多くの人名が登場するため、いずれも端役だろうから、名前も記憶しなくていいかもしれないと思っていたら、まるごと重要な人たちだったので、慌てて人物相関図を作りながら読み進めていった。
画像を添付してみたが、なんとこれ、30ページの時点でのものである。
登場後の展開によって、何度も貼る位置を調整した、苦心の作でもある。


「源氏物語」の時に学んだことだが、こういう社会を把握する時は、できるだけ細かい情報を可視化しておいた方がいい。
フランス貴族にとって最重要事は、王の寵愛と血縁なので、ここを外してしまうと、よく学生生活で想像する、薄っぺらい恋愛物語になってしまう。
いや、根っこにあるのは、同じでいいのだけど、貴族の場合は、男女の自然な感情に様々なもの、概ね利害が絡み合い、がんじがらめになっている状態でなお、人を愛し、傷つけ、傷つけられるところが、悲劇的であり、作者の腕の見せ所でもあるのだろうと思う。社会を背負っているがゆえの重さがあるのだ。


しょっぱなから、なんか偉そうなことを言ってしまった気がする。
「世間の母親は娘たちを色恋から遠ざけるためにはそういうことを娘の前で話さなければよいと考えている。シャルトル夫人の意見はそれとは反対で、娘に男女の恋の詳細をよく話して聞かせた」(P18-19)というのを読むと、現代でもひょっと見かけそうな文章だなと思うし、「女が二十五をすぎてなお男に愛せられるなどということを信じられぬ年ごろにいるクレーヴの奥方は」(P44)という部分では、さすがに時代を感じたりもした。


この物語に登場するある女性は、自分のことは恋でもなんでも、母親に話をする。
まったく友達のような母娘であるが、まだ全く少女と言える時期に、手練手管が渦巻く社交界に乗り込んでいかなければいけないのだ。親のアドバイスというものが今以上に重要だったのもうなずける。
時代も社会も違う中での親子の関係というものは変化する。それは、個別に千差万別の形を取るし、親子とはこうあらねばならぬ、という発想自体、注意するべきものなのかもしれない。


先ほど、30ページ近くまで人物関係の整理に手間取ったようなことを書いたが、そこを把握できてからはスムーズに読めるようになった。むしろ、この短いページ数で物語世界に連れていかれたことに驚いているが、その社会の一員になってしまうと、貴族のうわさ話(もはや実際には登場しないような、うわさ話のためだけにでてくるような人の話題でさえ)も興味深く読めてしまう。
今は、この小説、どう面白さを伝えていいのかわからないが、すごく面白い、という状態である。
もっともっと大長編でもよかったのに、と、今から思ってしまう。





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