私がまだハタチのころ、ブサイクで(今もかわりませんが)モテなくて、童貞で、何度も自死を夢みていた頃です。
 

早大生だった当時の私は、イジケッ子マンガ集団というオタク度の高いサークルで、原作を担当していました。
一年生の冬休み、そのイジマンの合宿で、草津温泉にスキーに行ったことがありました。

その帰り、遅い昼食を摂りに、群馬県前橋駅前のロッテリアに行ったのです。

ちょうど学校の下校時刻で、私はふと、地元のちょっとキレイな女子高生二人連れとすれ違いました。

女性に憧れながらも一方で、ほとんど女性恐怖症に近いアガリ癖のあった私は、彼女たちを遠くで見かけただけで、テンパってしまい、わざと気にしていないフリをしてすまし顔をつくってすれちがったのです。

その瞬間、二人のうちの気の強そうなコが

「何気取ってんだよ」

といい放ちました。するとなんとすかさずもう一人のコが

「かわいいじゃん」

と言ってくれたのです。

私はその瞬間まで、人生においてそんな言葉を女性から言われたことは一度たりともありませんでした。

「かわいいじゃん」

かわいい? 私が?

ホ、ホントなの?

そういってくれたの?

ほんと?


私の心の中はそれまで味わったことのないような感動にざわついていました。

今にいたるまであの時の前橋の名も知らぬセーラー服の、美形の女子高生さんへの感謝の念は絶えたことはありません。

なぜなら、その後も「モテない」「またフラれた」「死にたい」の心の中のループが巻き起こってきても、(私にはこれでも、私はこれでも、たった1人だけ、たった1人だけ、あの時の前橋の女子高生さんだけはかわいいっていってくれたんだ)

そう思って、何度も何度も自死を思いとどまってこれたからです

ここで逆の立場に立って「ナンパ」というものを考えてみましょう

ある冴えない、当然モテない、男性と付き合ったことすらない1人の女性がいたとしましょう

そこであるとき、どこかの場所であなたがその女性とすれ違い、ちょっといいなと思い

それをきちんとコトノハ、言霊にして

「とても好みのタイプの方なので」

「ちょっとびっくりするぐらい素敵な方で、どうしても声をかけないではいられなかったんです」

と、言ってみてあげてください。

無視されるかもしれません。

でもホントは、彼女だって無視しながらも内心「やったー!」とガッツポーズをとっていることが多いのです。

女性にとっても、「ナンパされる」とは、「おんなの勲章」なのです。

座間の事件の8人の女性犠牲者たちもきっとナンパされていなかったのではないでしょうか。

これをお読みの読者諸兄におかれましても、もし、あなたが8人の少女・女性たちに

「とても綺麗な女性だったので」
「どうしても声を掛けないでいられなかったのです」

と、たった一声、かけておいてあげたとしたならば、あるいは、首吊り師なるサイテイな男に引っ掛からず、自殺の誘惑に打ち勝ち、今を、未来を、生きているかもしれません。

いや、きっとそうでしょう。

そう、

ナンパは善

なのです。