自己紹介 | 近世墓鑑定士

近世墓鑑定士

先祖探しは、上質のミステリーと同じくらい謎に満ちています。
しかもそれはあなた自身の「謎解き」なのです。
もしあなたの300年前の先祖がわかったら……

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はじめまして

 

近世墓鑑定士の吉田幸弘です。

 

本日から近世墓、つまり江戸時代に建てられたお墓についてお話をしていきます。

 

江戸時代のお墓は江戸時代の階層性を如実に語っています。そういう意味では先祖探しに最適の史料になります。是非、近世墓を読み解く知識をつけてください。

 

さて、私の自己紹介を致します。

 

傳の会代表。

江戸時代に建てられた墓から、その家の身分、家格などを見極めることが出来る近世墓鑑定士です。

古代出雲国の王、素戔嗚・大国主の末裔で、安部一族の安部宗任の末裔でもあります。

その後先祖は鎌倉時代になって吉田を名乗り、出雲吉田城の城主となりました。  

戦国時代には吉田流弓術を開眼し宗家となり、近江国吉田城の城主になった後、室町幕府第十二代将軍足利義晴公、仙台藩初代藩主伊達政宗公、大坂城代阿部正次の弓術指南役に就く。また越前朝倉家最後の当主、朝倉義景公にも弓術を指南し、朝倉家の家紋である「三つ盛木瓜」を贈られました。

 

しかし六代目宗家吉田豊綱の時に徳川将軍家弓術指南役を庶家と争い、それが叶わずに浪人となってしまい、それから260年、一族は福島県常葉で過ごした後、著者の祖父が明治の終わりに東京荒川に上京し、以後東京在住となりました。

 

また、母方の先祖は関白豊臣秀次の附家老で、伊予国柾木城16万石の城主だった粟野秀用で、粟野秀用の先祖は伊達宗家初代当主の伊達朝宗です。