頭の中と同じ??

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子供が三歳半です。

 

 

ここ最近、イヤイヤ期、自我を主張することが全開です。

 

 

お風呂上ってからも、裸で30分以上走り回る。

 

 

ソファでジャンプ!それをひたすら繰り返す。

 

 

ご飯も好きなものしか食べない。

 

 

お菓子大好き。

 

 

一方で、私はそういう子供に対して、イライラ、キーーーーっとなる。

 

 

さっさとパジャマを着てもらわないと寝る時間が遅くなる。

 

 

ご飯も早く食べてもらわないと片付けが遅くなる。

 

 

もーーーー、あんたに時間ばっかり取られててーーー(怒り爆発)

 

 

あまりに怒りすぎて、魂が私の中から半分抜けたようになったときに気づいた。

 

 

これ、私の頭の中で起きていること一緒じゃないか。

 

 

子供は本能のままで、動いている。

 

 

お風呂上りに走り回るのもの、ソファでジャンプするのも、好きなご飯しか食べない、ご飯よりお菓子が好きなのも。

 

 

楽しい~~~、おいしい~~~、に正直に動いているだけじゃないか。

 

 

一方で、理性の塊の私は、こんなことしていたら時間がどんどん取られる。次の予定に差し支える。ご飯もちゃんと全部食べる。お菓子はご飯を食べてから…など。

 

 

そして自分が主導権を握れないから、支配できないから、イライラと怒りがでてくる。

 

 

私の頭の中と同じじゃないか!!!

 

 

ちーん。

 

 

私の頭の中では、本能は色んなこと感じてる。主張してくる。でもそれを理性という思い込みが、それを打ち消そうとしている。それなのに、本能は思うがままにしてくる。なんで私なのに、私の思い通りにならないのーーーって。イライラ、キーーーっとなっている。

 

 

うわー、UMI効果だような。こんなこと今まで思わなかったし気づかなかった。

絶対に子供を服従させようとして怒鳴ってたよな。というか、もうかなり怒鳴ってたやん(笑)

 

 

というか、学んだからと言って、急に子供に対してイライラがなくなりましたなんて、決してないです。昨日も、UMIの仲間のブログを読んで、気持ちが優しくなったのに、その数分後に子供にキレていましたから(笑)

 

 

ただ、以前と違うのは、キレた後です。

 

 

前の私は「また怒ってしまった…」と自己嫌悪になる。「今はそういう自我がでてくる時期だから」と子供のせいにする。

 

しかし、今回は自分のキレた時の感情を感じきると、本当は、自分が別の不安を抱えているのが分かる。

 

不安の内容はカウンセリングの勉強をしたいのに、思うように出来ない。理解がすすまない。それを時間がないからだ。子供が時間を奪っているにしている。

 

今の私に必要なのは、子供を怒ることではなく、自分の不安に対して向き合うことであると。

 

 

この気づきです。UMIで学んだのは。

 

 

そして必要なのは、行動です。←自分に言い聞かせてる(笑)

 

 

 

洗い物がきらい??

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家事の中でやりたくない事。断トツ1位は洗い物。

 

 

平気で1日放置もできる。

 

 

結婚し、子供が増えると、段々と洗い物の量が増えてきて、怒りにもなる。

 

 

食洗器も使っていた時期もあるが、きれいに洗えていない部分が出てくると腹がたつ。

おまけに食洗器の時間が長い。もっと早く洗えないの?とか「快速コース」にしていても思う。

 

 

結局、何をしても嫌だと思いたいんだよな、とUMIで学んでから、そう感じる自分に偏りがあると気づき始めた。

 

 

結局、洗い物が嫌い、家事面倒、主婦大変。と思いたいんだなと。

 

 

えーーー、こんなところにも自分の気持ちが隠されていたんだ。

 

 

新たな自分を発見(笑)

 

 

 

 

早朝から

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最近、旦那の出勤時間5時半に合わせて息子が一緒に起きるようになりました。

 

 

「パパにいってらっしゃい」がしたいと。

 

 

それまでは、旦那が出勤してから息子が起きる7時までは私の自由時間だったのに、それが消えた…。

 

 

気持ちを割り切って、朝の時間は子供と過ごすにしたり、色んなパターンを試したがなんだかしっくりこない。

 

 

この期間に見えてきたのが、

 

 

変化に対応できない自分。

 

 

子供がいると「出来ない」にしていることが多い。

 

 

状況や環境が「こうなれば」私のしたいことが出来る。

 

 

それ以外の条件では、自分は「出来ない」として、「出来る」許可をださない。

 

 

そういうこだわりがあるのが見える。

 

 

例えば、「子供がいる」状況であれば、ブログはかけない、家事もはかどらない等々。

 

 

でもいま子供がいてもブログがかけている(笑)

 

 

こうやっていろんな出来る可能性を排除していたんだな~、自分自身で。

 

 

 


 

 

「疲れた」の変化

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家事を全くやりたくない時があります。

 

 

その時は全くしません。

 

 

食事作りから洗い物、洗濯物、すべて放置です。

 

 

旦那や子供の食事もスーパーで購入したもの。

 

 

そして丸一日何もしなければ、自然と家事をやろうという気持ちがでてきます。

 

 

今まではやりたくない気持ちがでてきても、無視してやっていました。

 

 

主婦だから。

 

 

でも、めっちゃしんどいし、嫌々やから、そのときは周りにも八つ当たりしてしまう。

 

 

何で私だけがこんなにしんどい思いをせなあかんねんーーーーって。

 

 

その気持ちをみる。

 

 

誰にも強制されていない。

 

 

嫌なら止める。

 

 

でも、旦那や子供の食事が…の気持ちが出てくる。

 

 

それであれば、食事を作らなくてもよい方法をを考える。

 

 

それでも罪悪感から手離せなかった。

 

 

あー、あんなに洗濯物がたまってきている、今日は天気がよかったのに、とか。

 

 

なんか全部ひとり芝居。

 

 

主婦でも、人間だからしんどい時はある。

 

 

その選択を自分でする勇気がないから、何か言われたときに対応したくない、責任をおいたくないから、すべて周りのせいや罪悪感のせいにしているだけ。

 

 

その気持ちを向き合いたくないから、思考をストップさせて、頭の中をモヤモヤでいっぱいにさせてエネルギーを消耗させていた。

 

 

自分の人生なのに。

 

 

こんなこと繰り返していたら、そりゃー疲れるわな(笑)

 

 

UMIをしてからは、こういう気持ちが沸き上がってくることも少なくなった。

 

 

「周りからさせられているのは」自分の被害者意識が創りだす演出だから、それをあきらかに自覚したからだ。

 

 

何かあれば、その時にできることを対応すればよいだけ。

 

 

すると、不思議に「疲れた」という感覚も、純粋に肉体疲労を感じるようになってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体感

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昨日、UMIの勉強会でした。

 

 

夜に改めて勉強会の部分を振り返ると、自然と涙がつーーっと。

 

 

自分でびっくり(笑)

 

 

勉強会の時に、「世界は自分の意識が創っている」とゆき講師に言われた部分。そこを思い出すと、今までの自分の人生が一瞬にして走馬灯ように巡ってきて、自分でも何の感情が分からない涙がつーーーっと。

 

 

「世界は自分の意識が創っている」

 

 

色んな本やブログにも書かれている言葉。

 

 

今まで完全に分かったふり、もしくはスルーしていました。

 

 

なぜなら、自分の思考のクセ、とらえクセがそれらを見えなくさせていたから。

 

 

特に私の場合は、被害者意識が強い。

 

 

だからどうしても自分の意識が創っているとわかると都合が悪い(笑)

 

 

自分ひとりで本やブログを読んでいただけでは、私の場合は絶対に気がつかなかった部分、そして涙で感じたこの体感。

 

 

このような体感一つ一つの積み重ねが自分の意識の変化につながっていくのだなと感じました。