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 ある人からプレゼントされた

 バッグですが

 黄色く刺繍された

 【牙】の1字が強烈な

 印象を放っています。

 道ですれ違った険しい相の人に

 険しい一瞥をかまされた

 ことがありました。

 僕の直木賞受賞作《黄色い牙》

 を表している1字です。


 バッグがくつろいでいるところは

 あるホールの楽屋です。

 時間よりだいぶ前に入って

 近くをウオーキングしました。

 戻るまで楽屋は無人です。


 こんなとき

 妖精が戯れるために

 出てくるのでしょう。

 僕のバッグにも

 いつしか1人の妖精が

 棲みつくようになつたようです。

 バッグを少し開け

 僕の不在を知ると

 テーブルに出て

 ダンスを踊り始めました。

 「この楽屋にも僕らの仲間がいるでしょう。
    出ておいでよ。一緒に踊ろう」

 骨董品の花瓶から

 鏡の中から

 ポットの中から

 壁の時計の中から

 棚のコケシの中から

 次々に妖精たちが現れて

 テーブルの上で

 蝶が舞うような

 華麗なダンスを始めました。

 そうして

 僕が楽屋に戻る気配を

 いち早く悟って

 それぞれの住みかに戻るのです。

 僕は楽屋に戻り

 何事もなかったように

 バッグからのど飴を出して

 舐めるのです。


 人は妖精と共生しているのです。

 そのことに誰も気づいておりません。
 
 無論 僕も。

 そうではないか

 と想像しているだけです。