イソップ寓話に「樫の木と葦」という話がある。

太い「樫の木」に比べ、細い「葦」はいかにも弱そう。

しかし大風が吹いた時、倒れなかったのは葦の方だった。

樫の木は頑丈さを過信して、まともに風を受け、根こそぎに。

葦は懸命に体を曲げながら、風に耐え抜いた。

 

努力や信念だけではどうしようもない困難に直面した時、

がむしゃらに“勝とう”とするより、粘り強く“負けない”こと。

その生き方の大切さを、物語は教えてくれる。

 

順風満帆なだけの人生はありえない。

不慮の事故、思いもしなかった病気、自然の猛威……。

 

あまりに大きな苦悩に、打ちのめされることもあるかもしれない。

 

その時、不安や心配事を、一人で抱え込む必要はない。

決して孤独になってはならない。

 

友との語らいは、喜びを倍にし、悲しみを半分にする」と西洋の格言にある。

生命と生命は“感応”し合うもの。

元気な人と会えば元気になるし、勇気の人と動けば勇気が湧き上がる。

 

池田先生は語っている。

 

「人は誰もが勝利者になるために生まれてきた」

「負けないことが、勝つことだ」。何があっても前へ、どこまでも前へ!

 私たちには、一切を“幸福の糧”に転じる哲学がある。

同志がいる。無限の力を引き出す、師弟がある。(誠)

 

          名字の言>2018.7.29

          聖教新聞「SEIKYO ONLINE」

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「崇峻天皇御書」日蓮大聖人全集P1174

 

不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ

 

~通解~
不軽菩薩( ふぎょうぼさつ )が人ごとに敬ったというのは、

どういうことを意味するのであろうか。

教主釈尊(きゅうしゅしゃくそん)の出世の本懐( ほんかい )は、

人として振る舞う道を説くことであった。
仏法の極理は観念ではなく、人の「振る舞い」に表れる、

との仰せです。

~池田先生のご指導~
「人が見ようが見まいが、自らの命を一生懸命に生き切ること、

自分が今いる家庭や職場や郷土を良くするために

ベストを尽くすこと。

その陰の勇気と努力ありてこそ、生命は黄金の光を発する」

「一切衆生を 「仏」 と敬うことのできる人を 「仏」 というのである。

ゆえに、御本尊を受持し、

広宣流布に邁進する創価学会員の皆様を 、「当に仏を敬うが如く」

 お互いに、尊敬し会わなければならないのであります。」

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「法華経題目抄」日蓮大聖人全集P947

 

妙とは蘇生(そせい)の義(ぎ)なり蘇生と申すはよみがへる義なり

 

~通解~
妙とは蘇生の意味である。蘇生とはよみがえるということである。

宇宙と生命の法・妙法は、一切をよみがえらせると仰せです。

~池田先生のご指導~
妙法を唱え、行じる私たちは、常に生まれ変わったような

新鮮な生命力で、はつらつと躍動していくことができる。
また、そうでなければ、真に妙法を実践しているとはいえない。

 

「妙の三義」(1.開く義 2.具足・円満の義 3.蘇生の義)とは、
 『わが胸中の仏の大生命を「開く」。

大宇宙に遍満する仏の大生命が、わが一念に「具足」する。

そして凡夫の生命を仏の生命へ「蘇生」させる。

この妙法の「大良薬」の働きを表しているのです。

私たちが唱える題目の「妙」の一字には、

これほど絶大な功徳力があります。
唱題に励み、広宣流布に進みゆく我らの仏道修行は、

まさにこの「妙の三義」を、わが生活・人生の上に晴れ晴れと

現じゆく尊極の実践にほかならない。

 

ゆえに我らの信仰即人生には、絶対に行き詰まりはありません。

どんな境遇にいても、必ず蘇生できる。

宇宙の大法則に則り、すべてを円満に調和させながら、

無限の活力をもって勝利を開いていけることは、

御聖訓に照らし間違いないのです。』

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「一生成仏抄」日蓮大聖人全集P384

 

深く信心を発(おこ)して日夜朝暮(にちやちょうぼ)に又懈(おこた)らず磨(みが)くべし何様(いかよう)にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是(これ)をみがくとは云(い)うなり

 
~通解~
深く信心を起こし、日夜朝暮に怠らずわが心を磨くべきである。
どのように磨くべきか。
ただ南無妙法蓮華経と唱えることが磨くことになる。
 
信心の実践で、心を磨いていくように、と教えられています。

~池田先生のご指導~
日蓮大聖人は「一生成仏抄」において、
私たちが「成仏」という永遠の幸福を得るためには、
自分の中にある「南無妙法蓮華経」を
あらわしていきなさいと教えられています。
どこまでも自分の中にあるのです。

そして、深く信心を起こし、決して怠ることなく唱題に励み、
心を磨き抜いていけば、一生成仏は疑いないと、
仏道修行の心構えを示されています。

「南無妙法蓮華経」の題目を唱える唱題行は、
自分自身の中にある「妙法蓮華経」という仏の生命を 
呼び覚ます作業です。

さらに、唱題の持続によって自らの生命に功徳を積み重ね、
心を根底から変革していくことができます。
 
それは、自分自身を絶対の幸福の軌道に乗せることといえます。
 
これこそが一生成仏の道であり、この最も幸福な道に、
一人、また一人と導き、共に歩み抜くことが広宣流布なのです。

信心とは、弱い自分自身の心との戦いである。
 
その戦いを勝ち超えていくためには、
自分の弱い心に左右されるのではなく、
ただ法華経を根幹として生きていくべきであると教えられています。(一生成仏抄講義より)

 

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<教学> 生命論 「 十界論 」

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女性に贈る100文字の幸福抄 [ 池田大作 ]

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