登山が趣味の友が言った。

「山頂にたどり着いた時の喜びもいいけれど、

“下山の苦しさ”を知るところに醍醐味がある」

 

上りは元気いっぱいで、次第に頂上へと近づいていく楽しみもある。

だが下りは違う。疲れが蓄積した状態で、足腰への負担も大きくなる。

だからモチベーションの維持が難しい。

「気持ちのスイッチをオンの状態に保てるか。

    体力以上に心の強さが試される」と

 

山登りは、しばしば人の生き方に重ねられる。

登頂は“夢や目標の実現”であろう。

達成感は格別だが、一瞬のものでもある。

すると下山は“一度の成功”“いっときの栄誉”に満足しない精神であり、次なる山を目指す“新たな出発”ともいえる。

 

初代会長の牧口先生は27歳の時、「山と人生」と題して講演した。

山には人心を啓発する働きがあると訴え、青年に登山を勧めた。

 

その先生が仏法に帰依したのは90年前。

教育者としての地位を確立し、人生の折り返し点を過ぎた57歳の年である。

「言語に絶する歓喜を以て殆ど六十年の生活法を一新するに至った」と語り、

人生の新たな峰へ登攀を開始したのだ。

 

山の向こうには、また山がある。

その山を常に見据え、安逸を良しとしない挑戦者でありたい。

日に日に新たに喜びを味わえる人生を歩むためにも。(之)

          名字の言>2018.5.28

          聖教新聞「SEIKYO ONLINE」

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「諸法実相抄」日蓮大聖人全集P1359
たえて弘(ひろ)めん者をば衣(ころも)を以(も)て釈迦仏(しゃかぶつ)をほひ給うべきぞ、諸天(しょてん)は供養(くよう)をいたすべきぞ・かたにかけせなかにをふべきぞ

 

~通 解~
(末法の法華経の行者(ぎょうじゃ)には「三類(さんるい)の強敵(ごうてき)」による大難が起こるが)この難(なん)に耐(た)えて法華経を弘める者を、釈迦仏(しゃかぶつ)は衣をもって覆(おお)ってくださり、諸天は供養をし、あるいは肩に担(にな)い、背に負(お)うて守るであろう。

~池田先生の指導~同志への指針
大聖人の仰せ通り、我らはいかなる苦難(くなん)にも耐(た)え抜(ぬ)き、広宣流布に戦い続けている。

ゆえに、仏天(ぶってん)が厳然(げんぜん)と守らないわけがない。真剣な祈りに、諸仏(しょぶつ)も応えてくださる。

勇敢(ゆうかん)な行動に、諸天も動き働くのだ。仏法は道理(どうり)である。
大誠実の人が、最後は必ず勝つ。正法正義の人は、宇宙まで味方にできる。信心とは、大満足の人生を勝ち開く絶対の大法則なのだ。

 

女性に贈る100文字の幸福抄 [ 池田大作 ]
5月17日
家族のため、近隣のために、自分らしく、誠実に

精一杯の努力をして生きてきた女性の一生は、
平凡であっても、尊く美しい。

女性に贈る100文字の幸福抄 [ 池田大作 ]

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池田先生スピーチ


女性の門下である千日尼に贈られた、
日蓮大聖人の御言葉を拝したい。

 

「法華経の師子王を持つ女性は、一切の地獄・餓鬼・
畜生などの百獣に恐れることはない」
(御書1316ページ、通解)

 

妙法を持った皆様は、何も恐れる必要などない。
また、絶対に恐れてはならない。

 

聡明に、智慧をめぐらせ、一歩一歩、

正義を 知らしめていけばいいのである。

 

皆様こそ「法華経という師子王」を持つ女性なのだ。

~中略~
ともあれ、人権を踏みにじる言葉は、

言論の自由ではなく「言論の暴力」だ。

 

間違ったことに対して正義を訴えるのは、当然の権利だ。
これがなくなれば、民主主義は崩れるからだ。

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「日眼女造立釈迦仏供養事」日蓮大聖人全集P1187


頭(こうべ)をふればかみゆるぐ心はたらけば身うごく、大風吹けば草木しづかならず・大地うごけば大海さはがし、教主釈尊(きょうしゅしゃくそん)をうごかし奉(たてまつ)れば・ゆるがぬ草木やあるべき  

 

~通解~
頭を振れば髪が揺らぐ。心が働けば身体が動く。大風が吹けば草木も揺れる。大地が動けば大海も荒れる。同じように教主釈尊を動かせば揺るがぬ草木があるだろうか。

 

強い一念で御本尊に祈れば、諸天善神が必ず動くとの仰せです。

~池田先生のご指導~
妙法の当体である御本尊を「うごかして」いくには、まず自分自身の一念を"強く動かす"ことが必要になります。すなわち、"絶対に信心で解決(実現)しよう"と強い決意をすることです。
そして、「何を、いつまでに、どうするのか」という具体的な目標を決めることです。決意と目標を明確に、一念を定めた強い祈りで、生命力(行動に変わる)と智慧(方法・手段)を引出し、最大の努力と工夫で実戦したとき、勝利の実証を示すことが出来るのです。
信心というのも、すべて自分の一念で決まるんです。
"心こそ大切"なんです。どういう心で頑張ったかなんです。一念の因果なんです。

 

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「転重軽受法門」日蓮大聖人御書全集P1000・編379)

 

先業(せんごう)の重(おも)き今生(こんじょう)につきずして未来(みらい)に地獄の苦を受(う)くべきが今生にかかる重苦(じゅうく)に値(あ)い候(そうら)へば地獄の苦(くるし)みぱっときへて


~通解~
過去世の重い業が今生では尽きずに、来世に地獄の苦しみを受けるところを、今生にこのような重い苦しみにあえば、地獄の苦しみがぱっと消えて……。

現世に正法を信ずることにより、過去世の重い業の報いを軽く受け、消滅させていけると、「転重軽受」の法理を示された一節です。

~池田先生の指導~
仏法では、過去の善・悪の振る舞い(心・言葉・動作)が、自分自身の生命に善・悪の業として刻まれ、その報い(果報)が未来に、楽や苦となって、必ず、あらわれてくると説いています。
過去世の重い罪業による地獄のような苦しみの境涯も、妙法を弘めようとして遭遇する難を乗り越えることで、その罪業を消滅させて宿命転換することができる。罪業をなくしてゼロにするだけでなく、仏界の境涯を開き、プラスの人生を歩んでいけるようになる。このことを説いたのが転重軽受という法門です。

信仰のうえで起こる難は、“転じて軽く受けている”姿であることを忘れてはなりません。
現在世に正法を信じ、修行に励んでいくことで積まれる「護法の功徳力」によって生命が浄化され、智慧の力、生命力が強化されて、一切の罪業の苦悩を消滅させ、成仏という絶対的な幸福境涯を得ることができるのです。
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 「四条金吾殿御返事」日蓮大聖人全集P1116

 

法華経の行者として・かかる大難にあひ候(そうろう)は・くやしくおもひ候(そうら)はず、いかほど生(しょう)をうけ死にあひ候とも是(これ)ほどの果報(かほう)の生死(しょうじ)は候はじ

 

~通解~
法華経の行者(ぎょうじゃ)として、このような大難にあったことを、悔しいとは思わない。どれほど多く、この世に生を受け、死に出あったとしても、これほどの幸せな生死はないであろう。
 
~池田先生の指導~同志への指針

 

日蓮大聖人は、いかなる迫害にも「喜悦(きえつ)はかりなし」の大境涯であられた。
仏法の眼(まなこ)で見れば、苦難には全部、意味がある。全てが永遠に崩(くず)れざる幸福境涯を築くための試練(しれん)なのだ。
苦しみがないから幸福なのではない。何ものにも負けない自分を毅然(きぜん)と築(きず)く中に、真の幸福と安穏(あんのん)がある。戦う心に、三世を貫(つらぬ)く大満足の果報が約束されるのだ。

 

 

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<教学> 生命論 「 十界論 」

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女性に贈る100文字の幸福抄 [ 池田大作 ]

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