STAP細胞、常温核融合 そしてコスモクリーナーD
夜、一人の男が街灯の下で何かを探している。通りかかった別の男が気になって声をかける。
「どうしましたか」
「鍵を落としてしまったんです」
「それは大変ですね。この辺りに落としたんですか」
「いえ、あのあたりだと思うんですが」
男は二人がいる場所からちょっと離れたあたりを指さす。
「じゃあここを探してもしょうがないでしょう。なぜあそこを探さないのです」
「でもあそこには街灯の明かりが届いていないので」
これは理論物理の世界のジョークだそうだ。街灯の明かりが理論がカバーできる範囲で、その範囲だけを一生懸命研究する理論物理学者を揶揄したものだという。
このジョークは以前何かの雑誌で読んだのだが、その記事の筆者は、実際学者にはこうした傾向があることを認めつつ、
「しかし理論物理学者である自分に弁護させてもらうと、理論家は街灯の明かりが届く範囲を広げたり、調整する方法を見つけることもあるのだ」
とも書いていた。実際そうなんだろうとも思う。
今年上半期の重大ニュースとしてはトップではないかという感じのSTAP細胞騒動だが、この騒動の経緯を見ていて私が思い出すのは常温核融合騒動だ。
1989年のことなので25年も前ということになる。
その年、化学者マーティン・フライシュマンとスタンリー・ポンズは、ユタ大学においてクリーンで無尽蔵のエネルギー源を発見したと発表した。二人はそれを常温核融合と呼んだ。
この常温核融合は実現するならまさに夢のような話だった。装置は簡単で、小規模でも作れ、発電に必要な重水素は海水からいくらでも手に入る。
世界のエネルギー問題は解決するのだ。
私は当時テレビでも報道されたそのニュースを興奮しながら見ていたのを覚えている。
しかし世界中で行われた追試では結局どこもまともに成功しなかった。
STAP細胞と常温核融合は、画期的な発見が、
・当初は簡単に実現できる方法だと喧伝され、
・しかし多くの追試で再現されず、
・批判されても中心人物は自説を曲げず、
・しかし信ぴょう性のある再現結果はいつまでたっても出てこない
という点でよく似ている。さらに
・研究成果の宣伝に所属機関が大きく関わり、
・その背景に巨額の研究資金の獲得があった
というところもそっくりだ。
STAP細胞擁護派の論の中には「特許に絡む問題があるから公にできない情報があるのだ」というものがあるが、こういう説明も常温核融合の時の話に似ている。
常温核融合は最初の報道以降、日本ではほとんど続報が流されず、ネットもない時代だったのでその後については知るよしもなかった。時々思い出して、あれはどうなったんだろうと思うこともあったがそのうち忘れてしまった。
その後の経緯や騒動の背景を知ったのはそれから10年以上経ってこの本を読んでからだ。
当時はいくらか擁護派もいたというが、今はさすがに誰も研究していないのだろうと思っていた。
しかし、先日仰天するようなニュースを見かけた。
日経新聞 2014/4/8 7:00
放射性廃棄物の無害化に道? 三菱重、実用研究へ
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDZ040JJ_X00C14A4000000/
「三菱重工業は重水素を使い、少ないエネルギーで元素の種類を変える元素変換の基盤技術を確立した。原子炉や大がかりな加速器を使わずに、例えばセシウムは元素番号が4つ多いプラセオジウムに変わることなどを実験で確認した。将来の実証装置設置に向け、実用化研究に入る。放射性セシウムや同ストロンチウムを、無害な非放射性元素に変換する放射性廃棄物の無害化処理に道を開くもので、原発メーカーとして実用化を急ぐ。」
放射性物質の無害化?コスモクリーナーが現実にありえると!?
というのもびっくりだがもうひとつ驚くのが、
「もともと低いエネルギーで元素が変わるのは、1989年に提唱された常温核融合と同じ考え方。1億度などという超高温でなくても核融合が起こり、過剰熱が発生するという夢の現象を再現しようと世界中で再現実験が研究されたが、ほぼ否定された。」
常温核融合研究の血脈が未だに途絶えていなかったということだ。
忘れらされた研究が意外なところで生き残り、しかも日本を救うかも知れないとなると胸躍る話だが、正直私はこの研究の先行きを楽観視できない。
記事にも
「元素変換は「エネルギー収支が合わず、従来の物理学の常識では説明できない」などの指摘がある。」
とあるように、その現象の存在が主張されてされて25年も経つというのに、未だにそれを説明する理論ができていないからだ。
狭い範囲を照らす街灯すら無い状況なわけで、自分がどっちを向いているのかもわからない中、あるかないかも分からないものを探し当てられるとはさすがに期待できない。
「技術を確立した」などと書いてあるが、その同じ記事にもある
「新しい元素の量が少なく「外から混入した可能性も完全には排除できない」との声もある。」
こっちの方じゃないのかと思える。
結局何年たっても研究室から出て来ることなく、ふと思い出してはあれはどうなったんだろうなあ、とか思っていそうだ。
しかし主流から外れた研究が意外なところで生き残っていたりするのは面白い。
STAP細胞がこれからどうなるのか分からないが、初期化が確認されなくてもなにか別の応用研究にシフトしながらその命脈を保つのかもしれない。
「どうしましたか」
「鍵を落としてしまったんです」
「それは大変ですね。この辺りに落としたんですか」
「いえ、あのあたりだと思うんですが」
男は二人がいる場所からちょっと離れたあたりを指さす。
「じゃあここを探してもしょうがないでしょう。なぜあそこを探さないのです」
「でもあそこには街灯の明かりが届いていないので」
これは理論物理の世界のジョークだそうだ。街灯の明かりが理論がカバーできる範囲で、その範囲だけを一生懸命研究する理論物理学者を揶揄したものだという。
このジョークは以前何かの雑誌で読んだのだが、その記事の筆者は、実際学者にはこうした傾向があることを認めつつ、
「しかし理論物理学者である自分に弁護させてもらうと、理論家は街灯の明かりが届く範囲を広げたり、調整する方法を見つけることもあるのだ」
とも書いていた。実際そうなんだろうとも思う。
今年上半期の重大ニュースとしてはトップではないかという感じのSTAP細胞騒動だが、この騒動の経緯を見ていて私が思い出すのは常温核融合騒動だ。
1989年のことなので25年も前ということになる。
その年、化学者マーティン・フライシュマンとスタンリー・ポンズは、ユタ大学においてクリーンで無尽蔵のエネルギー源を発見したと発表した。二人はそれを常温核融合と呼んだ。
この常温核融合は実現するならまさに夢のような話だった。装置は簡単で、小規模でも作れ、発電に必要な重水素は海水からいくらでも手に入る。
世界のエネルギー問題は解決するのだ。
私は当時テレビでも報道されたそのニュースを興奮しながら見ていたのを覚えている。
しかし世界中で行われた追試では結局どこもまともに成功しなかった。
STAP細胞と常温核融合は、画期的な発見が、
・当初は簡単に実現できる方法だと喧伝され、
・しかし多くの追試で再現されず、
・批判されても中心人物は自説を曲げず、
・しかし信ぴょう性のある再現結果はいつまでたっても出てこない
という点でよく似ている。さらに
・研究成果の宣伝に所属機関が大きく関わり、
・その背景に巨額の研究資金の獲得があった
というところもそっくりだ。
STAP細胞擁護派の論の中には「特許に絡む問題があるから公にできない情報があるのだ」というものがあるが、こういう説明も常温核融合の時の話に似ている。
常温核融合は最初の報道以降、日本ではほとんど続報が流されず、ネットもない時代だったのでその後については知るよしもなかった。時々思い出して、あれはどうなったんだろうと思うこともあったがそのうち忘れてしまった。
その後の経緯や騒動の背景を知ったのはそれから10年以上経ってこの本を読んでからだ。
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当時はいくらか擁護派もいたというが、今はさすがに誰も研究していないのだろうと思っていた。
しかし、先日仰天するようなニュースを見かけた。
日経新聞 2014/4/8 7:00
放射性廃棄物の無害化に道? 三菱重、実用研究へ
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDZ040JJ_X00C14A4000000/
「三菱重工業は重水素を使い、少ないエネルギーで元素の種類を変える元素変換の基盤技術を確立した。原子炉や大がかりな加速器を使わずに、例えばセシウムは元素番号が4つ多いプラセオジウムに変わることなどを実験で確認した。将来の実証装置設置に向け、実用化研究に入る。放射性セシウムや同ストロンチウムを、無害な非放射性元素に変換する放射性廃棄物の無害化処理に道を開くもので、原発メーカーとして実用化を急ぐ。」
放射性物質の無害化?コスモクリーナーが現実にありえると!?
というのもびっくりだがもうひとつ驚くのが、
「もともと低いエネルギーで元素が変わるのは、1989年に提唱された常温核融合と同じ考え方。1億度などという超高温でなくても核融合が起こり、過剰熱が発生するという夢の現象を再現しようと世界中で再現実験が研究されたが、ほぼ否定された。」
常温核融合研究の血脈が未だに途絶えていなかったということだ。
忘れらされた研究が意外なところで生き残り、しかも日本を救うかも知れないとなると胸躍る話だが、正直私はこの研究の先行きを楽観視できない。
記事にも
「元素変換は「エネルギー収支が合わず、従来の物理学の常識では説明できない」などの指摘がある。」
とあるように、その現象の存在が主張されてされて25年も経つというのに、未だにそれを説明する理論ができていないからだ。
狭い範囲を照らす街灯すら無い状況なわけで、自分がどっちを向いているのかもわからない中、あるかないかも分からないものを探し当てられるとはさすがに期待できない。
「技術を確立した」などと書いてあるが、その同じ記事にもある
「新しい元素の量が少なく「外から混入した可能性も完全には排除できない」との声もある。」
こっちの方じゃないのかと思える。
結局何年たっても研究室から出て来ることなく、ふと思い出してはあれはどうなったんだろうなあ、とか思っていそうだ。
しかし主流から外れた研究が意外なところで生き残っていたりするのは面白い。
STAP細胞がこれからどうなるのか分からないが、初期化が確認されなくてもなにか別の応用研究にシフトしながらその命脈を保つのかもしれない。