作劇昨今 | 波動砲口形状研究

作劇昨今

本棚を整理していてガイナックスの前身ともいえるゼネラルプロダクツ関連の物が出てきた。今や各分野の著名人となった面々が30年ほど前に大阪は桃谷にSFグッズの店を開き、DAICON FILM名義で自主制作のアニメや特撮を作っていた時代のものだ。

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ゼネラルプロダクツにはノウン・スペース・クラブという会費制の会員制度があり、会員にはパペッティア通信という小冊子を年に4回ほど配布していた。

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私はその時の会誌やおまけについていたステッカーなどを2年分ほど保存している。ゼネラルプロダクツの活動は将来日本のアニメ文化史の一部として研究対象になるのではと思うのだが、ついでにこれらが将来お宝になったりしないだろうか。

以下そのステッカーなどの写真を上げていくが、長たらしい文章に沿える飾りと文化的資料をネットに残す活動を兼ねるもので、本文には関係がないのはご容赦いただきたい。著作権的にも微妙かもしれないので、指摘されれば引っ込める。それとヤマトと関係ない話が続くが、最後はやはりヤマトの話になるので予めご了解を。

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*ステッカーその1 双頭一つ目の怪獣だが元ネタが何かよくわからない。地がグレーなのはアルミフィルムのステッカーであるため。

さて本題。DAICON FILM作品のひとつに「帰ってきたウルトラマン」がある。エヴァンゲリオンの庵野秀明が監督したこの自主制作特撮作品、怪獣や登場メカ、特撮は本家ウルトラマン顔負けの完成度なのにウルトラマンは庵野監督が素顔丸出しでウルトラマンっぽい柄のウインドブレーカーを着ているだけ、という怪作だ。多分YouTubeで検索したら今も見られると思うのでお勧めしたい。

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この帰ってきたウルトラマンでは地球防衛隊の司令官が黒メガネをかけて冷徹な指令を下し、隊員であるその息子(名前はシンジならぬシンゴ)がそのためにあやうく死にそうになるという、後のエヴァンゲリオンに通じるストーリーの構成があったりもする。

こういうことはもう散々言われていることなのだろうが、エヴァンゲリオンの基本的な話の構造は毎度謎の怪獣が現れ、それをやっつけるというウルトラマンのそれだ。

ウルトラマンの設定は、基本的に荒唐無稽なものだ。なぜこんなに頻繁に異生物がやってくるのか、そして異生物はなぜ必ず巨大な怪獣という形態なのか、そしてなぜ日本にばかりやってくるのか。こうした決定的な疑問を本気で気にしていたら楽しめない。

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*ステッカーその2 メカと女の子

エヴァンゲリオンでは怪獣は使徒と呼ばれる。遺伝子が似ているなど、人類と関係する生き物らしいことは示されるが、それでなぜ巨大で変形できたり飛べたりビームを打てたり、あるいはコンピューターに侵入できたりするのか、まったく説明はない。

使徒は視聴者には明かされない大きな背景となる物語を背負って現れるという描かれ方をされる。使徒の謎、というか荒唐無稽はすべてそこにとりあえず預けられる形で物語は進む。

使徒が現れるその理由を一部の登場人物は把握していて、またそれを利用しようともしている…というとなんだか面白そうなのだが、いつまでたっても背景となる物語の全容は視聴者には示されない。

物語の展開上説明せざるをえなくなっても抽象的、観念的なセリフやイメージによる説明しかされず、謎はすぐに視聴者側に投げ返される。

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*ステッカーその3 メカと女の子

このように物語に劇中では語られない背景があって、登場人物の不自然な行動やありえない物語の展開はそれによるものなのだが、それは視聴者には明かされない…、というやり方は近年のアニメに頻繁に利用されるパターンになってしまっている。

これはほとんど麻薬的な手法だ。作り手にしてみれば物語をご都合主義的に回しても、その理由を「語られない背景」に押しつけてしまうことができる。こんなに楽な話はない。

視聴者はそうした物語に不満の声を上げるどころか、学校や職場やネット上で熱心にその謎を語り合う。議論の盛り上がりはそれまでその作品を知らかなった人々の耳目を集める。視聴者が意図せずその作品を勝手に宣伝してくれるわけだ。

自分こそはその謎を理解した、と考える人は熱心な擁護者となって、文字通り布教者、エバンジェリストになったりする。

こうした手法がいつからあるのか知らないが、映画ならブレア・ウィッチ・プロジェクト、ドラマならツイン・ピークスあたりから知られるようになって来たのではないか。
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*これはアイロンプリント。なので左右が逆転している。

アニメの世界ならこの手法の泰斗は押井守監督だろう。岡田斗司夫氏が押井映画の謎めいたストーリーが人々の心を捉えるメカニズムについて実に慧眼な解説をしている。http://cube-test.heteml.jp/extest/2/?p=1320

『観客自身が意味不明という暗闇の中で手さぐりで歩きながら『すごい、どこまで行っても果てがない!なんて奥深い話なんだ!』と感動する。何のことはない。観客は自分が迷い歩いた道程そのものの”長さ”を”奥行き”と思いこんでるだけやねん』

『観客は映画をみながら一生懸命、ああだろうかこうだろうかと考える。考えれば考えるほど、解釈がどんどん広がって結論が出ない。結論が出たらアカンねん。 自分の想像力をフルに使って精いっぱい考えた解釈も、作品の中に用意されたものだと思い込む。これが、”私だけの映画”になる瞬間や』

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*B4くらいのサイズのステッカー

つまり物語に「語られない背景」という謎を持ち込むだけで勝手に視聴者が作品を自分のものとして愛してくれるというわけだ。こんなありがたい方法はない。

押井作品を見ていると、観客を物語の迷宮に投げ込むことを目的としていて、かつ意図があってそうしていることが伺える。自分が言いたいことややりたいことをやるために、観客をいくら困らせても気にしていない、というのがこの人のスタンスだ。

非常に自分勝手な監督ではある。しかしそれではマニアしか喰いつかず売上があがらないとわかっているはずなのにそれを押し通すという点では潔いともいえる。

エヴァンゲリオンは、ウルトラマン並の荒唐無稽を「語られない背景」でかわしたうえでさらに集客に利用しているという意味で、このしくみをさらに巧妙に活用している。

謎への興味で繋ぎ止められた視聴者は映画やリメイク、サブストーリーや別メディアでの展開を飽くことなく消費し、作中のメカや美少女のグッズはさらなる収入をもたらす。エヴァンゲリオンは「語られない背景」作劇を永続的な収入に換えるビジネスモデルを完成させた作品だ。

無論パッケージで成功できれば苦労はない。エヴァンゲリオンの成功は庵野監督の天才的手腕あってのものだ。彼は世のオタクが好きなものをすべて、常軌を逸したエネルギーを持ってひとつの作品に注ぎ込んだ。その瞬間の彼に商売気はなかったと思う。ただ自分が作りたいと思うものを作った、それだけだったはずだ。監督が注ぎ込んだエネルギーの巨大さがエヴァという作品に比類ない魅力を与え、結果的には大成功した。

その成功は残念ながら、エヴァほどのエネルギーを注ぐ気もない作り手に、謎で引っ張りながらメカと美少女を売る商売はなんだかおいしいぞという認識を与えてしまったのではないかと思う。

私はエヴァンゲリオン自体は好きなのだが、いつまでもモヤモヤとすっきり終わらない話が蔓延するきっかけになったという点では恨めしい作品でもある。

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*フェルト地に刺繍されたワッペン。岡田氏の両親が縫製の会社を経営していたそうだから、そのつてでできたものかもしれない。

ここでようやく話はヤマトに戻る。ネットの議論を見ていると、ヤマトの設定やストーリーの荒唐無稽を指摘し、ここは直して欲しいとか、そのままでは今の若者に受け入れられないだろうという声があったりする。

しかし昨今のアニメだって充分荒唐無稽で、「語られない背景」手法で論理的に説明できない出来事や無理のあるストーリー展開、登場人物の辻褄の合わない言動を視聴者側がせっせと自分で考えて補完しているだけなのだ。

ヤマトはむしろ堂々と荒唐無稽している潔さを評価してもいいくらいなものだ。

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*付録ではないがヤマトの絵もひとつくらい。DAICON IIIの設定資料集から。

あるいは、「語られない背景」手法でヤマトをたちまち今風のアニメに仕立てることだってできるわけだ。

無経験の古代らをいきなり班長にしようとする沖田に司令官が理由を尋ねると「ベテランは『あの災厄』を知っているものが、ほとんどですからな。歴戦の勇者でも外宇宙で先頭に立って戦いたいと思うものはおらんでしょう…」と答える。(当然「あの災厄」が何かは最後まで説明なし。)

七色星団の空母玉突き事故では真田が「これは偶然でもありえない。となればやはり…」と独り言。

宇宙に重力があるように見えるシーンは、通常の物理法則では考えられない空間異常が現れているというオペレーターの報告に「このタイミングでか」と沖田やドメルが何か知っている様子。

荒唐無稽に思えるシチュエーションのたびにこういうシーンを織り込めばあら不思議、誰もツッコミを入れないどころか、適切な説明を自分たちで一生懸命考えてくれる。物語が終わった後は語られなかった謎が明らかになることを期待して続編を求める声が上がる、という実にありがたい魔法のような作劇手段。これで今風ヤマトの出来上がりだ。

無論こんなヤマトはまったくもって勘弁で、2199も無理するくらいならぜひ荒唐無稽上等でお願いしたい。

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*これも付録ではなく、ゼネラルプロダクツで買ったもの。DAICONIIIのステッカー