メロメロパーク
2005年05月22日(日)

お母さん(姑)を送る 

テーマ:5年目~の出来事
今回 長いです。           結婚8年目の出来事。当時27歳でした。
                                       (あえて 計算はしないで!?笑)

お母さん(姑)が 検査入院し・・・ 私も 出産で入院し・・・
          この辺のお話は   前回  ・ 前々回 に 書いてあります。

私に 赤ちゃんのいる生活が始まって 3ヶ月が経った ある日・・・

とうとう 来てしまいました・・・

私はその夜 子供3人を車に乗せて パパの実家へ 向かいました。

生後3ヶ月の ななみ は なれない状況のせいか、真っ暗な車中で ぎゃぁ ぎゃぁ 泣き続けます。

そんな中 わたしは 葬儀社に勤める おばさんに電話をして お願いをしました。

宣告はされていても おばに 頼む事になるなんて 考えもつかないものですね・・・

その時になって初めて 「ゆう子さん頼む。」(舅)との事でした。

おばのいる所なので  分からない事があると すぐにおばに電話をかけて 聞くこともでき とても 助かりました。



私は掃除をして 留守番。

次の日の夕方 お母さん(姑)は 搬送されて 帰って来ました。

離れて暮らす私は お線香をあげてくださる ご近所さんも 誰も分からず 

ただ 家のものとして 一生懸命 対応。

嫁として 本当に色々気を使う・・・・・



そんな 流れが始まる前に 私の尊敬する 人と電話で 話した時に 

「あぁ 嫌だな。お葬式に出なくちゃ駄目かな。」と、こぼしました。

その相手は 私が お姉ちゃん お姉ちゃん と 慕っている人です。
若い頃から 苦労を知っている人で 心からの本音を言うことが出来たのです。


赤ちゃんを抱え 上の二人(5歳、6歳)も見ながら 嫁として 

親戚が集まる中 プレッシャーでたまらなかったのです。

お姉ちゃんは

「嫁なんて 一生懸命やっていても 何もしないって言われるんだから

                   あきらめて 一生懸命やってきな!」 と、言いました。

その言葉が 妙に私の気持ちを 軽くしてくれました。 さすが お姉ちゃん。


続々と 親戚が遠くから 駆けつけて来てくれます。   

挨拶。食事の心配。お茶。片付け。
合間をみて 授乳にオムツ。 洗濯。

とても 緊張していました。 気を張っていました。 おっぱいが止まるんじゃないかと思いました。

私が台所に立つと おばさんたち(姑の義理の姉妹)がすぐに手伝いに来てくれました。

そして、娘をおぶってくれたり パパのいとこたちは れい太を かまってくれたので とても助けられました。


たくさんの写真を渡され その中から 遺影写真を選びました。
私が選んで いいものかと 恐縮しました。


その日は この地域には珍しく 大雪でした。
みんなで これは お母さん(姑)の涙だね なんて みんなで 話しました。
  

夜になると おじさんたち(舅の兄弟)は お酒を飲みます。

するとおばさん(姑の義理の姉妹)たちは

「ゆう子ちゃんは いいから もう 上へ上がって寝なよ。」

私が躊躇していると 

「いいから いいから 寝られる時に寝なさい。

酔っ払いなんか放っておけばいいんだから。おっぱいもやるんだから 早く休みな。」 

とっても 私の事を 考えてくれました。 さすが お嫁さんの立場の女性。
とても ありがたく とても 助けられ 素敵なものを いただいたような O-MO-I が しました。

実にめまぐるしい 数日。


納棺をし斎場に移動する時に ふっと パパとふたりきりになりました。
気持ちの糸が ぷつっと 切れたのか 私は泣き出してしまいました。
「勝手に逝っちゃって。もっと 仲良くなりたかったのに。」なんて

自分の言葉とは 思えない言葉が 勝手に口から 飛び出してきたような・・・・・

なんだか 不思議な

どう見たって 仲良くなんか なれっこない 仲だったのに・・・
でも、確かに思うことがありました。

実母が亡くなって 私の子供たちの成長を見てもらえない分 

代わりに お母さん(姑)には 私たちの子供が 成人し 結婚式を挙げる姿を 見てもらおう。
というのは 心に ありましたから・・・・・

わーーーっと 泣いた後 はっと 我に返りました。

葬儀社のおばの配慮もあり、私のいとこが 子守に駆けつけてくれるなど

私は みんなに 助けられました。

お父さん(舅)は とても大変でした。
一ヶ月近く 病院に泊まりこみで付き添い・・・   喪主。 
本当にやることがいっぱいあったと思います。 


ふたり暮らしだった お父さん(舅)は 一人になってしまいました。

パパは 長男 一人っ子。  皆さんだったら その後 どうしますか?

この次は その後の事を 少しずつ 書いていきたいと思います。

まだまだ 落ち着かない 夫婦・・・ でした・・・。  


なんだか 書き足りないような気もしますが お母さん(姑)との お別れの話は これで おしまい。

私たち夫婦は お互いに 母親を 亡くしてしまいました。

---------------------------------------------------------------------------

前回の「この頃・・・」で つぶやいたことに対し コメント アリガトウございました。
それ以前のコメントで レスがまだついていない ものも 同じく                       
とても 嬉しく 読ませていただきました。    ゆう子

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2005年05月06日(金)

3人目誕生

テーマ:5年目~の出来事

産休に入って せっかく 「束の間だけど ゆっくり過ごせる♪」 と、思っていたのに・・・

34週目の 検診で 子宮口1cm。

なので 極力外出を控え これ以上 すすまないように、 できるだけ 長くおなかで育てられるように。
(その時の自宅は4階。外出のたびに 階段の上り下りがありました^^;)

そんな頃に ダーの実家に 顔を出しました。

なんだか お母さん(姑)風邪だそうで 声が出ない。

もう、10日にもなるとの事でした。

それが 全然出ないんです。 かすれた声も出ないんです。

息しか出ない。

なので、 「医者へ行ってこようと思う」 との事でした。 

☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・☆。・*:.。.☆゚・*:.。.☆゚・*:.。.☆゚・*:.。.☆ 



私も毎週の検診で  

36週。 「もう、生まれても大丈夫だから。」と・・・・・先生。

でも、私自身は 「せめてもう少し・・・。 気管の弱いこになったら 嫌だからなぁ・・・」 と思っていました。

私が出産で入院する ほんの3・4日前、 お母さん(姑)が 検査だということで 入院しました。

私は 検査入院には 嫌な思い出(実母)があったので いや~な 気持ちになりました。



私は 出産の3日ぐらい前から 腰の辺りが 段々違和感を感じます。

丁度前日に・・・・・ (まだ 陣痛は来ていなかったけど) 張りも頻繁だし・・・ 

なんとなく・・・・・変な気がして・・・・

お父さん(舅)に上の子たちを預けました。
(舅は若いけれど 定年退職で見てもらえたので。) 

本当はお母さん(姑)とふたりで 見ていてもらう予定でしたが。




私はどうも やっておかなくちゃという 気がして 子供部屋の整理なんかをしながら 夜を過ごしました。

pm10:00頃になると もう限界。 体を休めなきゃ という気持ちで 床に就きました。




深夜、 2時半頃 なんだかおかしいので目が覚めました。





多少の破水と どうやら 陣痛かな・・・・・・・

しばらく間隔を計ったり 様子を見て、産院へ電話をして ダーを起こしました。

「ね!ね! 起きて! 病院連れてって!」

am4:00頃 入院になり ダーは帰されました。

ダーは入社したてで 研修があったため・・・・・  出かけていきました。

am7:40頃 無事に ななみ 誕生です。   なんと、37週 0日!(笑)

ピッタリ 正期分娩の時期に入った その日でした。






やれやれ お母さん(姑) と  同時に入院 と なってしまいました。 




さて、どちらの退院が先か・・・・・・ と 思いながら 過ごしたのですが つづきは また・・・ 

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2005年05月04日(水)

3人目のマタニティーライフ

テーマ:5年目~の出来事

【当時26歳】 頑張って 働くママしてました。

3人目を授かって 退職して ゆっくり最後のマタニティーライフを 味わおうと思っていたところ・・・・・

ダーは 「転職したいから 決まるまで 仕事を やめないでくれ。」 との事だった。

仕方なく 産休を取るという話になった。



その時の 住まいは 4階で階段だった。

毎日上り下り。

つわりは 一番きつかった。 仕事をしていたから 少しは 紛れたかもしれない。

仕事が終わり 子供を保育園へ迎えに行き スーパーに寄った。

れい太4才は、チョロチョロする。
買い物の終わりには スーパーの中を1~2周 れい太を探し歩かなきゃならなかった。

家に着いても 座ってなんかはいられない。

ご飯の支度。 洗濯。 お風呂。
保育園へ持たせている ご飯(主食のみ)の弁当箱と お箸セットの洗物。

現在の私よりも ハードです。(汗)

おなかの赤ちゃんの事も考えると たくさんのものを とり入れようと 頑張ってご飯を作っていたし。

横になったら すぐに眠りました。 
足は パンパンでいつも カチカチで 痛くて・・・ 毎日 ダーにもんでもらいました。
5才のみずほには 背中をよく マッサージしてもらいました。(これが サイコーに上手い!)
黄金の親指です。


だいたい31週目の頃 ダーの転職先が決まりました。
ダーってなんだか 子供が生まれる時に 転職をしやがるする。。。  


ダーの転職 については   二人目が生まれる    二度目・三度目の転職
                           この頃が 丁度 出産時期と 重なった転職です。

あれれ?今回のお話では 何度目の転職だったかな? と・・・・・  ちょっと 混乱してきました(笑)

なので、 転職のお話を ひとつずつ あげると・・・・・
      夫婦 はなればなれ(三度目の転職)     転職四度目*引越し三度目

                  その他の状況については こちらの→【ミチシルベ】   からどうぞ。

という事は コレは5度目の転職でした・・・・・。 結婚してから 7年だったのに・・・・・・。

私は 産休に入る頃 妊娠34週で子宮口1cm と 診断。
ちょっと ビビリましたね~~~~

あまり早くに 有無ということは 呼吸器が未成熟のまま 生まれるということ らしいので
出来るだけ 長く おなかの中で 育てたいと思いました。

さて・・・・・ もうすぐ 出産。   

と、 その頃 また 我が家には 心配な出来事が起きたのですが また 次回につづく

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2005年05月02日(月)

3人目

テーマ:5年目~の出来事

私はの始めての育児は 上の子が年子で まさに 無我夢中の育児でした。

2人目が生まれてからは、上の子には 完了期 の 離乳食。
1歳前半だから まだまだ 自分で 食べることは出来ません。

それが終わったら 下の子の ミルク。

2人とも おむつだから・・・・・ 
う●こちゃんの時も 1人交換できた と思ったら もう1人も う●こ・・・・・・・
なんて ガッカリした事も・・・・・。

育児は楽しいこともあったけど、可愛さもあったけど・・・
我が家のあの頃は 引越し・転職・深夜のバイト・実母の病気・母との別れ・・・・

なんて感じで 無我夢中で 大切な育児期をすぎちゃった~

上の子達 が 4歳・3歳の頃に 丁度 親友の子供が生まれたり・・・・・
なんだか 2人とも 赤ちゃんの感覚が抜けてきて
ふっと さみしくなっちゃって・・・・・

「あぁ~~~あ!もっと 赤ちゃんの育児を楽しみたかったなぁ~(*ノД`*)」と思うように・・・

その頃 働くママをやっていたのですが もうひとり 考えるならば 今しかないと思った。
上の子との 年の差が これ以上離れてしまうと 一番下が 1人っ子状態になってしまうかなぁ~

と、ダーに交渉しました。

ダーの反応は もうひとりを育てるのは 経済的に 不可能だと言う。

私は 欲しくて 欲しくて 粘ったなぁ~~~
産んでも 産まなくても 貧乏には ちがいな~~~~~い! とか 思っていました。

もう、子作りじゃないなら したくない!と思ったほど・・・・・(爆)

そして なんとなく ダーを そそのかしていた頃・・・・・
つくろうと思うと  なかなか 出来ないものだなぁ~ という 感想も・・・



ついに 3人目を 授かる事が出来て 
退職をして ゆっくり 最後のマタニティーライフを 過ごそうと思っていたのに・・・・・

                          つ づ く





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2005年02月13日(日)

ダー二度目の手術 と 四度目の引越し

テーマ:5年目~の出来事
【結婚6~8年目】当時25

ダーは 一回目の手術を受けた時に反対のアゴの方に 
石が有るのが見つかっていた。

唾液の腺のところに出来た石。
そっち側の唾腺からは つばが出にくい訳です。

一回目の時に 左右両方の手術を一辺にするのは  
危険だったようで一年後に とる事に・・・・・・・

また 私はお見舞いの日々
          ダー 二度目の手術

でも、昨年の苦労はしなくてすんだ。
一度目の手術はこんな内容でした。

子供たちは保育園へ預けていたので 助かった。

でも、モチロン手術をするということは 簡単なことじゃない。

memo
当時4歳だったかなれい太
手術後まだ食事が出来ない ダーの所へ子供たちと
一緒にお見舞いに行った時、
鼻から管を入れて何か流し込んでいたね。。。

あれは 流動食とはまた違う?そうなのかな?
(缶には 「バニラ」と書いてあった。そこが微妙に笑えた)

れい太は(その頃はまだ可愛くて:爆)
パパ鼻からラーメン食べてる」と、行っていました。(笑)





手術が終わると 引越しが待っていた。四度目の引越し
四度目の引越しの時は、まだ結婚してから丸5年の時だった。

傍から見たらイツになったら落ち着くの?という感じですよね?┐(*´д`)┌


この時は それまでと違って 
特に厳しい事情で仕方なく引っ越した訳ではなかった。


住居費を軽減したくて 市営の団地へ移ったのだ!!
この時の間取りは3DK。 


といってもダイニングもそこそこのスペースで
現在までの 住まいの中で一番よかったと 今でも思う。


4階だったが ベランダもありえないくらい広くて
お布団なんかは家族全員の分が 一気に干せる


奥行きのあるベランダに干した洗濯物は 
日中仕事でいない時に雨が降っても 問題なしだった!!


築年数は15年ぐらいだったけど 家賃3万6千円だった。

でも またこの家でも 色々なことが起きたものでした。


                つづく 
 

  
引越し4回なんてまだまだと思ったらクリックー★
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2005年02月09日(水)

人と人。

テーマ:5年目~の出来事
【結婚6年目】当時25歳
 
前回のお話しの 続きになります。

そんな怖い事務員さんや
       営業職員さんたちとの付き合い方のコツ

     なんていう 大それた前振りをしていましたが・・・・・ハハハ
 

とにかく 生保会社は少し変わった職場かも知れません。

怖い事務員さん
   前回の話から、怖い理由が分かっていただけたでしょうか・・・・・。

営業職員さん   たくさん 事務員さんに教えてもらう事があります。

でも、事務員さんは 守らねばいけない部分があるので 怖いです。
すると営業職員さんの中には 腹を立てたり する人もいました。

私は新人でしたので 人一倍聞かなくてはなりません。

そんな時「どうも すみません。」と、本当に忙しいところ悪いと思い 
心から素直に そういうと・・・・・・・

事務員さんは 目を丸くしました。
その後 事務員さんの私に対する対応はとても優しい対応になりました。


なれた ベテランの営業職員さんは 
これは 事務の仕事だ。やってくれなくちゃ困る。と思っているようでした。

            いや 実際にそうでした。
              そういっていたのを聞いた事があります。

そりゃ仕事です。

でも 『やって当然よ!』と 来られるのと

   『やってくれて アリガトウ』と 来られるのでは・・・・・・・・・・






私は意図的にそうした訳ではなかったけど
 結局 そういうことだなぁ~ と思います。










こんなこともありました。

お洒落なそりゃまたキツ~~~イ事務員さんがいまいた。

ある日、リップがとてもキレイだったので 
「すごくいい色ですね。似合ってますね。」と 言いました。
私は お世辞が苦手です。
その言葉にとっても 喜んでくれてか キツイ顔だったのに
パ~っと 明るい笑顔を見せてくれました♪


ヤッパリ女性ですよね!! その顔を見たら コチラまで嬉しくなります。


これも また意図的にした事ではないですよ!?
基本的に私は (ノ*´▽)ノ天然です。



別の日でしたが 帰りに、珍しくいつもより早い時間に 
事務員さんが 着替えていました。

これがまた センスが いいの!!
お顔も 超美人だし 実年齢を聞いたらビックリだし

思わず私も言いますよ。「わ~ 可愛いですね。」
      (可愛いってケシテ フリフリ~とかじゃないですよ?笑)


近くに居た営業職員さんも一緒に「可愛い!」と・・・・・
  なんかそんなところから 人間関係が 
      和やかになっていったのを  覚えています。


年配の険しい表情で 怖い営業職員さん
   こんな風にして 付き合っていくと 優しい人に変身していきました。


ま、好き 嫌いもあるから 仕方ないのかもしれないけど
    なんだかみんな この人の事を邪険にというか・・・・・
        なるべく避けているんですよね~。

余計に寂しかったのかもしれません。
定年間近で 色々考えていたみたいですから
    最初は怖い顔してた 年配営業職員さん
    とても お喋りになりました。

    仕事場ですから ね   お喋りばかりが多くてもいけないですが
    適当に邪険にして へそを曲げて 雰囲気がまずくなるよりは
    少し気持ちよくお話しして 和やかな方が・・・・・・・・・・





色々のある人も 正直多いです。

何が悔しくてか 私の上司がいない時に 
   色々吹き込んでくる方もいました。^^;

その方も素敵な方なんですよ!?
だけど 色々ぐちゃぐちゃ 何かがあったのでしょうね~。






! 一つこれは サスガに・・・・・・・

ゆう子 怒った事がありました・・・・・・・

よ~っし 言っちゃお~!

支部長(営業所長)が ミーティングしている時に
「ゆう子さ~ん。親戚いないの?」

流れから 叔母の話になっていた。

「その叔母さん、
     お金持ってる?


「は?」


いや~~~参りました。
そりゃ~私が この営業を 一生の仕事にしようとか
ベテランであるとかだったら 話しは分かる。

どんな事してもで 成績を埋めなきゃならないもの。


でも、私 新人!
ほんの 半年前は 一顧客の立場だったのだo( ̄ ^  ̄ o)

私はしばらく 支部長(営業所長)とは 口を利きませんでした。    
         えぇ  腹を立ててしまいました。(笑)


でも、生保会社さんは気をつけたほうがいいと思うんですよ。
やめていく人も多いですから

入社して来る人は 元 顧客。
退社した人は また 顧客へ戻る訳ですから・・・・・・・。
 
------------------------------------------------------

長くなってきたので この話しも締めます。

ホントは まだまだ 尽きない 裏話はあるのですが(笑)


次回は
    この会社を辞めるまでに 起こった出来事を2~3。。。
    そして 義理の両親との 関係を 書いていきます。


長文お疲れ様でした。<(_ _*)>  読んでくださった方 ありがとうございます。


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2005年01月28日(金)

人間観察

テーマ:5年目~の出来事
【結婚6年目】当時25歳
 

前回の続き・・・・・

怖いと評判の事務員さん
本当に怖かった。 

年は私の2つ上で、美人と可愛いの間。(分かりづらい表現ですか?^^;)

都合により3人の事務員さんにお世話になったんですが
基本的に皆さん怖かったです。


でも、
怖いのには 理由がありました。


仕事上譲ってはいけない点が多い事。
あと、女性ばかりの職場で 苦労されている事。

事務員さん
・まず 物事をハッキリと正確に伝えなければならない
 この時点で 怖い印象もつくのかもしれない。

・何度言っても(教えても)分からない営業職員さんがいる。
              かなり ご苦労されていました^^; 

・ベテランの営業職員さんが無理な裏技を要求してくる。
    やれば出来てしまうが それは許さない事務員さん
 ちなみにこの営業職員さん(私の上司)は
    後でちっさい声でケチとか言っている。
    融通が利かないから ダメなんだそうだ。(汗)
 そういう姿を見ている新人のあたし・・・・・ これが上司に対する不信感になる。

事務員さん自身 産休明けて その引継ぎやら~
 復帰後は 小さな子を無認可の保育園へ預けて 
 新米ママとしては 大変頑張っている状況だった。
        
        でも、職場ではまったくそんな顔を見せずにクールにこなす。





 お昼時 みんな営業に出て事務所はほとんど空っぽになる。
   私は たまたま そんな時間帯に事務所にいた・・・・・

 事務員さんが 普段まったく見せない顔を見せた!!
 
 普段は子供の話なんか まったくしないが その時は

 「熱を出してても 一緒にいてあげられない お母さんなの
 彼女は(事務員さんは)強い人間だった。
 でも、そういう現状と気持ちの ジレンマと戦っていた。  

 仕事のできる人なので、会社の中での自分の存在価値も分かっている。

 彼女のそんな一言は 本当に普通のお母さんだった。
 子供との かかわりをもっと持ちたいと言いたげに 寂しそうだった。
 年も私と2つしか変わらない 27歳の女性だし。

 私は彼女を尊敬していた。

 ある時期に彼女は体調を崩していたらしい。
 でも、仕事中はそんな顔を見せない。

 私の上司は 彼女がそんな状況の時に・・・・・ 






○○は 体きついのよ、まだ産後だしさ~
       みんな いたわってあげましょ。
」と言った。

ふだん 憎まれ口だったり 
ワガママな注文を事務員さんに投げかけたりで 駆け引きしてるのに
                         少し 驚いた。


   *※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※*※


産後復帰後 1年が経つ頃 事務員さんは2人目を授かった。

今回も産休か!?と思っていたら、
今度こそは退職して とても遠いご主人の実家の近くへ移ることになった。

続けるにしても 第二子妊娠しながら 
慌しい仕事を続けて(ストレスもある仕事)上の子供さんの育児もある。

旦那さんの実家の近くという知らない土地で生活する事も
簡単では なかっただろうけど・・・・・。




みんな 怖い事務員さんと 緊張感を持って接していたのだけれど
その事務員さんが 辞めてしまうときには不安そうでした。

みんなが信頼していたし。

なんと その事務員さん
営業職員全員に手紙を書いて ハンカチと一緒に渡してくれました。
内容はとても 心のこもったものでした。

キビキビ テキパキ
クールに仕事を毎日こなしつつも 

一人一人の癖を理解し 見てきてくれたんだなぁ~と。

凄い人です。
(絶対いいお母さんになってると思う。
それに女性として とっても可愛い面を 自然と持っていらっしゃる人だった。)

退職は残念だったけど そんな方と一緒にお仕事させてもらえたは 
私にとって 本当にありがたい でした。


次回は そんな怖い事務員さんや
       営業職員さんたちとの付き合い方のコツ(?)



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2005年01月24日(月)

仕事の様子。

テーマ:5年目~の出来事
【結婚5年目】当時24歳

 これは私がお勤めした会社についての事です。
  どこの保険会社さんも 一緒ではないことを 
  ご理解のうえ 読んでいただけたらと 思います。
 
 
毎日の仕事の中では 担当の職場さんへの訪問。
お昼休みに 営業に伺うのです。
自分が担当する会社を与えられ そちらの顧客の方へ 
ツールを作り 配るのです。

営業ですから まめに顔を出すことは大事ですよね。

当社の契約者様じゃない方にも キャンディを配ったりします。
よく あなたの会社へも来ませんか?

職場訪問の他にも 現在の契約者様宅を 訪問したり
新商品をお知らせしたり 様々な仕事があります。


そこから 契約へ結び付けなければ 意味が無いのです。
     ただ馴染むだけなら 簡単なのに・・・・・。


9時から夕方まで働いて 職階があがらなければお給料は上がらない。
職階をあげるためには たくさんの成果を出さなければならない。

規定以下の成果であれば お給料も下がる。
雇われの気持ちでは やっていられない仕事でした。

たとえ 稼働時間が短くても 数字をあげれば 問題はないのです。


事業主なのです

時には イベントがありました。
ボーリングだとか ビアパーティーだとか。

そんなときにも 支部(営業所)全体で考えて 
営業職員一人当たり 参加費用が言い渡されます。

出ないわけには行きません。

と言う事は そのイベントがある月は 
その費用を収入の中から 経費として考えて 出さなければ。

お給料 丸々が自分の手取りではないのです。
色々な粗品も 購入しておかなければなりません。

保険やさんは いつも来るたびに 「おしぼり」のひとつは置いて行きます。



イベントの時間帯は 夜ですね。
お客様も日中では 来て頂けませんから。
一人あたり何名様目標。 頑張ってお誘いして 当日も接待ですね。

まさか そんな時間まで 保育園はやっていません。
       母親が働くと言うのは 色んな工夫をして やっていくのですね。

入社前には そんな条件は聞いていなかった^^;

悪い条件は 聞かれない限り 言わないもの なのでしょうね~。


------------------------------------------------------


でも そんなきつい仕事でも 頑張っていらして 
尊敬できる セールスレディーの方々も たくさん いらっしゃいましたよ。



長い間 勤めていくと 時期によって一人一人の印象も違いました。
それは、きっとその方が持っていた そのときの状況も 出ていたのもあります。 

ツライ O-MO-I の真っ只中であれば それは雰囲気に現れますし。

あと、新人に対する 不信感みたいなのもあったと思います。

なぜだか 人によってですが 
「この人は誰?」みたいなお顔をされたりもします。

年数が経つと 仲良くしてくれたり 妙に話しかけてくれたりもします。

女性がほとんどの職場ですし 
皆さん営業と言う仕事を毎月やってのけるわけですから 
とても 個性を持っています。自分と言うものがあるんですね。

お客様の前では 営業ですから 笑っても居ますし・・・・・
会社へ戻ると 様々です。

怖い人もいます。^^;
きっと よっぽど 追い込まれていたりですね・・・・・。



私の 上司が丁度そうでした。怖くて 怖くて たまりませんでしたね。
「私が アナタ様に何をしたって言うの?」と言うくらいに怖い顔でした。

忙しいと テンパッテ来るらしく・・・・・
朝 「これとあれとこれしといて!!じゃ!」と出かけていってしまします。
それはまだいいのですが、出がけに 車のキーが見当たらないと
バンバン デスクを叩いて探すのです(;´▽`A``

デスクの上には書類がたくさんありますから バン バン バン バン

嵐のような~

人によっては 気分を害してる方も モチロン出てきていましたが
私は つい 人間観察しちゃうんです(ノ∇≦*) 



教育に関しては、あと3分。いや、1分でも 
落ち着いた会話で 打ち合わせさせていただいたら・・・・・
新人でも もう少し 迷いも少なかったでしょう。。。
帰りの報告もする暇も無く・・・・・ (上司が帰ってこないので)
アドバイスも受けられず・・・・・ 相談も出来ず・・・・・
         そんな日々が 続いていきました。これはつらかった^^;  


たくさんの 人間観察をさせていただきました。

怖いと評判の事務員さんも居ました・・・・・・でも実は・・・・・・

          もう長くなりましたので 次回に話しましょう~


 
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2005年01月20日(木)

入社前の研修~

テーマ:5年目~の出来事
【結婚5年目】当時24歳


先週はなぜ
保険会社に入社する事になったのかを書きました。
           その記事は⇒コチラ  別窓で開くようになったよ♪できたぁ~

急遽 子供たちを預けるための
保育園を探さなければならなくなりました。
 (そんな様子は いつか 育児についてとして 書きたいと思います。)

----------------------------------------------------


研修に通うため 車を支部(営業所)の駐車場へとめて
   徒歩で駅まで。 さらに駅の反対口まで歩いて バスに乗る。


こんなに歩く事は普段無く・・・・・ なんだかそれが気持ちよかった。
そして、それまで産後4年間 
ず~っと一緒に居た子供たちを 連れていない。


そんな 朝の移動
一人になった。  一人の時間。  

けっして 子供たちと早く離れたいと思っていたわけではなかったが、
まるで自分を取り戻したような・・・・・


いつも お母さんで居る自分が 当たり前だったのが・・・・・
自分自身を 一人の人間として 見られたような気がした。



結婚して~   子供が出来て~   家に入って~

社会に取り残されたような気分になる事も 少なくは無いみたいだ。



私の周りには 殆んど 同年代で 子供が居る友人はいなかった。
(2人だけ。)


友達はみんな 社会で立派に働いている。
みんなが大人に見えた。



だから 一人で通勤。
しかも車を降りて 朝の冷たい風を感じて 歩くのが 気持ちよかった。

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大体 2週間ほどの研修を受ける。
テキストは まぁ~漢字がいっぱい!(笑)

「勉強なんて何年振りだろう?」同期のみんなとそういっていた。

頭にはいい刺激になる


だって本当に漢字だらけなんだもの。

教官はとても素敵な人で
どっぷり主婦だった私には これもまた よい刺激。


戸惑う事も多かった。
入社式なんて 研修が始まる前に形ばかりでやるんです!!

まだ 試験に合格も してないのに・・・。

うまいな。引き下がれない状況を作られてしまうのだ。


結果、いきなり飛びますが全員合格
模擬試験を カナリの回数やってますので 大抵は合格なんです。


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引き続き 今度は仕事の流れについての 教育を受けます。

名刺の渡し方とか~ 身だしなみ~ 
設計書やライフプランを 作成してみたり。

まだ練習で作っているうちは楽しいんです。        

徐々に 研修所から 職場の方へ 移行していきます。

今まで一緒に勉強した仲間たちとは 離れて 各支部(営業所)


とうとう仕事が始まってから 
悩んだ事がありました。 指導者にあたる 上司。
私の場合は 私を誘った方が丁度その人だったんですが。

結局 指導しつつ自分の成績も上げなくてはならない 

一営業マンなので 自分も忙しいわけです。


何をしていいのか 口では説明はされるものの 
初めてのことばかりで 分からない事だらけなのです。


でも 上司も忙しい。成績を上げなくてはいけない。            
         月末も近づく  締め切りがある。 


たくさんの種類の 資料それぞれに 専用の用紙があって 
初めてでも その収納場所は教えてはもらえません。

自分で端から端まで探すのには時間もかかりました。
皆さん 忙しいのに 聞くのも悪かった。
(レストランのバイトだって もうチョットましな指導はしてくれるぞ?
          最初に一回ぐらいは 一人に付かせて見せてもらえたり)

忙しいので丁寧に指導する事も出来ずに番号だけで 指示された事がある。(笑)

「20-1-06」    ? ? ?

私はこの謎を解くのに 時間がかかった。
もう一言添えてくれれば すぐに分かった事。

上司も人間。 
初めての人に教えている事実を認識するよりも      

      今月の締め切りに追われていて・・・・・ 


少し不器用なタイプらしく ご自分でも 分かっていたようだ。  
なので その後 放任が始まった。  

事務員さんに聞き・・・ 他の職員さんに聞き・・・
結局 誘われた時に言われたような 指導は無く・・・・・ 

放っておかれるからって 今月やらなくていい訳ではない。       




会社や支部(営業所)によっては
営業マンしながら指導するのではなく 指導専門で居るそうなんです。
そんなところは新人に毎日付いてくれて フォローしてくれて
育てて下さるそうです。
    
私がいた会社では 大規模の 支部(営業所)のみに
指導担当の副所長が 配属されるという 事になっていたので 
小さい所は 実践的な教育は あまりできないという現状でした。     

   
 次回は もう少し詳しい仕事の内容と勤務時間の例外について~
            
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2005年01月15日(土)

某生保会社に入社

テーマ:5年目~の出来事
【結婚5年目】 当時24歳


私は ダーの入院給付を受けるため 
加入していた生保会社に連絡・問い合わせをした。 

担当者が自宅へ来てくれるとの事で、請求手続きを済ませた。



なんとその時の担当者が帰り際に 「働いてみませんか?」と、言い出した。

「え??」あまりにも唐突で 驚きました。

担当者はその後はもう~ 穏やかな口調でいながら


ぺ~らぺらぺらぺらぺら~~~ 

いや~すごい勢いで生保会社にお勤めする利点やらを話していった。

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研修の期間は9時~2時ぐらいで終わる事や

子どもの具合が悪い時は 調整できる事
   「そして お勉強(研修)だけでもやられてみて 
      どうしてもダメであれば考えればいいですから」


研修時の交通費は全額出る。○○スクール(見学みたいなもの)は
 3日+1日有って 1日目には2,000円 その後は1,000円です。

それだけでも いいとおもわない? いやならやめればいいです。

「いや~旦那にも聞いてみないと分からないですし~
     内職程度ですけど メール便の配送もやっているので~」


とりあえず濁しておこうと・・・・・

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そこへ 外回りをしていたダーが様子を見に帰ってきた。
保険やさんが 来るという予定を知っていたので・・・・・。




なんと その担当者は 
その場で旦那様の了承を得てしまったのです!!

(勝手にいいって (〇o〇;)言うなよ!)

なので
「今度の○日に ○○スクールですので 
       見るだけ 見に来てください。お迎えに来ます。」



こうして口車に乗る形になったというか・・・・・




よりによってダーは・・・・・いったい・・・・・ 

                 グルですか!?



この時の夫婦関係って・・・・・ 現在とまた違ってて・・・
5年目のわりには なんだか 
相手が考えてることがよく分からない気がしますね。今 思えば。


約束をさせられたした以上は、守ってしまうのが悲しいサガ。

というか今の私のように図太くなかったのかも・・・
今ならスンナリと断れる。


こうして 働くママとしての 生活が始まった。



お蔭様で 大変良い 社会勉強になったのでした。
    そんなお話は この次・・・・・・・


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