はじめの仏教

2017年9月5日

 

「はじめの仏教」を担当している瀬野です。前回はお釈迦さまの一生をお話しさせてもらいましたが、今回のテーマは「布施」

みなさん布施ってお坊さんに払うお金だとか思ってませんか? じつはお金やものがなくても出来る布施もあるんですよというところで、無財の七施(むざいのしちせ)の説明をします。

 
見施(げんせ)☆いわゆる「長い目で見る」。否定的にではなく好意的に見る。 
和顔施(わげんせ)☆やさしい表情で接する。出来れば笑顔で。 
愛語施(あいごせ)☆愛情のこもった言葉をかける。 
身施(しんせ)☆身体を使う。荷物持ってあげるとか、ドア開けて待つとか。 
心施(しんせ)☆心を使う。気を配る。私はここに「相手のことを忘れない」っていうのも入れたいです。 
牀座施(しょうざせ)☆席をゆずる。これはいつでも出来そう。 
房舎施(ぼうしゃせ)☆家に泊める。これはちょっと現代ではむずかしそう。

 

 

 

このあと、「月の兎」というお話をご紹介。もともとは仏教説話ジャータカにあるお話で、日本では「今昔物語」に入っています。

 

むかしむかし天竺の山に兎と猿と狐が住んでいた。三匹はいつも惜しみなく布施をしようと心がけて暮らしていた。天からそれを見た帝釈天という神さまが、三匹を試すために飢えた老人の姿になってやって来た。猿は木の実や、畑の穀物を持ってきた。狐はお供えものの餅や、川で獲った魚を持ってきた。ところが兎だけは何も持ってくることが出来ない。なじられた兎はとうとう「私を食べてください」といって焚き火に身を投げた。兎の布施の心がほんものであることを知った帝釈天は、その姿を月に映した。今も輝く月光の中に見えるのは、このときの兎である。

 

布施の尊さを説いたお話ですが、幼いときの私はこの話を読んで、兎がとてもかわいそうだと思いました。良寛さんも同じ内容で「月の兎」という長歌を書いています。

 

いろいろ質問をもらいました。「布施しすぎて自分が不幸になるのも駄目だよね?」とか「そのお布施をする相手っていうのは、ぜんぶお釈迦さまなの?」とか。

結局、布施というのは一方通行ではなく、相手のためであると同時に自分のためでもあり、めぐりめぐっていくもの。いわば、ひとつの生きかたなんだ、と。それを確認したひとときでした。

 

 

 

そのあと、みなさんといっしょにカレーをいただきました。きのことトマトとひき肉の入ったキーマカレーマイルドで美味しかったです。トマトと大根とキュウリのカラフルサラダと、デザートに甘いスイカもありました。ごちそうさまでした!

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