小説『怪奇と夢の日記』2016.6.12.
徳村慎
1.森の夢
森の中。住んでいるライオンとカワセミ。湖にうつりこむ世界。ライオンは獣でカワセミは鳥。4本足と2本足。地上と空中。
僕はカワセミなのだろうか?……ライオンではないと思う。
いや、ここでは4つの要素がある。森を形成する植物、百獣の王ライオン、小さな鳥であり魚の捕食者カワセミ、全てを鏡のようにうつす湖。
自分はどれだ?……どれでもないのか?
これは夢というのかヴィジョンというのか。眠る直前に見えた世界だ。
あえて言えば森が自分か。ライオンはかつての彼女たちだろうか?
カワセミが家族ならば、やはり鏡のような湖はあらゆる敵である気がする。
鏡にすべてが飲み込まれて僕は滅びるのだろう。しかし鏡は自分を持たない完璧なコピーだ。すべてを飲み込んだ後で後退していく。そんな気がした。
2.むせたように咳をする男性
早朝。むせたように咳をする男性がいた。建物などに響く。リバーブだ。いや、ディレイにも聴こえる。
昔、やまびこは妖怪のしわざと考えられた。人を攻撃する構えが男性にあると思う。自分の存在をアピールする幼児的な妖怪が背中であばれているのだ。
あの声は、僕のヒューマンビートボックスを聴いて、息子だと思われる年齢不詳の男子に「あれに勝てたら新しい楽器買(こ)うたる」と言っていた声に似ている。
いや、この会話は僕の脳内で作られたものなのだろうか?
勝ち負けに僕がこだわるあまりに作り上げた妄想や幻聴なのか。
ギギギギギ。錆びついた扉をひらく音。僕にだけ聞こえるような音だ。なぜ扉なのだ?
勝つ?
同級生のSiが僕をライバル視していたっけ。イッコ上の年齢だけど、高校受験の失敗で同級生だった。
Siに会えば、今は僕を追い越した大人になっているだろうか?
長い時間で見れば勝ち負けとは何だろう?
そんなもの存在しないんじゃないか?
勝ち負けにこだわり過ぎると妖怪に取り憑かれる。それは自分自身が生み出したものかもしれない。
僕自身もむせたような咳を繰り返している。僕と咳の男性とやまびこの妖怪は同じなのだ。
音楽が鳴りやんでもディレイのフィードバックが多ければ残像だけが残る。たとえ本体が死んでも。
僕が死んでも。僕の残像である死霊は生きるのだ。そして誰かの窓の外でむせたような咳をしたりするのだろう。
3.やっぱり
「やっぱり」とつぶやく男。彼の名前をiOと呼ぼう。年齢不詳の男は幽霊のような思想に取り憑かれている。自己を主張するストーカー対策は、やはり無視することらしい。
ストーカー自体、幽霊のようなものだ。
ずっと殻を破りたくてウズウズしている。いや正確には殻は破ってもらいたいのだ。本気でぶつかっているつもりなのだ。気持ち悪いと言われても、どういう気分なのか分かっていないのだ。
幼児のような恋愛だと思う。結局のところは。恋愛というよりも依存と呼んだほうが正しいのか。iOは本当に手に入れたい物も人もいないから依存するのかもしれない。買い物依存、ギャンブル依存、恋愛依存。すべては何かの代替品なのだろう。
性別関係なくストーカーになるのだから恋愛ではないが依存なのだ。ストーカーはどれだけストーキングできたかを自慢して成り立つ生活だ。逆に言えば自慢ができない場合は崩れさるだろう。
自慢ができなければ崩れるのはなぜか?
ストーキングの時間が長過ぎて他のことが手につかないからだ。
手につかないならば身につくことはひとつもない。
ただ気になるのは、彼は女性の霊に取り憑かれているのではないか、ということだ。
それならば分かる。
女性の霊が彼に取り憑くのだ。モエちゃんじゃないだろうな?……そうだとすると悪いことをした。モエちゃんよりも彼に。
冷たい金属を触れさせると身体をビクビクさせて喜んでいたモエちゃん。あれが大好きだったモエちゃん。ハメたまま本を読んだりした僕。もう抜けるぐらい小さくなっているのに、ずっと繋がっていた。モエちゃんが顔を上気させてあえいで。裸で電柱に縛りつけて放置してみたりもした。
彼はモエちゃんの霊に取り憑かれて何年もの時間を失ったのかもしれない。ストーカーの末路は廃人のような生活だ。あるいは自殺のようなものだ。
僕が目を細めると彼の背中に白い影が見えた。あれがモエちゃんでないことを祈ろう。
iOは「勝ったら教えてやる言うたやろ」とか「本読んでくれる言うたやろ」と空に向かって叫んでいる。モエちゃんに取り憑かれて今日は狂っているようだ。
iOは、一家で取り憑かれているのだろうか?……親父まで叫びだした。
4.トイレ
僕は取り憑かれた。淫欲の悪魔に。飲み屋に20歳前後の男女のカップルがいて、男の棒を舐めた。その次に女のも舐める。止める人はいない。それにこの集まりなら大丈夫だ。
トイレへと連れていく。女を後ろから突き上げる。中に出した。
行為が終わって女が飲み屋の席に戻った。僕より年上の女性Cに耳打ちした。
「アンタ、そんなことやって、ええと思ぅとんのか?」
僕は「反省しています。警察呼んで下さい」と言った。
女性Cは本当に警察に電話をかけて、しばらくして警官が到着した。
僕は言う。「この人、バイ春やってたんですよ。プロなんですよ。それで僕が女の子の舐めてても誰も止めなかったんですよ」
警官が「本当にそういう職業だったんですか?」と訊いた。うなずく女性C。
そんなことが本当にあったとは思えない。しかし、淫魔に取り憑かれるとは、こういうことだ。男性の物から血がドクドク流れ出すようなものが見える。痛みと快感の中の混乱した思考状態で、僕はまた別の女性を狙っている。
しかし、20歳前後の男女のカップル自体が幽霊であった可能性も高いのだ。
5.踏切は泣き声
踏切は泣き声が混ざって聞こえる。
この踏切では幼稚園ぐらいの男の子がはねられて死んだのだ。
踏切を見ると男の子が泣きながらカラスに向かって石を投げつけている。この子は死んだ子だ。カラスに馬鹿にされたのが気にくわないらしい。
幽霊になっても泣いている。今日も踏切の音には泣き声が混じる。
男の子がバラバラの身体になってカラスが目玉なんかを拾って食べたらしい。だからカラスに石を投げつけているのだ。そんな想像をするのだが、実際にはカラスなんかは来ていないと思う。
だからカラスも幽霊なのだ。
6.希死念慮
死にたいと思うことを希死念慮と呼ぶらしい。実は昨日眠る前に取り憑かれた。ふと死にたくなったのだ。ホラー小説を読んでいるせいだろうか?
僕なんか生きててもしょうがない、などとすんなり死にたいという思いが出てきた。
一度家族に見つかったことのあるビニール袋を頭に被ってガムテープでぐるぐる巻きにした死に方。今こそ、それをしたいと思った。少しずつ酸素が減るので眠るように死ねるのが魅力だった。
もしも深夜に家を飛び出して朝まで発見されない林の中でこれをやれば死ぬ確率は高い。
その後は深い眠りが待っていた。今日は起きると体調が良くて驚いた。仕事も上手くいった。僕の中の何かが昨日死んだのかもしれない。
(おそらく続く)
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