《  途中までしか創られなかったブレザー 》

年末。大掃除をしていたら、見つけたブレザー。

私の宝物のブレザー。

母が、ここまでしか創ることができなかったブレザー。




 
 ☆。.:*・゜
 
私は、小さい頃、弱い者いじめをする男の子たちが許せず、その男の子たちをよくいじめてました。

でも、先生には、私なりの正当な理由を聞いてもらえず、いつも怒られてばっかりでした。

なので、私は、小さい頃、先生が大嫌いでした。

 

ある日
私の弟が、高学年の男の子たちにいじめを受けます。そのことに腹をたてた私は、男の子たちを追いかけました。

でも、相手は3人で、かなうわけがありません。それどころか、相手に投げられた石が、私の頭に当たり、頭から血がたくさん流れ、その血を見て、びっくりして、私は家に泣いて帰りました。

母は、血を流して泣いている私を見て、びっくり。

私は、悔しいやら情けないやら痛いやらで、ワンワン泣きながら、出来事を母に話しました。

母は、「そうね。そうね。」と、聞きながら、手当てをしてくれました。
 
  

手当てが終わった時、母が私の両肩をしっかりとつかみ、私を見て、ゆっくりと言ったのです。
  
 

  

「まみちゃん。もう1回行っておいで。勝つまで帰ってきたらいかん。負けてはいけない勝負ってあるんよ。」

   
 

母の真っ直ぐな目を見て、私は、涙をふき、うなずいて、もう1回、その男の子たちを追いかけました。

血を流しても追いかけてきた私を見て、3人の男の子たちは、逃げていったことを覚えています。

そのとき、私は、母から
『負けてはいけない勝負があるのだ。』ということを教えてもらいました。

そして、そのことは、それからの、私の人生において、とっても大切なことのひとつとなっていきました。

小さい頃の私は、やんちゃだったので、よく母から怒られました。

家の外に出されたことなんて、何回もあります。

でも、私は、母が大好きでした。

☆。.:*・゜

そんないつも元気な母に、ガンがみつかったのは、私が13歳のときでした。

みつかったときには、もうかなり進行していたのです。

けれど、母は、それからも、1度も休むことなく、私にお弁当を作ってくれました。

母のお弁当は、自慢のお弁当でした。
料理が得意だった母のお弁当は、品数も多く、とっても美味しかったのです。

けれど、病気が進むのと同時に、おかずの数も、どんどん少なくなっていきました。

ある日、お弁当を開けた時

そこには、卵焼きとご飯  しか入っていなかったのです。

きついんよねぇ。おかあさん。
もう、作らんでもいいのに。
それでも、作ってくれるん?

そう思ったら、涙がポロポロと出てきました。

母は、私が大好きな卵焼きを
必死で作ってくれたのです。

「おかずに、何がなくても、卵焼きだけは入れてね。」と、いつも言っていた私の言葉を覚えていてくれたのです。

泣きながら食べた卵焼きは、私の大好きな味。

フワッとして甘い甘い卵焼きの味。

でも、そのときわたしは、
『この卵焼きを食べてしまったら、もう2度と食べれんかもしれない。。』と、思うのです。

『この卵焼きを食べたら、お母さんが死んじゃう…』そんなふうに思えてきて、

涙が出てきて

どうしていいのかわからなくて

「この、卵焼きを食べたら、お母さんがいなくなっちゃう。」

そう言って、私は、お弁当を食べられず、泣いてしまいました。
 
 

でも、そのときの私のカンは当たり

そのお弁当が、母の最後のお弁当となりました。

  

もう、動くことも喋ることもあまり出来なくなっていった母が、私に、最後に聞いてくれた言葉は

「まみちゃんは、大きくなったら、なにになるの?」でした。

私は、とっさに

『お母さん。私、先生になるよ。先生になる!』

と、言いました。

すると、母は、

「そう。それなら、いつも笑っている先生に、ならんとね。」と、言ってくれたのです。

でも、それが、母の私への最後の言葉となりました。

私は、母との約束を守ろうと、先生の道だけを目指して大きくなっていきました。

母が、最後に言ってくれた「いつも笑っている先生」。それだけを目指して…。

 
☆。.:*・゜

それから、私は、先生になります。
そして、「先生」が大好きになります。

私は、もう一度生まれ変わっても、先生になりたいと思っています。

でも、その道を、作ってくれたのは、母でした。

私は、母と、13年間しか一緒にいることができなかったけれど、母は、一生分のプレゼントを、私にくれたのです。

☆。.:*・゜

そんな母が、作ってくれたブレザーが見つかったのは、母が亡くなってからでした。

赤と青のブレザー。

これは、私とおそろいのブレザーにしたかったのでしょう。
 

でもね。お母さん。
赤のブレザーは、袖が作れなかったんだね。
ここまで、生きることが出来なかったんだね。
私の喜ぶ顔を見たかったんだろうね。
 

でもね。お母さん。
私は、この完成しなかったブレザーを、いつか、私が完成させるよ。そして、笑顔で着るよ。
 
 

今でも、やんちゃで、失敗ばかりの私だけど、
でも、勝たなくていいから、負けない生き方をしていくよ。

それでも、また、私が、わからんことをしたときは、家の外に出して怒ってね。

怒ってね。お母さん。
 
 
 
 
 

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