年老いて老人福祉施設に入るようになると、途端に衰える人がいます。

在宅のままでは日常生活がままならないので人の手助けを受けて日常生活をスムーズに送れるようにしたのに、これでは何のためにお世話になったのか分からなくなってしまいますね。

施設ごとにいろいろ工夫して、少しでも幸福に長生きできるよういろいろな試みが行われており、うまくいっているケースもあればそうでないケースもあるようです。また個人個人の差でうまくいくひととそうでない人にも分かれるようです。

 

イギリスのある老人施設では4歳の子供たちと一緒に過ごし、一緒に遊んだり老人たちに本を読んでもらったりと、相互交流を図ることでそれまで塞ぎ込んでいた老人が元気になった実例もあるそうです。

ある男性は「しばらく新しいものに触れていなかったが、これで生き返ったような気がする」と述懐しています。

子供は正直ですから、大人なら遠慮して言わないような感想でも平気で口にできます。

でもそれが、長年老人たちが忘れていた、新たな視点や反省点になることもあるのです。

「傷つくこと」は決してマイナスばかりではないと言うことです。

 

認知症であるかないか、鬱に陥っているか否かにかかわらず、新しい物事に接すると脳内で新しい神経細胞が形成され、それが心身に刺激となり、その人の人生観にまで好影響を与えるようです。

つまり、何歳になっても新しいものに接すると新たな神経細胞や回路が形成され、死ぬまでは永遠に人生は活性化できる、ということになります。

「年だから」という言い訳で挑戦を初めから諦めたり、「~は苦手」と初めから自分の目の前に高い壁を作って(実際はそんなに高くない、あるいは壁などないのに)世間に背を向けてしまうのは余りにもったいない気がします。

挑戦に当たって逡巡するのはそれ自体内部での活性化を促すので、入口で大いに迷うことは推奨します。

迷ったあげく「今回はパス」はアリです。

でもストックとしてとっておいて、またいつか挑戦の機会を探ってみることはしてほしいものです。

但し「若い者に負けないために」などと「つっぱる」のはやめましょう。若い人はそんなの全然見てませんから。

 

私も今週から個別指導塾で小中学生の勉強のお手伝いをすることになりました。

一方的に教える形式ではなく、テキストの問題を解いていて間違えたところや分からないところに、講師がヒントを出して生徒に考えたり思い出したりするきっかけを作る、コーチング形式の指導です。

週2日、夜3~4時間ですが、出勤初日の昨日は中学生に英語を1時間教え、生徒さんには問いをたくさん発して思い出したり考えたりするきっかけをたくさん作ってあげました。分かった瞬間に笑顔に変わるとこちらもうれしくなります。

問いをたくさん発して答えを引き出すやり方は、東進ハイスクールで地理を教えていた村瀬哲史さんのやり方をモデルにしています。私はあそこまでコテコテにはできませんが、問いを発することで生徒さんが「う~ん」といって考え出すのは、生徒さんは勿論、教えるこちら側もきっかけをどうやって作るかを考える作業を要し、生徒さんが今何が分からないのか、今見える景色は何か、そこからステップアップするために何を付け足してあげればいいのか、いろいろと頭をひねります。

かつて自分の通ってきた道を違った角度で眺めてみるのも、新しい世界を知ることの一つです。

教員免許もなければ塾講師の経験もなしにいきなり講師デビューというのも無謀な気はしますが、やってみると思ったより楽しいものです。この仕事ハマるかも、と密かに思っています。

 

全く新しいものに接するもよし、以前経験したことを別角度から見聞きするもよし、1回の人生、常にどこかに新しい刺激を受け、死ぬ直前までどこかが活性化して生きて行けたら、と思っています。

 

 

人生の目標を見失っている方、これからどうしていいか分からなくてお困りの方、ご相談に応じます。

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