寒椿も凍りつくような寒さの中、無理をして僕は自転車に乗っていた。その自転車はお父さんの物であるから、僕にとっては大きすぎる乗りものであった。
 どうにか、足が地面に着く位の自転車であったので、凍結した路面では転んだりもしたことが思い出される。
(擦りむいた膝は、寒さで痛みが増している)
僕は、その痛みを我慢しながら、あまり人が通らない道をひたすら自転車で走っている。
「頑張るぞ。負けてたまるか!」と、寒空のなか、独りで叫んでみたりもした。
 ふと思った。
(みんなは、暖かい汽車で行くかもしれないけど)
(僕は貧乏だし、少しでも、文房具にお金を回したいから、自転車でわざわざいくのだ)
(でも強硬突破だな、無鉄砲なのには程がある)
 そんなことを考えながら、寒さとの闘いが僕を苦しめている。

 走る事、大きな川に差し掛かった。この川には当時、水害のおかげで、作られた木製の橋は、跡形もなく濁流の藻屑と消えたばかりであった。
 そんなためか、この川には渡し場があり、船を出してくれる優しいおじさんがいたことは、僕にとって大切な場所でもあったのだ。
「おぅ、坊主。また来たな!」
 おじさんは、僕にいつも優しく声をかけてくれていた。
「うん、おじちゃん。今日は一段と寒いね!」
 おじさんの、渡し場には当時から小屋があり、中には練炭の炬燵が置かれていて、僕の休憩場所にしてもらっていた。
「あったかーい!」
 なかに入り、少年が本音でその言葉を漏らすと、心配したのか、炭火でおじちゃんがお餅を焼いてくれた。
 僕は、大好きな砂糖醤油を餅にたっぷりつけて、冷え切ったお腹の貯蔵庫に仕舞い込んだ。
「おいしーい」と、僕は夢中で餅を食べている。
 その表情を見ているおじさんは、僕の頭を撫で、温かい焙じ茶を湯呑みに注いでくれた。
「暖かいね」
 冷え切っていた僕の体は一時的な温かみを感じることになる。
「おじさんありがとう!」
 暫し、暖をとり一休みしてから、僕はまた走りだす。僕は、あの頃の優しいおじさんが忘れることはできないと思っている。

つづく。