日曜日の授業を「欠席」する自由
 
【事件の概要】参観授業に欠席して

 東京都江戸川区立小岩小学校は、日曜日の授業参観を昭和五七年六月一三日の午前中に実施したが、その小学校に在籍する姉妹(六年生と四年生)は欠席した。姉妹の両親は日本基督教団小岩教会の牧師と副牧師を務める牧師であるが、これまでもキリスト教徒にとって礼拝と安息の日として定められた聖日である日曜日の登校が信教の自由を侵害するとして学校に再三善処を求めてきていた。
 それが容れられないまま迎えた参観授業当日、二人の姉妹は両親の指導に従ってその主宰する日曜教会学校へ出席し、時間的に競合する学校の授業を欠席した。そのため、指導要録に「欠席」と記載された。
 それに対して、姉妹と両親は、日曜日午前中の参観授業への出席を義務づけ、それを宗教上の理由から履行しなかった二人の姉妹に「欠席」記載という不利益を課すことは、(ア)憲法二〇条一項(信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。)に違反する、(イ)教育基本法九条一項(宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。)の解釈から導かれる公教育の宗教教育に対する特別配慮義務に違反する等を主張して、「欠席」記載の取消しと不法行為による損害の賠償を求めて裁判に訴えたが、裁判所は欠席の記載取り消しは却下し、損害賠償請求は棄却した。(東京地判86.3.20「判例時報」No1185)

【原告の主張】欠席にしないことも

 この「欠席」について訴えた原告(姉妹と両親)は、授業参観を日曜日に行うのはやむをえないとしても、午前ではなく午後に、あるいは国民の祝日に行うなどの代替的手段は容易に考えられるし、<<仮に日曜日の午前中に参観授業を行なうとしても、右は短時間であって、親の教育に対する関心に応えるいわば見せるための授業であるから、これを正規のカリキュラムから切り放し、任意のものとして出席義務を課さないという方法も考えられ(このような場合には、欠席者の受ける不利益は、当該授業を受けられないという不利益に止められることになろう。)。仮に日曜日の午前中の参観授業につき本件のことく出席義務を課するとしても、原告らのごとく、日曜日に宗教教育を実施している父母の子どもに対しては、江戸川区教育委員会の定める指導要録の出欠の記入要領にある「その他の場合」に当たるとして、例外的に出席義務を課し得ない場合として出席すべき日から除外する措置をとることも考えられる(これにより少なくとも出席義務違反としての欠席処分及び欠席を理由とする同級生らの隠然たる迫害から免れえたといえる。)。
 ちなみに、右のような宗教教育のための欠席にとどまらずその他生徒が一定の合理的理由にもとづいて欠席した場合、公教育法制とその運用において、これを欠席扱いしないことは十分に可能であり、現実にも多くのそのような取扱いがなされている。
 すなわち、右にいう合理的な理由がある場合にはその他校長が出席しなくてもよいと認めた日数として「出席停止、忌引等の日数」に準じてこれを右「授業日数」から控除することにより、「出席しなければならない日数」 には含まれないものとすることができ、したがって欠席扱いをしないことが現行法上も十分に可能となるのである。>>と主張している。

【裁判所の判断】欠席はやむを得ない

これに対して裁判所は 一般に、宗教教団が<<宗教教育の場を設け、集会…をもつことは憲法に保障された自由であり、そのこと自体は国民の自由として公教育上も専重されるべき>>であるが、<<公教育をし、これを受けさせることもまた憲法が国家及び国民に対して要請するところであり>>、その具体的実施については関係法規の定めるところに従い被告校長等に委ねられている。その結果、<<公教育が実施される日時とある宗教教団が信仰上の集会を行う日時とが重複し、競合する場合が生じることは、ひとり日曜日のみでなく、その他の曜日についても起こりうる>>。そのような場合、<<当該宗教教団に所属する、信仰者は、そのいずれに出席するかの選の自由を制約するというのであれば、そのような制約はひとり本件授業にとどまらず、随所に起こるものということができる。>>
 <<しかし、宗教行為に参加する児童について公教育の授業日に出席することを免除する(欠席として扱うことをしない。)ということでは、宗教、宗派ごとに右の重複・競合の日数が異なるところから、結果的に、宗教上の理由によって個々の児童の授業日数に差異を生じることを容認することになって、公教育の宗教的中立性を保つ上で好ましいことではないのみならず、児童の公教育上の成果をそれだけ阻害し、‥‥‥さらに、公教育が集団的教育として挙げるはずの成果をも損なうことにならざるをえず、公教育が失うところは少なくないものがある>>。
 したがって、<<公教育上の特別の必要性がある授業日の振替えの範囲内では、宗教教団の集会と抵触することになつたとしても、法はこれを合理的根拠に基づくやむをえない制約として容認しているものと解すべきであ>>り、原告らの被る不利益は<<受忍すべき範囲内にある>>として学校が「欠席」と記載したことを容認している。