随分と年月が過ぎても、記憶に残っているのはバンジールbanjir(インドネシア語で洪水)です。
東南アジアでは、スコールが降るたびに道路が水浸しになるのは、よく見かけると思います。
バルコニーというよりはアパートメント9階の窓からの撮影です。
通常、写真の下までスクールバスが来て乗り降りしていたのですが、この日は一戸建てのヴィラや4階建、10階建のアパートなどがある敷地内にバスが入ることすらできません。
当時、PTA本部役員をしていたこともあり、スクールバスが敷地内に入れず、バスで下校途中の児童生徒達を、どこで下車させ、その場所まで保護者が迎えに行くかを短時間に決定しないといけない状況でした。
その日は、緊急措置としていつもの現地のバス会社の添乗員の他に、学校の先生もバスに同乗。先生と携帯電話でやり取りをしながらのバスの位置と到着予定時間などの連絡をとりあいながら、安全対策も含めた対応に追われていました。
結局、これらの画像の方向とは反対側が高台なので、普段は締め切っている裏門から出て、
500メートルぐらい(だったかな?何せ年月が過ぎすぎ)歩いた道路の路上で停車できそうなところでバスから子供たちを下車させることにしました。
ただ、そこまで行く途中に治安が良くないところもあるため、各家庭の運転手とその時に連絡がとれ外に出ることができる10階建のアパートのお母さんたち全員で迎えにいくことに。
当時は、ジャカルタ暴動から数年後だったこともあり、治安も良くなく公道を歩くことはとても危険で車はセキュリティーのある敷地内に入って建物の玄関に横付けされて乗車するドアトゥドアの生活でした。大使館や企業では、邦人はもちろん多くの外国人が自ら運転することは禁止されていて多くは、自己負担で家庭用(妻子用)の運転手を雇っていました。
日頃から運転手との信頼関係はとても大切で、子ども達と私のボディガードでもありました。
茶色く濁った水が一面に。
実は、大人の男性の腰丈よりも高い位置まで水が・・・。
同じようなヴィレッジタイプのクラブパラダイスは、低い場所にあるため、このようなことはよくあると聞いていましたが、私が住んでいたところでは、ここまで大変だったことは私が暮らした3年間でこの1回限りでした。(2002.2.1)
記憶が裏覚えですが、後日、うわさによると雨が上がった後にボゴールの水門が開いたとか、どうのこうのと。