屈折のピラミッドからのリビア砂漠






















軍事基地内にあるスネフル王(クフ王の父)の4つのうちの一つ屈折ピラミッド















屈折ピラミッド







































閉館時間になり夕陽になりつつある
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赤のピラミッド
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ダフシュールの赤のピラミッド内部天井と壁
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(2002年12月8日撮影)





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エジプト南部、スーダンとの国境近くにある世界遺産アブ・シンベル神殿。
音と光のショーと翌朝のご来光を見たかったのでアブシンベルで1泊することに。

カイロからアブシンベルまでの往路は、飛行機で。
この飛行機、なんと座席は自由席で早い者勝ちです。景色の良い方を事前にチェックしておいて良かった~!

まずは空港からホテルへ。なんと・・・ホテルの迎えの車が来てない…。
予想はしてたが…。電話してみるとまだ出てないと!さすが…。
待ってられないわ。
仕方なく、空港で信用できそうなタクシーでホテルへ。
ホテルはセチホテルに宿泊。
ホテルの様子はこちらで。
http://plaza.rakuten.co.jp/snowcrystals/

アブ・シンベル神殿は、今から約3,300年前にラムセス2世によって造られた神殿。
なんと一枚岩なんですって!

小神殿は、妻のネフェルタリのために造った神殿。

大神殿は、世界最大の岩窟神殿で、4体の像は全部ラメセス2世。
岩山を削って造りあげた巨像の高さは20m。
正面の高さ約33m、幅約8m、奥行約63m。

夜の大神殿の光と音のショーも寒かったけれど、なかなか良かった♪
写真はどれも撮影失敗。綺麗に取れず、残念。
寒くて震えてると親切なおじさんがきれいな毛布を2枚掛けて下さった。
ありがとう、おじさん!感謝です!

アブシンベル神殿の壁画。
ラムセス2世の戦い。

当時は、フラッシュは禁止でしたが撮影は可能。
カメラ持ち込み料を払ったのかは、もう覚えておらず…。
エジプトでは、写真撮影等は施設ごとに違うので要確認。

(2002年12月3,4日1泊2日滞在)
随分と年月が過ぎても、記憶に残っているのはバンジールbanjir(インドネシア語で洪水)です。
東南アジアでは、スコールが降るたびに道路が水浸しになるのは、よく見かけると思います。

バルコニーというよりはアパートメント9階の窓からの撮影です。
通常、写真の下までスクールバスが来て乗り降りしていたのですが、この日は一戸建てのヴィラや4階建、10階建のアパートなどがある敷地内にバスが入ることすらできません。

当時、PTA本部役員をしていたこともあり、スクールバスが敷地内に入れず、バスで下校途中の児童生徒達を、どこで下車させ、その場所まで保護者が迎えに行くかを短時間に決定しないといけない状況でした。
その日は、緊急措置としていつもの現地のバス会社の添乗員の他に、学校の先生もバスに同乗。先生と携帯電話でやり取りをしながらのバスの位置と到着予定時間などの連絡をとりあいながら、安全対策も含めた対応に追われていました。

結局、これらの画像の方向とは反対側が高台なので、普段は締め切っている裏門から出て、
500メートルぐらい(だったかな?何せ年月が過ぎすぎ)歩いた道路の路上で停車できそうなところでバスから子供たちを下車させることにしました。
ただ、そこまで行く途中に治安が良くないところもあるため、各家庭の運転手とその時に連絡がとれ外に出ることができる10階建のアパートのお母さんたち全員で迎えにいくことに。

当時は、ジャカルタ暴動から数年後だったこともあり、治安も良くなく公道を歩くことはとても危険で車はセキュリティーのある敷地内に入って建物の玄関に横付けされて乗車するドアトゥドアの生活でした。大使館や企業では、邦人はもちろん多くの外国人が自ら運転することは禁止されていて多くは、自己負担で家庭用(妻子用)の運転手を雇っていました。
日頃から運転手との信頼関係はとても大切で、子ども達と私のボディガードでもありました。

茶色く濁った水が一面に。
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実は、大人の男性の腰丈よりも高い位置まで水が・・・。
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同じようなヴィレッジタイプのクラブパラダイスは、低い場所にあるため、このようなことはよくあると聞いていましたが、私が住んでいたところでは、ここまで大変だったことは私が暮らした3年間でこの1回限りでした。(2002.2.1)

記憶が裏覚えですが、後日、うわさによると雨が上がった後にボゴールの水門が開いたとか、どうのこうのと。