タイトルのようなことを感じることが多々あったので書いてみようと思います。



人に何かを指摘されて怒る人がいます。
相手に話が伝わってないとか、本当に自分が未熟だったり、理由はたくさんあるとおもう。


たとえば
バスで出かけよう!
となったとき
あー、乗り物酔いするからその日無しにしようよー
なんてことがあったとします。

そうか、それなら仕方ないね
となるけど
これがバスで出かけようってなったとき
車怖いんだよねー
とか
バスジャックあるかもじゃーん
とか
いろんな言葉でバスで出かけるの嫌だって言うのを続けてる人だとしますよね。
自転車では出かけるし、こちらが車を出したら来るのに。

そしたらさすがに
もしかしてお金ない?
ってなるよね?


金はあるよ!バスが嫌なんだ!
って言われても
急に怒りだしたら図星だなっておもう。

例えが面倒だったけど笑
アニメ見てて主人公がいじめのグループにいて、好きな人に友達選べよって言われて怒ってるシーンがあって。

「なんで怒ってんだろ。図星だからか」

そう言ってたんです。
こんな短い時間にそこまで冷静に自分を見れるって素敵なことだと思ったし、これができない人、多いなとおもうんですよね。


まあこんな感じで最近色々考えてたんですけど


「器の大きさ」とは

器が大きいなって友人家族仲間恋人におもうことあるとおもうんですけど、器の大きさってなんだと思いますか?



















私は包容力があり、相手を認め受け入れること。



これだとおもうんです。




そんなのわかってるよ!自分だって努力したよ!嫌なところも我慢したんだから!



…これは違うとおもうんです。

わかりますでしょうか。


「我慢」

我慢って相手を認めて受け入れてないですよね?


それを正当化するためにもっともらしい言葉を並べても
冷静に考えたら違うよねって。


もちろんこれを言われた相手だって我慢したこともあったかもしれません。
でも今までその言葉すら出てこなかったって言うのは、受け入れて認めてたからだとおもうんですよ。
あたしは。


我慢して言わなかった人と
受け入れてたからこそ問題としてみてなかった人と

どちらが器大きいと思いますか?



賛否あるとおもうけど、あたしは後者だと思います。





成長と共に学ぶことってたくさんあります。

母とよくいろんなことを話すのですが

好きなこと、例えば、音楽
これを続けてこれたのは親のおかげだとおもいます。

でも親も心配じゃないですか。
仕事どうするんだろうとか、どこまでいけるのかな?って

親が応援してくれてるバンドマンは、それなりに自立しているからだとおもうんです。
それが過去に栄光があるか。
だから親も期待するんですよね、音楽のほう「でも」頑張って欲しいなって。

たまにいますよね
漠然と
売れるんだよ!
ってキレてくる人、、笑

多分、本当に売れる人ってキレないんですよ。
ちゃんと自分に自信があるんです。
「やっている」って

ただ単にこなして休む時間がなくてやってるよおれ!とか、そう言うのではなく。


バンドだったら、1人でやるより確実にブレインとなる人がいるか、自分含めてブレイン4つとかですよね。

ということは
持ちつ持たれつ、適材適所の考えが出せるとおもうんですよ。
そして自ずといいなっておもうところを探すし、同じビジョンを見ようとおもうし

….なんていうか、うまく言えないけど
ポジティブに考えられるんです。
最初から


ネガティブな感情が先頭になってたら何も考えられないとおもいませんか?
そこにとどまる理由、やらなくていい理由を探してしまうとおもいませんか?

わかるんだけどね笑
その気持ちももちろんわかるんだけれども。

自分が相手の言うことをネガティヴに捉えていても、そこにちゃんと理由があれば納得できるんです。

ただどう受け止めても自分本位だなあって感じる人もいるんですよね。




上手な人は上手い子と距離感を掴んで付き合っていくのだとおもいます。


戸部父がすごく真面目だったので
遺伝子的に深く考えていきます、わたしは。

そして長いこと悩んだり考えたり
それを言葉でうまく伝えられない上に、泥沼に足を突っ込む。笑


父が居たらなんと言うだろうかなあって考えながら
母と電話でお話しして
思考整理します。


新しいことにトライする時、作る時
いつもこう言う思考の壁にぶつかります。

これを乗り越えたらいいものができる
少し人として成長できるって思ってます。

今日はここまで