電子レンジが使えない。
照明が使えない。
スマートフォンの充電ができない。
テレビが見られない。
洗濯機が使えない。
電気の有難さの再認識だけではなく、この不便さから何かを学びたいものだ。
停電中、営業をしてくれていたお店に行った。
行列ができていたので、さぞかしお店の中は満員かと思ったら、入り口で入場制限をしているのだった。
お店の中はがらがらだった。
早く買い物をしたいだろうけど、文句も言わず整然と並ぶお客さんたちの先頭を見ていると、その人は店員さんに呼ばれて入店した。
なるほど、店員さんのエスコートで買い物をするシステムだ。
停電でレジが使えないので、買い物に店員さんが同行して、買ったものの値段をメモしている。
メモをした紙を電卓でまかなっているレジに持って行ってお金を払うというやり方だ。
私を担当してくれた店員さんは休日返上で働いていると言った。
大変さはあるようだったがやり甲斐を感じているような表情だった。
心が温かくなった。
不便ではあるが不自由ではない。
不便な中にも、働く自由があり、話し合える自由があり、人の優しさを感じる自由がある。
不便を緩和する工夫ができる自由がある。
停電だから、バーベキューをしたとか、星空が綺麗だったとか、たくましい行動も多く聞く。
不便は不自由とは違う。
むしろ思考を自由にするきっかけにもなり得る。
でも、思考を自由にするなんて悠長なことを言ってられない多くの方々がいる。
まだまだ被害から日常に戻ることが難しい多くの方々がいる。
どうか、不便さの中にも少しの自由を。
自由の中から安らぎや喜びを。
心よりお見舞いを申し上げます。
