昨日も書いてましたが、自由に見る事の出来ない道標の1つに
「尾上小学校の道標」があります。
職場からは距離もあり、昨日の様にはいきません。
取りあえず昼休みに連絡を取りました。
「6時ごろまでは誰か居りますから」どうぞお越しくださいとの事でした。
夕方急いで寄りました。
教頭先生が対応してくださいました。
パソコンからプリントアウトされた用紙をお持ちで、
「以前はここに在ったようですが、元の場所に戻されたようです」との事でした。
いつもの本のメモには
「元の場所は不明、現在は尾上小学校の玄関前に立てられている」と
書いてありました。
現在の姿
県道718号線(旧浜国道)の相生橋東側の堤防を、北に250mほど進むと
堤防下の歩道?脇に立っていました。
ここは元の相生橋が架かっていたところだそうです。
ここから東へ進むと「崎宮神社」前を通ります、旧街道だと思われます。
当時の事が神戸新聞に載っていました。
「かって加古川にかかる相生橋近くの堤防にあった道しるべが、ほぼ半世紀ぶりに元の場所に戻
された。郷土の資料として尾上小学校に保管されたままになっていたが、地元町内会が里帰りを
働きかけた。道しるべは、大正12年(1923年)に相生橋が架けられた時、橋のたもとの堤防に
立てられたとみられる。高砂方面から橋を渡ってきたひとのために播州松めぐりで知られる
尾上の松(尾上神社)や手枕の松(住吉神社)、それに鶴林寺、土山駅などの方向を示していた。
道しるべは、現在の相生橋の約250m上流、かってと同じ旧相生橋があった場所に移された。
長さ240cmのうち約70cmを土で埋め、しっかりと固定。小高い堤防から大崎地区を見守るように
立っている」