愛され品格美女への近道
     パーソナルメイクアドバイザー
     パートナーシップナビゲーター
             図司恭子です。 

息子の出産記事   パート 1  こちら
                            パート2   こちら

陣痛に苦しむ私のお腹を左右から
さすり倒すおばちゃん看護師2人。
愛情こもってると思うでしょう。
ちがうのー。
旦那がどうとか、子供がどうとか。
そんな話のついでに私のお腹を
さするの。
陣痛和らげようと思ったらそこ違う。
腰やん!腰さすってー!
やめてー!!ともいえずに
なすがままになっている私。

こんな時まで、相手にどう思われるかを
考えている始末あせる

そして間も無く陣痛がピークに達し 
(自分ではそう思った。)
ベット策を握りしめて痛みにたえてたら
気張って!とおばちゃん看護士から
げきがとんでくる。
えー、子宮口の開き具合みて
くれへんの!?
普通ならおしもが避けるから
全開になるまで
気張ったらアカンゆうやん!
誰か私の子宮口みてよー えーん
とも言えずに
おばちゃんナース言われるがままに
気張ったら、なんと2回気張っただけで
スポーンと生まれ落ちてきた。

その時はらおばちゃん看護士だけで
おじいちゃん先生が遅れて登場。

息子の出生体重2500g。
今でこそ3000gを下回るのは
当たり前だけど、その頃の男の子の
平均体重3200g。
上の女の子は2人とも3200gあったので
とんでもなく小さく感じたのを
覚えてる。

子どもが生まれたら胎盤の処理を
したりして、自分の部屋に戻るのだけど
その時もすごかった。
うちの夫を呼びつけ、私を抱かせて
部屋に移動させる始末。
ストレッチャーは!?
何かあったらどうする
おばちゃん看護師たち!!

そして家族が帰った午後8時。
なんだか徐々に しんどくなって
ナースコールを押しました。
おじいちゃん先生が
おばちゃん看護師に「血圧測って」
って言うけど、おばちゃん無視!
嫌な顔して血圧測ろうとしない。

おばちゃんは、先生の言葉を無視して
腹帯がキツイのかもしれないね。
って私の腹帯緩めて、どっかにいって
しまった。
残された先生も気まずそうに 
どっかに去ってしまいましたとさ。
放置される私 あせる

長年勤めたおばちゃん看護師たちは
どんどん強くなって、先生の指示も
きかなくなっているのか!?
ストレッチャー出すのも面倒くさくて
血圧測るのさえも面倒くさく
なってる!?

退院までシャワーもできなかった。
私達夫婦が選んだ病院は
時代に取り残されたとんでもない
病院でした。

そして退院した日に主人の口から
出た言葉が又怖かった。
あそこの先生、実はアル中らしい。
無事に退院できてよかったよ。
でした。  ガビーーン ガーン
無事に退院できたことに今更ながら
感謝。
そして感謝といえば私の両親。

突然産気づいた私のために
車を飛ばして3時間半かけて駆けつけて
くれました。
父は次の日仕事だったので
そのまま来た道をかえっていって。
母はその日から私が退院して
実家に帰るまでの10日間、
1歳半と3歳の娘の世話と家事を
全部になってくれました。
その時の母の年齢は50歳。
自分の仕事を休んで娘の私のために
時間を使ってくれていたんだね。
改めて考えてみると感謝の気持ちが
更に湧いてきたよ。

これって大きな愛でしかないよね。
だけど子供の頃、母の愛感じ取る
事ができなかった。
頭を撫でたりギュッと抱きしめたり、
スキンシップして欲しかった。
小さな子供にはこうしなきゃ愛は
伝わらない。

親の愛が伝わると自分の事を
大切にできる大人になれる。
愛を感じずに大人になると
自分ってダメと思ったりパートナーとの
関係が上手くいかないエラーが
おきてくるよ。

本当は、人は何ができてもできなくても
愛されるのに、こうじゃなきゃ 
愛される資格がないとか思ったり
する。

自分の事、認めたいのに認めれない。
頑張っている自分にオッケー出せない
って辛すぎる。
そんな時は私に会いに来て。

50年間自分を認める事が出来ずに
苦しんできた私が
貴方の価値の認め方をお伝えします。

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