『生きとし生けるもの』 | 四神のブログ
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愛、喜び、憎しみ、悲しみ、それは『人間だけ』が知りえる感情です。






私たちが憧れる『天使や精霊』






しかし、天使や精霊さえも憧れる存在、それが『人間』なんです。






なぜなら、人間の織りなす『喜・怒・哀・楽』という感情『憎しみ、悲し

 

み』という感情、それらは人間として生れた体験がなければ、決して

 

理解できないことだからです。






天使は人間の感情を理解できない。






人間というものを理解できない。






彼らは何の価値判断も、善悪も持っていない。






ここ(地球)に生きたことがないからです。






彼らにとってはすべてが愛であり、”愛しか”知らないんです。






愛でないものは理解できないんです。






怒り? 憎しみ? 






私たちは天使や精霊さえもが憧れる『人間』なんです。






地球というこの最高の『体験の場』を生きている人間なんです。






この宇宙で最も難しい場である、地球に生きる『チャレンジャー』

それが私たち人間なんです。






この世で生きていくことは、苦しいことも、困難もいっぱいあります。






しかし、たとえ今どんな状況であれ、男であること、女であること、

この世に『人間として生れたこと』このことだけでも賞賛されるべき

 

ことなんです。






それゆえ、決して命を粗末にしてはならないんです。






人が生きていくためには、何かを食べなければなりません。 






何かの犠牲なしでは、人は生きていくことができません。






その犠牲の上で、私たちは生きています。






動物や植物の『命』をいただいて、私たちは生きているんです。






それが食事の際の『いただきます』の意味なんです。






それは人間のために命を奪われた生き物への『感謝の言葉』でも

あるんです。






私たちはスーパーや肉店で牛肉や豚肉を購入します。






肉は綺麗に『ラップ』で包装され、それが動物の体の一部であった

とは思えないほどです。






3年、6ヶ月、60日の命とは、何でしょうか、、、

 

 

 

 

 

 

牛は、この世に生まれて約3年で牛肉になり、、、






豚は、生まれてから約6ヶ月で豚肉になり、、、






鶏(ブロイラー)は、わずか60日の命です。






この世に生まれても、みんな足早で一生を終えて行きます。






彼らはこの世に生まれても、たったこれだけしか生きられないん

 

です。






堵殺場に連れられていく牛は、みんな終始おとなしいと言う。。。






目にいっぱい涙を溜めて泣いている牛もいるそうです。。。






きっと、これからどうなるか分かっているのでしょう。






自分の死が、、、

 

 

 



豚は電気ショックで悶絶させられ、牛は堵殺銃で眉間を撃ち抜かれ

ます。






現在は、別の方法がありますが、、、






私たち人間は何と残酷なのだろうか。。その残酷な殺され方を知る

 

と、私たち人間はここまでして、動物の肉を食べなければならないの

 

か、悩んでしまいます。






インドの伝統的医学である『アーユルヴェーダ』では、次のように

言っています。






『それぞれの食物に宿る意識』は、ある意味でこれを食した者の意識

 

と融合する。






例えば、ある人が牛肉を食べたとき、その牛肉のもつ性質を粗雑な

レベルから精妙なレベルに至るまで受け継ぐことになります。






私たちが肉体を維持しながら生きていくには、どうしても他者を犠牲

にするしかないんです。






肉を食べることも、野菜を食べることも、あるいは、空気を吸って吐き

出すことすらも、ある意味では自然に犠牲を強いているんです。






その際、この事実を知って自然に感謝し、なるべく犠牲を最小限に

 

抑えようというのがアーユルヴェーダの考え方なんです。






動物たちは高度な意識を持つゆえに、殺されるときの苦痛や怨念も

また、我々には想像もできないほどのものです。






それは精妙な意識の波動となって、殺された後の動物の細胞の

 

一つ一つに染みついているんです。






そして、私たちがこれを食べると、この意識もまた、我々の細胞の

 

一つになるんです。






何かを食べるということは、そのものの『意識』まで、自分の細胞に

受け継ぐということなんです。。。






弱肉強食の世界で、一番の頂点に立っているのが人間です。。。

 

 

 

 

 

 

人間に生まれたことは、とても幸運なことなんです。






それゆえ、この命を精一杯生きなければ、私たちのために犠牲に

 

なった『無言の命』に申し訳がたたないんです。






この世に、自分が生まれたことに感謝し、命は大切にすること。






たとえどんなことがあっても、自死という手段は取ってはならない。






絶対にです。






もしそうした手段を取った時、あなたは自分のとった行為に苦しむ

 

ことになるんです。






後悔の念に苦しむことになるんです。






そして、再びこの世に舞い戻って、同じ課題に取り組むことになる、

一からやり直すことになるんです。






輪廻転生が自らの選択であるように、死の時期も自らが選択しています。






そこに、運命などというものが関与する隙はないんです。






しかし、自ら命を絶つことは、異界への不法入国のようなもので、

 

その場はそれで終わっても、自分でそれを乗り越えない限り、何度で

 

も同じパターンのものがやってくる事を覚悟しなければなりません。






今回の転生で直面できなかった問題は、やり残した課題となって、

 

次の人生で直面することになるんです。






あなたの『魂』がそれを求めるてしまうんです。






自分の成長・進化のために、それを求めてしまうんです。






自死によって何一つ問題は解決することはありえないんです。






それ以上に残酷なことは、残された家族が心に深い傷を負って、誰

 

にも言えぬまま、自分たちを責めるということです。






心に深い傷、悲しみを抱えて一生を過すということなんです。






その悲しみ、無念さは消えることはないんです。






それは、弱肉強食の頂点に立っているが故なのかも知れません。






私は、一昔前までは釣りが何よりの趣味でした。





金曜日の夕方、仕事が終わり家にも帰らず後輩と海へ、翌日の

お昼近くまで釣りに行っていました。






転勤を機会に忙しさもあり、釣りをすることが無くなりました。






同時に、肉、魚を食べることが嫌になってきました。。。






『年のせいだ!』と言われればそれでおしまいです。。。






でも、その頃から霊的なパワーが一段と強くなってきたのも事実

なんです。






これも、運命であると思います。

 

 

 

 

 

 

生きようとしても消えて行く命があります。

 

 

 

 

 

 

もう一度『生きる』『人生』という道のりを考えてみることが大切では

 

ないでしょうか。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもありがとうございます。

 

感謝

 

 

 

 

        あなたのしあわせのために、、、

 

 

 

 

 

 

   皆様にとって素晴らしい一日でありますように、、、

 

 

 

 

 

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