ショートストーリー

 【さくら公園物語】


 それはもう三十年以上も前のお話です。

 その街には小さな公園が有りました。鉄棒と滑り台が有るだけの小さな公園です。砂場も無く、遊具が少ないその小さな公園はあまり近所の子供達に人気が有りませんでした。

 ただ、桜の木が一本植えられていて春には綺麗な花を咲かせてみんなの目を楽しませているので「さくら公園」と呼ばれていました。


 春休みも終わりの頃、そのさくら公園の鉄棒で逆上がりの練習をしている男の子がいました。小学一年生の彼は二年生になる前に逆上がりが出来る様になりたくて、毎日日が暮れるまで手の皮が破けそうになるくらいに練習をしていました。

 同じ頃、桜の木の下で逆立ちの練習をしている女の子がいました。手を地面につけ、足を蹴り上げるのですが、なかなか足は桜の木まで届きません。彼女も春に二年生になる女の子です。やはり春休み中に逆立ちをマスターしたくて、毎日さくら公園に練習に来ていました。

 別々の小学校に通う二人にとって、おうちからちょっと遠い人気の無いその小さな公園は、クラスの友達に見られる心配が無くてこっそり練習するには好都合でした。


 はじめは自分の練習に夢中で、お互いのことは目に入らなかったのですが、そのうち二人の胸の中にはどちらが先に目標を達成できるか小さな競争心が芽生え始めました。

 失敗するたびに相手の方を見やり、相手も失敗するとちょっとホッとしたりするのでした。だけど、二人は心の中で無意識のうちにお互いを励ます様にもなっていました。もうちょっとだ、ガンバレって!

 そして、春休みも最後の日、男の子は努力の甲斐があって、とうとう逆上がりが出来ました!うれしくて、うれしくて、満面の笑顔で桜の木を見ると、女の子は来ていません。少し寂しい気分でしたが、それより逆上がりが出来た嬉しさの方が大きくて、すぐに彼女のことは忘れてしまい、おうちに帰ってお母さんに報告しました。


 それから三十年の月日が流れ街並みはすっかり変わりました。小さな「さくら公園」はまだ健在です。桜の木はあの頃よりもかなり大きくなりました。

 今年もいっぱい花を咲かせて街の人々の目を楽しませています。     

 そんなある日、鉄棒にもたれかかっているカップルが桜の花を見ながらお話しをしています。

「小学1年生のとき、俺だけ逆上がりが出来なくてさあ、友達には見られたく無いから隣町のこの公園まで来て、この鉄棒で一生懸命練習したんだよ」

 鉄棒からちょっと離れたベンチに座ってベビーカーの赤ちゃんに話しかけているお母さんもいます。

「お母さんは、逆立ちが苦手でね、あの木で一生懸命練習したんだ。でも、おうちの壁に向かってえいっ!ってやったら簡単に出来ちゃって、それ以来滅多にこの公園には来なくなったんだぁ」

 お母さんに話しかけられて赤ちゃんはただニコニコと笑っています。


 穏やかな時が流れる春のひと時。大きな桜の木だけが知っている昔々の小さな小さな物語でした。

Fin