水を飲みたくない馬に水は飲ませられないように、魂の渇きを覚えていない人には、言葉を伝えても届かないことがあります。
人は、
「当たり前」に与えられていた
健康も
愛も
尊厳も
失った時にはじめてその尊さに気づきます。
けれど、失ってからでは遅いことも多いのです。
だからといって、
「感謝しなさい」
「あなたは恵まれている」
と正論をぶつけても、
心は閉じてしまいます。
なぜなら、
「当たり前」に慣れている人ほど、与えられているものが見えなくなって、
むしろ「自分の方がやってる」と思っているからです。
「与えられているもの」を心から感じることを重ねていくことが重要なのだと思います。
・誰かが黙って支えてくれていたこと
・食事が並ぶまでに、どれだけの命と労力があるか
・自由が、誰かの責任や我慢の上に成り立っていること
・愛されることが、本当は奇跡であること
そうした「見えなかったもの」が見えた時、
「有難し」と自然に頭が下がります。
尊敬も感謝も、
教え込まれるものではなく、
心が震えた時、
内側から湧き上がるもの
そして、
本当の自由とは、
「好き勝手に振る舞うこと」ではなく
本当に自由な人ほど、
傲慢ではなく、
むしろ謙虚です。
本物の在り方を生き続ける
その姿に触れた時、
人の魂は、本来の渇きを思い出し始めるのだと思います。
感謝
アマテラスとスサノオの「受け日」
親子で読める日本一わかりやすいえほん古事記の挿絵
