今日8月4日は「箸」の日です。

日本で1番最初に箸の記載があるのはなんと「古事記」なんです。

それもあのヤマタノオロチを退治するきっかけとなるのが箸なんです🥢



こんな場面に「箸」が出てきます。


高天原(たかまのはら)から天降って来たスサノオノミコトは出雲国(島根県)の斐伊川の上流の鳥髪というところにお降りになりました。するとその時川の上流から「箸」が数本流れてきました。

川上に誰か住んでいると思い行ってみるとお爺さんお婆さんと童女を挟んで泣いていました。
聞けば毎年ヤマタノオロチがやって来て娘達を食べて残る1人になってしまったという。


スサノオノミコトは老夫婦に娘さんを自分にくれるかと聞いて助けることにしました。

老夫婦に濃い酒を作らせて、ヤマタノオロチを酔わせて退治する作戦を立てました。


作戦通りヤマタノオロチはガブガブと強い酒を飲み酔ったところを見計らって、スサノオノミコトは劔でヤマタノオロチをズタズタに切り裂きました。すると尾の先から神々しい剣が出てきました。草なぎの剣です。

スサノオノミコトはたかまのはらかにいらっしゃるアマテラスオオミカミにこの事を報告し、草なぎの剣を献上なさいました。この草なぎの剣がやがて皇位の印「三種の神器」の1つになります。



ねっヤマタノオロチを退治して奥様を娶り、すがの宮を作り、この国の始まりをつくったのです。



すごく重要な場面でしよう〜!

古事記が書かれたのが712年です【奈良時代】日本では、そのころから箸を使って食事をしていたのですが、西洋ナイフとフォークて食事するようになったのはヨーロッパでナイフとフォークが使われるようになったのは18世紀に入ってからです。

それまでは手で肉を掴んで食べていたようです。

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中世以前のヨーロッパでは王侯貴族でさえも、食事するときは手づかみでした。12世紀に入っても、水分の多いものはスプーンを使いましたがフォークは装飾品の一部でした。ナイフは肉などを切り分けるのに使うことはあっても、個人個人が使うことはありませんでした。当時、宗教的には「指は神様が与えられた優れた道具である」と教えられていたこともあり、『まぜる・つかむ・運ぶ』など、人々は器用に指先を使って食べていました。マナーの心得のある王侯貴族は親指・人差し指・中指の3本指を使ったといいます。それに対して一般庶民は、5本の指を使っていたようです。

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これは宗教上の理由のようです。




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箸(はし)はいつどこから日本にやってきたんだろう・・・

 箸(はし)はいつごろ日本に伝えられたかは定かではなく様々な説があります。
様々な説の中から有力な説と言われている二つを紹介します。
  1. 3世紀に書かれた「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」では「倭人(わじん)は手食する」と箸(はし)を使っていなかったような記載がありますが、同時期に書かれた「日本書紀」や「古事記」では箸(はし)の記載がありこれを箸(はし)の起源とする説
  2. 7世紀に入って小野妹子ら遣隋使(けんずいし)が中国から帰国した時にたくさんの中国文化を日本に持ち帰り、そのなかに中国の食法(箸食)(はししょく)があり、中国の食法といっしょに箸(はし)が日本に伝来したという説

どちらの説にしろ7世紀には中国から日本に箸(はし)が伝来していたことになります。
その後、聖徳太子(しょうとくたいし)が日本で初めて新しい箸食(はししょく)制度を朝廷の儀式で採用しました。
これが公の場で箸(はし)を使用した最初の儀式です。


しかし、この時にはまだ一般市民の間には箸食(はししょく)が広まっておらず、一般市民に箸食(はししょく)が広まったのは8世紀になってからのことでした。


そして、8世紀の初めに、一般市の間で箸食(はししょく)制度が進められ手食から箸食(はししょく)へ一般市民の生活革命がおこったのです。





箸(はし)と日本人

<箸(はし)の主な機能>
箸(はし)の機能つまむ切る
はさむほぐす
はがすすくう
くるむのせる
押さえる分ける
支える運ぶ
裂(さ)く

お箸(はし)は日本人が一番よく使う道具で、食器で一番使うのがお箸です。
古くから、日本人の手先が器用なのは、お箸を使うからだと言われています。
箸(はし)は二本の棒を片手で操(あやつ)り、さまざまな機能をもたせる事の出来る優れた道具(食器)です。
日本人は、箸(はし)を使うことによって、微妙な指の使い方・力加減を幼い 頃から習得していたのです。
箸(はし)使いが日本人にとって、全ての道具を器用に使いこなす基本になっているのかもしれませんね。







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