多くの人の運命が変わってしまった日でした。 
それまでなんの不思議もなく、幸せな時間がずっと続くと思っていました。

当たり前はないのだと強力に思い知らされた日でした。

(東日本大震災[ Mw 9.0(M 8.4、この時点での日本の地震観測史上最大)宮城県栗原市で最大震度 7。

他に東日本の7県で震度 6弱以上を観測。死者・行方不明者約1万9000人。この時点での戦後最悪の震災。
北海道から関東地方にかけて太平洋沿岸部への巨大津波で甚大な被害。

また、東京電力福島第一原子力発電所事故を招き、炉心溶融など一連の放射性物質の放出を伴った原子力事故となった。

国際原子力事象評価尺度 (INES) において最悪のレベル7(深刻な事故)に分類される過酷事故。

そんな事態の時原発の事故を最小限にとどめようと命がけで現場で働いて下さった人がいました。

沢山の人が私達に心を寄せてくださったことを忘れていません。



ーただ有難いとしか言いようのないお姿がありましたー

ともかく。あのときは、悩む暇もなく生かされた命を精一杯生き抜くことだけだった。

それはこれからも変わらないけど。




無くしたものが多すぎて、、、。



夜中になれば、涙が幾筋も流れてやまない



いつになっても涙は枯れず



夜の間中涙の海に浮かんでいるようだった。




だから眠らない、


何も考えずに、身体が勝手に目を閉じてくれるまで眠らない。




どうにも心の一箇所は立ち直れずにいたけれど、、、。





どうにかこうにか、涙を拭いて




やっと無くしたものを正面から見ることが出来るようになってきた。




小椋佳さんの「出来るなら」



あれから辿った自分の不思議な運命。
絶命の直前に振り返ったとき、腑に落ちるのだろうか?

胸の痛みは決して消えはしないけど、
腑に落ちるようにせねばならない。

亡くなった方に顔向けができいような生き方をしてはならぬ。

お焼香をしてから
今日も震災の地へ巡行へ

今日も自分からいい日にします。どうぞよろしくお願い致します。