今朝の悟り

魔と間

イザナギはイザナミを黄泉の国に迎えに行き
入り口で待つよう頼まれた、しかしその待つ間に魔が差して中に入ってしまいます。

スサノオも神殿の前で待てと言われて待てずに天斑馬落としという最大の穢れを犯してしまいます。

待つ間に不安にかられて魔が差すのです。


出来心と言うように、悪魔が心に入りこんだように、一瞬判断や行動を誤る事です。


それは頭であれこれ考えて不安要素を思い心が揺らいで、信じているものから離れてしまうのです。



相手を信じる事は、
自分を信じる事です。




羽黒山伏の星野先達と早池峰山、今回は高千穂と回らせていただき、本質と繋がっている人は、
自由闊達で囚われがなく、優しく、朗らかです。



信じて待つ

この言葉で3年前大晦日に拝見したを松例祭(しょうれいさい)思い出します。



松例祭(しょうれいさい)とは羽黒山伏の代表の二人が100日間、参籠、潔斎、勤行、精進して毎日祈ります。


しんしんと雪が積もる、こおりの世界で心身を清め小さな苫屋に入った五穀の種に穀霊の出現を待つのです。


ただひたすら身を清め


祈り


待つ


この待つが(松)と書き換えられているのです。


間を大切にする日本人


待つ、
信じて待つ
揺らぐ心を清め整え待つ

そして大自然と一体になった時
始めて神と同化し穀霊が出現するのでしょう。




信仰とは自然を敬い人を敬い
すべて作り出した本質に繋がっている事



その畏敬の念が自分の中に湧き上がり
その神聖な気持ちを信じきることに他ならないと感じました。



今日も生かしていただきありがとうございます。



では今日も自分からいい日にします。
どうぞよろしくお願い致します。


感謝


参考記事

星野先達と巡る高千穂聖地ツアー