2017/05/24 | kyokoumarchen





言葉にすることはおこがましくてできなかった。
わかります!!と、共感めいたことを言ってするする仲間に入ろうとする感覚がどうしても許せなかった。
媚びた仲間意識なんて生ぬるいことがゆるせないのは、ひとつひとつ、ものごとを見抜く全てが自分と違うことを実感していたから。
それでも、なにもわかっていないと思われたくないという気持ちも持っていた。どこかで主張はしてみたかった。

自分をつらぬくことは、真実であったと同時に本当に生きづらかった。
いつしか辛いという感情が勝るようになり、わたしは自我を手離した。
作ることも、装うことも辞め、世間の海を本当に上手に渡りながら生きてきたと思う。闘う乙女に出会うたび、まぶしくて胸が苦しかった。

花は枯れても根は腐ることなく、わたしは自分にかえっていく感覚を少しずつ取り戻すような日々。

わたしはそういう、自分の中にしかないノスタルジアに触れると、涙が出る。
空気が語りかけてくる。


作家を始めてからずっと、本当はアトリエショップがやりたかった。
たまに訪れてくれる人と楽しい時間を過ごして作品を見てもらえるような。
別に収入には繋がらなくてもいいから、なんて、夢物語のような優雅な話。
ただ静かにものづくりをしながら、新たに生まれてきてくれたものたちをそっと棚に乗せる、そしてまたわたしは作りはじめる。そんな場所に本当に憧れた。

アクセサリーだろうとぬいぐるみだろうとオブジェだろうとレースだろうと、なんでも良かった。

元を辿れば、自分だけの夢の国を作って、自分の死に場所を作ろうと思っていた。

死ぬことがこわくてたまらない。でも、だれかと一生を寄り添い合える自信もない。
だから好きなものに囲まれ、好きなことだけできる世界をつくってそこで静かにひとりで死のうとずっと思っていた。
第一発見者にとってはいい迷惑だなぁと思いながらも、諦めきれない夢物語のひとつです。

わたしはずっと他人の人生を生きてきた。
そんなかっこ悪いうすっぺらい自分が嫌いでたまらない。
せめて今を生きる自分を好きなるためにポジティブになる努力をしながら、そんな過去があるからわたしは作家になったのだと、奮い立たせてくれた過去の自分は、全て、愛おしい。


花は咲いている。
けど根も腐っていない。
だから泣いてしまうのかな。


自分をゆるすため、私生活、作家活動、色んなことを試みた。
おかげさまで、よく言うところの本当の自分というものがどれだかわからなくなるまでには、色んなことをやった。

気がついた頃には他人へのプライドばかり立派に成長していた。




わたしは基本的に絵画に興味がない。
違和感を楽しむような、ありものを合わせたコラージュの方がよっぽど好きだった。
顔、体、手足、全てが違っている。
あるはずのないものがそこにある。だけど怪しく調和する。
それは、わたしにとっては、流行りの「ダークファンタジー」「ダークメルヘン」なんて言われるものとは到底違う愉快さと爽快さがあった。

わたしを形成したものは、天使と人形とレースのみ。それ以外のものは、ぬいぐるみだろうとお花だろうとアンティークだろうとコラージュだろうと、絵画だろうと、全て後からついてきたもの。

だけど、わたしは涙がとまらなかった。
にこりともしない少女、孤独、弱さ、強さ、その全てがわたしのノスタルジア。
ノスタルジア、ノスタルジック、使い古された言葉だけれど、語源はギリシア語で帰郷と心の痛み。
だけどそれは、背を背けるものではなくわたしそのもの。

それを、痛いとか、黒歴史とか、病むとか、そんな言葉でしか表現できない人が本当にきらい。
病みかわいいなんて言葉は吐気がするけど、きっとそれはもう時代の変化なんだとおもう。SNSが人と繋がることの最短の手段ならば、そんな言葉やジャンルが確立されることを罵ることもできない。仕方ない。

ギリギリ昭和生まれのわたしですらおもう。時代は変わっていく。
時代の流れは、なんとか逆らうことは出来ても、変えることは絶対できない。
必死で趣味の合う人を探し文通していた時代はおわり、SNSやLINEはしていて当然の手段のように扱われ、わたし自身もお世話になったり苦しめられたりしている。

それでも根は腐らない。どんなに誤魔化しても、誤魔化しきれない場面でわたしは涙する。
きっとそれが自分にとって本当のことで、正しさなんてわからないけど、自分の解釈でのみ成立する真実を貫き通すこと、そしてわたしは作家なのだから、全てを通してそれを表現に変えること。
等身大の自分自身と向き合い、いい作品を作り続けていくこと。
誰のため?自分のために。
わたしにとってのいい作品。他人の人生を生きるのはもう終わりにしたい。


そんなことを半日中、ずっと思いながらうさぎ館にいた。

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お祝いの花(自分用)は4ひきのねこで仕入れ、ひとりワインで祝杯。



わかってた、でも夢見た、わかりたくなかったから
そう残し死んでいったあなた。

わたしはちゃんと自分自身と、逃げ続けてきた虚構メルヘンと向き合おうという覚悟ができたかな。

どうがんばっても、わたしの起源はそこにあるから、向き合う他に生きていける術がない。
大袈裟でも、なんでもない。


ここまで、虚構メルヘンを応援してくださっている皆さまには感謝しかありません。

あの頃と変わってしまったね、と、離れていってしまった方々の心を繋ぎ止めることは出来なかったし、必要性も特に感じませんでした。誰も悪くない。

それでも、わたしが虚構メルヘンに執着し続けているわけが、きょうの展示を見にきたことで、わかった気がしました。
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壮大なる前振りみたいになってしまいました。
お会いできて本当にうれしかったです。

知っている方、と、その場でだけの言葉だったとしてもいっていただけたこと、過ごせた時間は財産です。

結局、わたしは自分のことしか守れずに、人のことは二の次三の次で、連絡すら断ってしまいます。
矛盾もあったりするけれど、そんなわたしのことを気にかけていただけることへは、正直に申し訳なさと、でもそれ以上の感謝しかありまけん。


幸せです。ありがとうございました。

わたしのノートの日記にだけに留めておくか迷いましたが、書いておきたい自分の心に従おうと思いました。
わたしは元気すぎるほど元気です!

FANTANIMAも、まだまだつづきます、残りの会期もよろしくお願いいたします