お金持ちさんはシアワセ?

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 クルマの買換えの話をしてたら、「おかねのあるひとはいいねえ」と言われました。
もちろん、わたしは他人様に羨ましがられるようなお金持ちではありません。お金持ちだったら新車を買います。わたしが買ったのは中古車。言ったかたもその場の流れでの思いつきの発言にすぎないでしょう。

 でも、「おかねがある」というのは幸せなことなのかな?ちょっと想像してみました。

間違いないのは、必要なお金が足らないとじっさいに困る、支払いを待ってもらったり、用立てをお願いしたりしなきゃいけない、それでみじめな気分になる、ということ。

 それは避けたい。そうしなくていい程度のお金は必要。

ということは、とりあえずその程度だけあればいい、ということかも知れない。

いやいや、そんなことはない。お金はいくらでもあればあったに越したことはない。欲しいものがなんでも買える、おかねを使うことでいろんな経験ができて、それでじぶんの人生が豊かになる。世のためヒトのため、そのお金を生かすことだってできる、将来に対する安心感だってあるじゃないか。

・・・・なるほど、そうかあ・・・

ちょっと待って。「欲しいものがなんでも買える」ってのはシアワセなんだろうか?

ふつうのひとだったら、そうはいかない。クルマも欲しい、旅行もしたい、家も買いたい・・・一挙に全部はムリ。じゃ、優先順位をつけよう。どれにしよう?旅行なら、どこに行けばいちばん楽しいだろう?クルマにするなら、どういう基準で選ぼうか?・・・そんなことをあれこれ思い悩むのって、けっこう楽しいものです。
もちろん、お金持ちさんも同じことは考えるでしょうが、お金持ちさんは、「じゃ、とりあえず、ハワイ旅行でもするか」。いっぽう、貧乏人さん(失礼)だったら、「ハワイ旅行したらクルマ買うお金も家買うお金もなくなる。とうぶんおあずけ。じゃ、そのぶんまでハワイ旅行で十分愉しまなくちゃ」
きっと、おなじハワイ旅行でも、お金持ちさんと貧乏人さんでは、意気込みが違います。きっと、貧乏人さんのほうが、しっかり準備して充実した旅を送るような気がします。

「おかねを使うことでいろんな経験ができて、それでじぶんの人生が豊かになる。」・・これもどうでしょう?お金持ちさんは、趣味でもスポーツでも、やろうと思えばなんでも出来る。やらなくてもいい。そのぶん、ひとつひとつの行いへの「思い入れ」は薄い。「べつにそれやらなくったって、なんにも困らないんだけど、ほかにやることもないからとりあえずそれやってみるか」みたいなかんじじゃないでしょうか。これでは、じぶんの人生はとてもじゃないが「豊か」にはなりません。
貧乏人さんなら、スポーツでも趣味でも、まず、それが出来るのがありがたい。だから必死にやろうとする。きっと、いい成果をあげて喜びを得られる可能性もおおきいのではないでしょうか?

「世のためヒトのため、そのお金を生かすことだってできる」・・これはすばらしいことですね。でもそれは、貧乏人さんでも、じぶんに出来る範囲でやることは可能です。

「将来への安心感」・・・これもじつは怪しい。将来の安心のためには、じぶんの財産を守って維持していかなきゃならない。でも、財産を維持するだけでもじつはいろいろと難しい問題があるようです。不動産だったら、税金もとられる、管理費用もばかにならない。金融資産にしても、目減りのリスク、預けた金融機関の倒産リスクもある。
それに、お金持ちのまま死ぬと、子供たちが相続でもめる、ということだってないとはいえない。
お金持ちの年寄りは、周りの人間にヘンな事件(○●詐欺とか)の誘因になることもないとはいえない。

それに、ほんとうにひとをシアワセにしてくれるもの、「家族の愛」とか、「何か価値あるものを生み出す喜び」とかはおかねでは買えません。

・・・・ううむ、いろいろ考えると、お金持ちだからって即シアワセってものでもないかもしれないな。
ほんとうはどうなのか、いっぺん大金持ちになって、確かめてみたい音譜