【JJC通信】哀しみの保健室 vol.3 私達を支える8つの繋がり<友人> | 充実人生クラブ・レポート

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皆さん、こんにちは。 
『悲しみの保健室』の前川美幸です。 

「人生における様々な喪失悲嘆について、どう関わり支えていくか?」

というテーマに沿ってお届けしていくシリーズの今日は3回目となります。 
グリーフとは「喪失悲嘆とその反応」を指します。 
グリーフケアと聞くと、「死別による喪失悲嘆」をイメージする方が多いと思います。 
しかし本来は、死別以外のあらゆる喪失による悲嘆も、グリーフには含まれます。 
そして、死別によって引き起こる喪失悲嘆においては、

私たちが想像する以上に様々な「断絶」が、

これまで私たちを支えてきた繋がりとの間に、生じてしまうものでもあります。 

では具体的にどのようなものとの断絶が、

どのように起きるのか?ということについて、

これからくわしく解説していきたいと思います。 
まず、どのようなものとの間に、

死別による喪失悲嘆による断絶が引き起こるか?と言いますと、

それには大きく分けて8つあります。 
それは、 
「社会」「友人」「家族」「過去」 
「自然」「思想」「故人」「未来」 
の8つです。 

前回は「社会」についてとりあげました。 
今回は「友人」についての内容となります。



お子さんを事故で失ったご夫婦を例に、

死別による喪失悲嘆による社会的な断絶は、

その人それぞれに長期的に起こりがちです。 
どのようなコミュニティの中で、

どのような人間関係に支えられ、その方がここまで生きてこられたか?により、

その断絶感は大きく変わってきます。 
子供を縁としてつながっていた友人達、俗に「ママ友」と呼ばれる交流関係は特に、

子どもとの死別によって断絶しやすいものです。 

「年齢が同じまたは近い子がある」が大前提で

、そもそもつながった関係性でもありますので、

その繋ぎ目となっていた子供の存在がなくなることで、

その関係を継続する意味を失しやすいと言えます。  
自分自身の何よりも愛すべき存在だった我が子が、

もうこの世からいなくなってしまったというのに、

その子と同じ年頃の子どもの姿を見るのは辛いものです。 
他の子達の前には広がる未来、なりたかった職業、

かなえたかった夢、その全てを我が子だけが奪われた。 
自分たち親子だけに起きた世の不条理を嘆き悲しみ悶絶し、

それら苦悩で胸が引き裂かれんばかりの心地でしょう。 

我が子との死に別れを体験した当事者は、

このように子どもを縁に知り合った友人のみならず、

子供を持つ前からの親しかった友達ですら、

我が子の死別により関係が断絶することがあります。 
長年来の親友、旧知の間柄であるからこそ、

他の人にはとても言い難い赤裸々な意見を、

つい「相手のため」と思い、押しつけがちです。 

「そんなに泣いてばかりいたら、あの子がかわいそう」 
「子供はあの子だけじゃないのだし、もっとしっかりして」 
「いつまでもクヨクヨする姿を見たら、きっと悲しむよ」 

なんとか本人を励ますつもりでいった言葉が、

本人にとっては矢の如く突き刺さり、

生涯かけて、ずっと苦しみ続けることにもなりかねません。 
では、子供のいる立場の人だから傷つくのであって、

子供のない立場の人だったら傷つかないか?というと、

それもまた一概には言えないものです。 


子供が生き甲斐だった人生を失ってしまったけれど、

子供を生き甲斐になる前はどうだったのだろうか? 
独身の頃は一生懸命に仕事をしてきたのだから、

せめて仕事だけでもしっかりとこなして充実させたい。 
そう願って必死に働こうとしてみてもふと、

「こんなに懸命に働いて、お金を稼いで何になる?」と思うとどうにも虚しくなり、

仕事に出るのも辛く、退職を余儀なくされるケースも少なくありません。 
やはり自分にとって、とても大切なもの、

かけがえのないものを得る前と得た後とでは、

その価値観や信念は大きく変わっています。 

そして、自身にとっての大切な、かけがえのない、

愛する存在と死別してしまう前と後もまた、

以前の自分とはまったく変わってしまいます。 
それは子供との死別のみならず、

大切な人を死別で失った当事者ならば、

誰もが痛切に思い知る大きな心境の変化です。 
失った対象が長年連れ添った夫である場合は、

夫が健在である他の友人との付き合いが辛く、

どうして自分の夫だけが早く死んだのか?と、

その身に起きた不幸を煩悶せずにはいられません。 

また夫婦仲睦まじく同じ趣味を楽しんでいた場合も、

その共通の友人に会うことが負担に感じる人もあります。 
友達と会うたび、その趣味に親しもうとする度に、

今は亡き伴侶と楽しく過ごした過去の日々が思い出され、

気持ちが揺れすぎてしまっていたたまれない人もあります。 

「立場の近い友人達が変わらず幸せそうであるのに対し、

伴侶を失ったことで生活も人生も激変してしまった自分が、

どうにも不憫に思えて仕方なくなる。 
そしてそのように他人を羨んでしまい自分を不幸だと嘆く、

そんな自分を見るのが本当に辛くて情けない。」 
そのように仰った方もありました。 

生きる支えや生き甲斐の大部分であった対象を、

死別によって失うと自身の存在意義がゆらぎます。 
さらには自信や自尊心を損ない、

自責の念や自己嫌悪に陥りやすくなります。 
相手が悪気なく発したつもりの言葉であっても、深く傷ついてしまい、

いつまでも忘れることができず、

既存の人間関係においても新たな関係性においても、

誰とも心がつながり難くなってしまう。 
せめて同じ痛みを共有した人となら、

もっと悩みを打ち明けることができて、

心癒されるかも知れない。  
そう思って分かち合いの場に足を運んでみたものの、

<当事者としての先輩>から思いがけない一言を受け、

二度とその場に足を運べなくなるという例もあります。 
グリーフケアに従事する立場としましては、

1)具体的にどのような言葉が当事者の気持ちを傷つけ、

   喪失悲嘆をより深めてしまうことになるのか? 
2)何がキッカケとなってコミュニティや他者との関わりから、

   当事者自身を遠ざけ 孤独に追い詰めてしまうのか?について、

   より多くの人と共有できるよう働きかけていきたいものです。 

それにつきましてはまた別の機会に詳しくとりあげます。 

前川 美幸(まえかわ みゆき) 
  
一般社団法人日本グリーフ専門士協会・理事 
https://grief-japan.net/
  

グリーフケアの基本が学べる入門講座 
http://grief-online.com/webinar_kokuchi/
(webにて無料開催)