充実人生クラブ・レポート

充実人生クラブ・レポート

充実人生クラブの活動報告など最新情報をお伝えしています!

JJCワイン愛好家の皆さまへ
こんにちは。JJCワインコーディネーターの野田隆史です。

2017年に造っておりましたワインですが、いよいよ東京港へ到着し、

クリスマス前には皆さまへお届けすることができそうです。
2017年のサンジョベーゼ種は2017年秋に収穫され、その後発酵、

熟成を経て、2019年夏前に瓶詰めされております。
ワインを造ると決めてから2年以上経過しており、

「確かお金は支払ったのにワインが来ないけど、どうしたんだろう?」

と思われている方も多いかもしれませんが

(人によってはワイン造りに参加をしたことを忘れてしまっていたかもしれませんが!?)
いよいよです!

ワインはサンジョベーゼ種がメインですが、

一部カベルネ・ソーヴィニョン種等をブレンドすることによって、

香りの豊かさだけではなく、ワインに骨格・複雑さを与えており、

とても飲みごたえのあるワインに仕上がっております。



本音を言いますと、

あと2-3年熟成させると更に良くなるワインではないかとも思っておりますが、

今飲んでもとても美味しい仕上がりですので、楽しみにお待ち頂けると幸いです。

さて事務的な連絡ですが、申込時の住所へ送付させて頂く予定ですが、

もし住所に変更があるようでしたら、12/5(木)までに

wine-moushikomi@jyujitsujinseiclub.org

まで連絡を頂けると大変助かります。
どうぞよろしくお願いいたします。

もう一つ、皆さまへ改めてお知らせいたします。

JJCの新しい部活動として 愛酵会が誕生しました。
http://jyujitsujinseiclub.org/katsudou/aikokai.html



ワイン界のレポレッロ?こと「さき」さんが肝煎のワインをはじめとする美酒探訪の会です。
この度、さきさんが大へんお忙しい中、

顔合わせを兼ねたワイン忘年会を企画してくれました。
http://jyujitsujinseiclub.org/event/2019.html#aikokai20191221

紅茶倶楽部との共催です。
http://jyujitsujinseiclub.org/katsudou/tea.html

ワイン愛好家、紅茶愛好家の皆様、ぜひふるってご参加ください!
お申込みは、aikoukai@jyujitsujinseiclub.org まで!!

JJCワインコーディネーター
野田隆史
http://jyujitsujinseiclub.org/katsudou/wine.html

皆さん、こんにちは。
『哀しみの保健室』の前川美幸です。
「人生における様々な喪失悲嘆について、どう関わり支えていくか?」

というテーマに沿ってこれまで連載してきました。
私たちは生きていく中で様々な喪失を体験します。
なかでも大切な人との死別は、

とても辛くその哀しみから自分らしく生きる術をとりもどすまでには、

多くの時間と力が必要とされます。
死別によって引き起こる喪失の悲嘆は、私たちが想像する以上に様々な「断絶」が伴います。
どのようなものとの関わりが絶たれ、

それによりさらに絶望感や孤独感が強まるのか?について、

「社会」「友人」「家族」「過去」「自然」「思想」「故人」「未来」の8つをあげました。



今回はその中の「故人」についてお話しします。
大切な人が亡くなれば、当然、その人自身との断絶感は深く強い心の痛みとなります。
また失った存在が「人」以外の、

長年連れ添ってきた動物である場合であっても強く深い断絶感を味わい苦悩します。
そしてそれら大切な存在との喪失悲嘆は

その対象が死去される前からすでに始まっていることも多いです。
長く続いた闘病の末に亡くなられた場合は、

病状が刻々と変化する中で「もう二度と会えなくなるのかも知れない」

とやがて迎える死別を予感します。
不安や恐れ、焦り、焦燥、孤独、怒り、絶望等、

表現しがたい様々な想いが胸を去来し心穏やかにはとてもいられないことがほとんどでしょう。
どのような形でもいい、とにかく生きて!生きてさえいてくれたなら何も要らない。
ただただ存命してくれるよう切望しながらも常に心のどこかで「もう助からないのでは?」
という不安に苛まれる。
そんな日々を重ねる中時に「こんなに苦しいならもういっそ早く終わって欲しい」

と願う日があっても決して不思議ではありません。
大切な人との死別を目前に、

本人にも他人にも言えない様々な葛藤が胸中をかけめぐり少しも落ち着くことがない。
そしていよいよ本当に大切な人がこの世からは去ってしまったのちには、

「どうしてあの時あんな風に思ってしまったのだろう」

「あんなことを私が思ったから死んでしまったのでは?」等、

強い後悔や自責の念に長く苦悩される方も少なくありません。
故人との断絶感が初めて痛烈に突き刺さる瞬間は人によって様々です。

火葬場で見送る時、遺骨を抱きしめる瞬間、納骨する際、

または墓前、あるいは遺影に向かう時。

その瞬間瞬間に突然【もうすでにこの世にない】現実が思い知らされ、

身が引き裂かれる心地がします。 
死別による離別から、かなり時間が経過してもなお、

ふとした折に本人が側にいるような感じがする人もあります。
そんな際にはつい反射的に名前を呼んだり、姿を探したりします。
そのような反応が繰り返し日常的に起こりつつも、

その度に【あの人はもうこの世にはいない】現実を思い知らされ、

はかりしれない寂寥感に打ちひしがれることでしょう。
故人との断絶感は、死別離別においてもっとも辛い局面とも言えます。
そして人生における大切な繋がりがそれぞれに徐々に回復されるにつれ、

どうにも受けいれがたい喪失悲嘆もだんだんと時と共に緩和していくことも多いです。


季節の移り変わりが何度か巡り、

初めてその人がいないシーズンを迎えてからこれで何回目かの季節を重ねる中で、

いずれ肉体レベルの結びつきとはちがう次元での、

故人との結びつきを取り戻していかれる方も少なくありません。
それらの人生ストーリーの詳細をこの場で紹介することは紙面の都合もあり難しいですが、

「一度は完全に途絶えた心のつながりをやっと取り戻すことができました」

と笑顔で語られる姿にこれまで幾度も出会ってきました。
グリーフケアの現場で起こり得るそのような物語を

グリーフ専門士としてできるだけ語り継いでいきたいです。



前川 美幸(まえかわ みゆき)

一般社団法人日本グリーフ専門士協会・理事
https://grief-japan.net/

グリーフケアの基本が学べる入門講座
(webにて無料開催)
http://grief-online.com/webinar_kokuchi/

充実人生クラブゴルフ部主催ゴルフコンペが11月12日、

山梨県上野原市の秋山カントリークラブで開催されました。
ここは東京近郊の山岳コースで距離は短いがフェアウェイが狭く、

正確なショットが求められる難しいと言われているコースです。
コンペに参加された15名の皆さんは殆ど伊藤誠理事の野球やテニスの繋がりのある方々で、

中にはJJCコンサートの常連さんも参加してくれました。

当日は雲一つない秋晴れでJJCの初めてのコンペを祝福してくれました。
コンペは主催者の挨拶、コンペルール説明、その後準備体操で体をほぐしてスタートしましたが、

案の定、スタートホールはフェアウェイをキープしたプレイヤーは少なく、

しかも、前夜の雨で、芝は水を含んで重く、先々、苦戦が予想されました。
また、この日はグリーンが予想よりも早く、難しさに輪をかけました。
後半はラフ、フェアウェイともに乾いてコースのコンディションが良くなり皆さん、

好天の中、プレーを楽しみました。

このコンペには30代の若人が3名参加し、優勝、2位、4位と好成績を収めました。
また、女性も3名参加してくれ、正に老若男女が入り混じっての理想的な人員構成のコンペでした。
プレー終了後、パーティーを開催、

そこで新ペリア方式で行ったコンペの成績発表と表彰式を行いました。



入賞者への賞金の他にJJCからの参加賞、また、ゴルフ場からの新米のお土産、

さらに、毎回、JJCコンサートに参加してくれ、

今回の参加者の最年長者でもある湯本さんからJJCゴルフ部の第1回コンペのお祝いとして

大きな缶入りチョコレートの差し入れがあり、景品として使わせて頂きました。



コンペで初顔合わせの人が多数でしたが、ゴルフ同好の士の集まりなので、

パーティーがお開きになる頃は会場は和気あいあいの雰囲気に包まれ、

次回の再会を誓い合いました。
帰路は陽が落ちて山道は真っ暗となりましたが満月が美しく映え、

日夜ともJJCゴルフ部の門出を祝ってくれました。

初めてのコンペで主催者として細かなところで多々至らない点もあったと思いますが、

参加された皆さんのご協力で無事に終わり心より感謝申し上げます。

ゴルフ部
福井達郎
http://jyujitsujinseiclub.org/katsudou/golf.html

前任の野川さんから、このたび紅茶倶楽部を引き継ぐことになりました、紅茶アンバサダーの源直美です。 
どうぞ宜しくお願いいたします。 

紅茶倶楽部のお話をいただいた時に、「人生を部活動のように楽しむ」という充実人生クラブのコンセプトを聞いて、その発想の面白さに驚きました。 
人生を長く経験してくると、ついつい物事の優先度とか、時間の有効活用とか、コストパフォーマンスのような目先のゴールばかり気にすることが多くなりがちです。 
が、この「人生の部活動」というコンセプトを聞いた途端、私は忘れていた大事なものを思い出せた気がして、温かい気持ちになりました。 
紅茶倶楽部では、学生時代に経験した部活の純粋な楽しさを、今度は大人の感性で、皆さまとご一緒に紅茶の世界で楽しみたいと考えています。 




紅茶倶楽部活動の第一弾として、12月11 日(水)の 
第8回充実人生コンサート 
「歌いましょう 聴きましょう懐かしいクリスマスソング」 
http://jyujitsujinseiclub.org/event.html#concert20191211
の休憩時間に紅茶(8月にインドのダージリンで収穫されたセカンドフラッシュ)を楽しんでいただく予定です。 
お時間あればぜひお越しください。 

また第二弾として、12月21日(土)に、新たに発足した「愛酵会」肝煎の
愛酵会・紅茶倶楽部共催 顔合わせ忘年会 
http://jyujitsujinseiclub.org/event.html#aikokai20191221
において、ワインとともに紅茶も楽しんでいただく予定です。 

それでは皆様とお会いできるのを心より楽しみにしております! 

紅茶倶楽部 
源直美 
http://jyujitsujinseiclub.org/katsudou/tea.html

新たに発足した愛酵会
(ワイン・日本酒などを楽しむ部活動)
の顔合わせ兼忘年会を、紅茶倶楽部と合同で
開催することになりました。


日時:12月21日(土) 1800~
場所:渋谷 ニュージープラットフォームNewzea Platform
   渋谷区神山町42-3 3F-4F 050-5571-7723  定員16人

https://tabelog.com/tokyo/A1318/A131810/13131244/



愛酵会肝煎の「さき」です。

せっかく新しい部活動を立ち上げながら何もせずに年を越すのも野暮なので、

皆様気忙しい時節とは存じますが、年内に一度集りたいと考えました。
幸い、紅茶倶楽部も乗ってくださり、二つの部の合同忘年会となります。
ワイン愛好家の方、紅茶愛飲家の方、奮ってご参加ください。
開催場所は、「奥渋」と呼ばれる、渋谷と代々木八幡のほぼ中間。
ニュージーランドをはじめとしたオセアニア料理の店で、オイスター、

サーモン、ラム、牛などの料理が多彩にあります。

そして勿論、ニュージーランド・ワインの品揃えが素晴らしい!

白はソーヴィニョン・ブラン、シャルドネ、ピノ・グリ、リースリング、シュナン・ブラン、

ヴィオニエ、赤はピノ・ノワール、メルロー、シラー、マルベック…

野田さんの解説が聞けないのが恨めしいようなワインリストです。
とりあえず10人で席を予約してありますが、16人まで入れます。

12/13には確定人数を店に伝えたいと思いますので、参加して頂ける方はそれまでに
aikoukai@jyujitsujinseiclub.org
までご連絡ください。

料理は今のところ当日アラカルトで注文するつもりで、特に頼んではいません。

ただし、人数が固まれば、前菜になりそうなものだけでも予約しようかと思います。

ワインの持ち込みも可能ですが、1本当たり2000円の持ち込み料がかかります。

店のワインだけでも味わい切れないほどですが、「この料理ならこのワインがお勧め!」

というものがありましたら、お持ち頂くことは可能です。
店に行くには、渋谷駅から東急本店に向かい、

建物を左手に見送ってそのまま代々木八幡方向に進みます。
東急本店から6~7分で、斜め左に上り坂の坂道が2本分岐します。
その二つの坂道に挟まれた薄っぺらい建物の中にあります。
小田急・代々木八幡駅からは、富ヶ谷一丁目の信号を渡って直進2~3分で着きます。

皆様、ご参加のご連絡をお待ちしています!

万一定員オーバーになりましたら、年明けに改めて二度目を開催しましょう。

愛酵会 さき
http://jyujitsujinseiclub.org/katsudou/aikokai.html

出会いと食のプロデュースの開発です。
今回は兄弟についてお話してみたいと思います。

私には弟が1名います。
他に兄弟がいないので比較ができませんが、
仲は良くも悪くなく、「ふつう」でしょうか。

それでも小学生までは二段ベッドの上下でどちらかが寝るまで喋り
(大体私が先に寝てしまい、「返事がすぐ来なくなる」とよく苦情を言われました)、
中学生でもTVゲームを一緒にする、同じ漫画を読むなど、
当然ながら一番長く子供時代を過ごした相手です。
しかし大人になり別々に暮らすようになると、
嫌というほど顔を突き合わせていたのに交流が薄くなります。
それぞれの生活があるので、近県に住んでいるのにも関わらず、
一時は年に2回ほど盆と暮れにしか会わない年もありました。

ある時から、盆暮れ以外のタイミングで呼び出して食事をするようになりました。
弟は1人暮らしなので、栄養のバランスが悪い食生活を送っているのではないかと気になったのです
(ある意味当たっていましたが・・・)。
友人などに、このことを言うと
「えー、何話すの?話すことないよ」
など返事が来ることもあるので、
兄弟との場の持ち方が難しい(面倒くさい?)と思われる方もいるのかもしれません。
私もこれと言って特別話したいことがあるわけではないのですが、
くだらない話を含め兄弟にしか通じない話が結構ありますし、教育的指導?
(テーブルマナーを知らない弟は、肉用のフォークでオードブルを食べたことがあり、仰天しました)
も一部必要な感じです。
また、全く異なる業界にいるため、弟の仕事の話を聞くのも参考になります。
正直なところ、気遣い不要でお酒も強い弟は、一番長く一緒に飲める相手かもしれません。


場の作り方で唯一気を付けているのは、
「弟の行ったことのない、美味しい・良い店を選ぶこと」です。
これは私がワインリストを片手に蘊蓄を語りたいからという訳では決してなく
(弟が質問をするので、結局蘊蓄を垂れているのですが)、
良いサービスを受ける経験を積んでほしいからなのです。
年上の兄弟の前であれば、恥をかいても大したことではありませんが、
彼女や会社関係者の前では、なるべく恥はかかないで済むに越したことはありませんよね。
弟自身は呑気なもので、「美味かった」くらいしか今のところ感じていないみたいですが、
いつか役に立ってくれれば嬉しいです。


つかず離れずで、兄弟との場づくりを続けていきたいと思います。

出会いと食のプロデューサー
開発香織

『哀しみの保健室』グリーフケアCafeとりでを開催しております、前川美幸です。 
台風19号の被害により多くの方が今なお、もと通りの生活の再建への目処が立たない中、

懸命に復旧作業に取り組んでおられます。 
尊い命が犠牲になられたと耳にする度、ご冥福を念じ、遺された方々が少しでも、

心穏やかに故人を偲ぶ機会を持てるよう、切に念じ申し上げるばかりです。 
JJC通信連載7回目となる今回は、人生を支える大切な繋がりとして「思想」をとりあげます。


大切な存在との死別により、様々な断絶感が引き起こりますと、

それらの信条や理念が崩れ去り、何も信じられない心境に陥ります。 


個人にとっての信条や理念と、深いレベルで密接に繋がっているのが、自分自身に対する認識です。 
自己像やセルフイメージとも言われるものですね。 
これまで確信してきた信条や信念、理念が崩壊してしまうと、自分の存在意義も揺らいでしまいます。 
人は自分が思っている以上に、これまで信じてきた人生観や価値観により、

自己信頼の基盤を支えられているものです。 

様々な人生経験によって培ってきた、信念や信条との間に築き上げてきた絆が、

断絶されてしまうと、深く傷つきます。 
例えばこれまでは神仏に対する感謝を、日々口にしていた人が大切な人を失い、

突然信仰に疑念を抱くことがあります。  
「あんなに良い人だったあの人が、なぜ死なねばならなかったのか!?」と、

そのような運命を与えたと感じる神仏に、怒りや憎しみ、失望や絶望を感じてしまい、

どうにも信じ難くなってしまうのでしょう。 
遺された立場からは、大切な故人が、永遠の別れを意味する「死」という、

最大の不幸を背負わされたとしか思えない。 
そのような試練または運命をもたらした、相手があるならば呪いたい衝動に駆られ、

宗教全般に不信を抱くことになります。 
とくに亡くなった当人自身が何らかの、熱心な信者であった場合はなおさらです。 

「思想」は信仰に限らず、健康志向や哲学的思想、先達の考え等、

その人自身が大切だと感じてきた、<自分よりも大きな考え>も含みます。 
それらは「死別喪失による断絶」により過去の信頼が大きく覆ることがあります。 
それらが本人にとってのより大きな、精神的支柱であった場合にはとくに、

断絶感からの孤独が重症化します。 
そのように「もう何も信じたくない」「繋がりたくない」と失望した方が、

また再び何かを信じるようになるには、長い年月がかかることも珍しくありません。 
故人と共に過ごしてきた軌跡を、その人なりに辿ることによって、

故人が大切にしてきた「思想」と、再びつながる「結合感」をこの身に感じることもあります。 
グリーフカウンセリングや、グリーフワークに取り組むことがこうした「思想」との断絶感を癒し、

自分の人生を取り戻すのに役立った、そのようにおっしゃる方もあります。 

ひとりでも多くの方が、哀しみを分かち合う場に出会うことで、

長く深く続く喪失の悲嘆に沈みながらも、自分らしく生きる道標を見いだしてほしい。 
そのためにできることを私も自分なりに、精一杯考えていきたいと強く感じています。 

前川 美幸(まえかわ みゆき) 

一般社団法人日本グリーフ専門士協会・理事 
https://grief-japan.net

グリーフケアの基本が学べる入門講座 
http://grief-online.com/webinar_kokuchi/
(webにて無料開催) 
 

JJCパートナーの山根ちづえです。


長年一つの業界にどっぷりつかって過ごしてくると、

他の業界の方々とは異なる習慣を知らず知らずのうちに持ってしまうことがあります。
私は金融人として30年仕事をしていますが、

日常のコミュニケーションは同じ業界の方々とばかりになりがちです。
この中にいる限り説明もなく通じてしまう業界用語は少なくありません。

例えば、今回のトピックに上げさせていただいた「バクチと運用」という題、

おそらく金融人であれば聞いただけで何を話そうとしているのか即座にわかるでしょうし、

普段から「バクチじゃあるまいし・・」なんて言葉を使ってしまうのですが、

初めて聞いた方には何をいっているのか伝わっていたのか甚だ疑問です。
これに限らず、金融界では当たり前でも一般の方々には

なじみのない事だということは少なくないのかもしれません。

しかしながら、国が一般の方々に将来のための貯蓄を自助努力で行うよう促しているご時世です。
誰もが金融のリテラシーの向上を求められています。
また、手練手管で金融詐欺行為を繰り返す集団の存在も無視できません。
こうした気づきの中から、今回は「バクチとそうでないもの=運用」

の意味を私なりに説明してみたいと思いトピックとさせていただきました。

以下、ご笑覧いただければ幸いです。

バクチとは、いわゆる博打です。

私が子供の頃には時代劇でよく見かけましたあの「半か丁か?」

とサイコロを振るシーンです。
博打場には常に怖―い顔をした胴元が居て遊びに来た人が

不正を行って独り勝ちしていないか監視しています。
あのイメージ金融の世界にもぴったりくるものがあります。
FX取引などはこれに近い印象があります。

投機家たちがネット上にわさわさ集まってきて、

胴元のルールにのっとってかけ事をしていくわけです。

私が、某大手証券会社に入社して間も無くの頃尊敬する上司に

為替について質問した時に言われた言葉、30年経っても覚えています。

「為替市場は、世界中の人が参加する博打場だから戦って勝てると思うなよ」です。

そう、為替市場で儲けるということはかなり博打に近い印象があります。
しかしながら、これに丁か半かと賭けて濡れ手に粟的な利益を得るときもあります。
これはたいていの場合、ビギナーズラックであったり、その後、

浪費するかまた参戦して失うかで残った試しがありません。

一方で、運用とは、私の監修するWikipediaがあったならばこんな表現になります。

「余剰資金を現金のまま保有するのではなく、

金融商品や不動産に替えて利息や換金時の値上がり益を期待しながら長期的に保有すること。」

少し過去を振り返ってみると、戦後の国民生活が等しく貧しい時代には、

余剰資金を自ら運用する必要があったのは、

国中探しても一握りの大地主さんかなにかでしょう。

一般市民は、銀行に余剰資金を預けて利息をもらうということで、

間接的に運用する事が昭和の時代には当たり前でした。
銀行はそうやって集めた資金を元手に不動産や事業貸付をして

運用して分け前を私たち市民に分配していたわけです。
これが、平成の時代には一変してしまいました。
銀行に預けても運用して利息を返してくれない時代が来たのです。
そこで一般の市民も余剰資金を自ら運用する必要が出てきたわけですが、

銀行と同じように運用しようにもまとまった資金がなくてはなかなか効率よくできません。

そこでこのニーズに応えて開発されたのが投資信託に始まる個人投資家向けの金融商品です。
これならば、一口1万円から投資できるし、換金する時も簡単にできる。
とても素晴らしい発想だったのですが、時はバブル時代、生まれ育った環境が悪く、

発明者の意図とは異なる形で成長していったことは、否めない事実です。
しかしながら、その後も銀行に預けても利息をくれない時代は続き、

投資信託の市場はどんどん拡大していきました。

 



私は、社会に出てから投資信託の販売、組成、運用と

制作部のすべてのパートに関わってきましたが、

いまだに仕事があるのですから素晴らしい発明だったのですね。
昔、私の恩師は、毎月の生活費の3倍の現金は必要ですが、

それ以上は余剰資金として運用すべきと説いておられました。

3倍の根拠はなにかわかりませんが、

収入がなくなっても3カ月あればなんらかの手が打てるということなのだと思います。
そして、自分の人生を豊かにしてくれると確信するモノや事業が見つかったら、

惜しみなく余剰資金を取り崩して使うということです。

運用は始めるときは大きな目と耳を使って慎重に選ぶ必要がありますが、

始めたならば薄目ぐらいで眺めながら育てていけばよいというのが私の持論です。
これは子育てや結婚にも近い概念です。
隣の子よりも速く走れたり、お勉強ができたりすれば嬉しいですが、

小学校ではよくでも中学でどうなるかわかりません。
一喜一憂せずに自分の子を信じてあげましょう。

言うは易し行うは難しですよね。

私は、自分の目と耳でしっかり考え調べて始めた運用ならば、

途中経過がどうであれ簡単にあきらめないことは大事なのではないかと思っています。
私事、仕事で海外のプライベートバンクと付き合いがありますが、

彼らは投資はやめないことが、最大の防御と言っています。
お金のサイズによって少々やり方は変わってくるかと思いますが、

基本的には余剰資金をいくらと決めたら運用し続けることが大事なのだと思います。

ようやく最初に戻って「バクチと運用」何が違うのか、

もちろんここまでお付き合いいただいた皆様はご理解いただけたと思いますが、

上がるか下がるか賭けるのが博打、運用は違う概念です。
資産を運用したいと言いながら「この商品は儲かるか?」

と聞かれるとなんとも回答に困るというのが私の証券営業時代の思い出です。

少々長くなりましたのでこの続きは次回にいたしましょう。

引き続きよろしくお願いいたします。


山根 ちづえ
じぶん年金コンシェルジュ
http://www.jyujitsujinseiclub.org/member/yamane.html

「今日は、十五夜ですよ。芋名月とも言いますからね。」



と、御年91歳の物知りおじぃちゃんが里芋をきれいに洗って秋の恵みを届けてくれました。

里芋、れんこん、牛蒡、人参、椎茸、舞茸、に

おとん(ご当地ブランド豚)を入れて煮込むことにします。

めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
雲隠れにし 夜半の月かな          紫式部


残念ながら「月は何処に」でした。
秋は、ナスの漬物が大活躍します。
なにしろ、「嫁にくわすな」のナスですから?



あなたなら、

1)美味しいのを惜しむ意地悪から?
2)体を冷やすと大変とお嫁さんを守るやさしさから?
  さあ、どちらでしょうか?


ナスの漬物の漬け方

秋茄子(皮の柔らかいもの)・・1㎏
塩・・・・・・・・・・・・・・50g
焼ミョウバン・・・・・・・・・ 4g
水・・・・・・・・・・・・・・600~800㏄
重石・・・・・・・・・・・・・4㎏位
 約5~6時間で美味しい茄子の漬物が出来上がります。
 

次は、10月11日の「十三夜」を楽しみにお・も・て・な・しをしたいと思います。


「十三夜」は日本で生まれた風習と言われていて、栗や豆の収穫を祝うとされ、

「栗名月」「豆名月」とも言うそうです。

令和元年 長月             
<茶 遊 庵>
案内人 山﨑小夜

http://jyujitsujinseiclub.org/katsudou/cha.html

こんにちは! 伊藤誠です。 
肉体的・精神的・経済的に人生を不安なく生き抜くことはそう簡単ではない時代になった・・・ 
ファイナンシャルプランナー業を20年。 
数千人のご相談・お話を聞いて自分はそう感じています。 
その最大の理由は良くも悪くも長寿だと考えます。 
そこで、今回から3回にわたり時代の変化によるお金の考え方「昔の常識、

今の非常識」をテーマにお届けします。


______________________________ 
時代の変化によるお金の考え方 
昔の常識、今の非常識 ① 
「寿命と余命」 

_________________________ 
みなさんは「平均余命」という言葉をご存知ですか。 
「平均寿命」というのは良くお聞きになると思いますが、

平均寿命の定義は0歳児が何歳まで生きるかという年齢です。
これに対し「平均余命」は今〇〇歳の人が後何年生きるかという年齢です。 
厚生労働省のホームページをご覧ください。 
https://www.mhlw.go.jp/ ;

70歳まで生き抜いた女性は、今や二人に一人が90歳を超えるのです。 
この現実を50年前に誰が予想できたでしょうか。 
下記、厚労省が発表したデータを見れば予想がつかなくても仕方がないことが良くわかります。 

◆日本人の寿命(時代・年代別)

1950年 男 58.00歳 女61.50歳(初めて60歳を超える)
1952年 男 61.90歳 女65.50歳(初めて65歳を超える)
1960年 男 65.32歳 女70.19歳(初めて70歳を超える)
1971年 男 70.17歳 女75.58歳(初めて75歳を超える) 
1984年 男 74.54歳 女80.18歳(初めて80歳を超える) 
2004年 男 78.64歳 女85.59歳(初めて85歳を超える) 

日本の1950年、60歳前後で亡くなったおばあちゃん達が、

たった50~60年の間に30歳も長生きになったのです。 
私は1962年生まれですが、子供の頃60歳を超えた女性を見ると、

十分おばあちゃんだった記憶が鮮明にあります。 

もう一つ下記をご覧ください。 

◆日本人の寿命(時代・年代別) 

弥生時代 (紀元前4世紀頃 ~ 250年頃) :男30.00歳 女29.20歳
室町時代 (頭骸骨検査で) :男33.10歳 女32.80
18世紀:男女とも30代半ば 
1947年(昭和22年):男50.06歳 女43.20歳
1950年(昭和25年):男58.00歳 女61.50歳(初めて60歳を超える) 

過去30歳の寿命が60歳を超えるまでに2000年以上費やしているのです。 
それに対し60歳の寿命から90歳を超えるまでたった50~60年しか費やしていません。 
この短期間で人間が肉体的・精神的・経済的に対応できる人が少

ないのはある意味当然だと思います。 
日本国政府でさえ最近まで人口が増えることを前提に、

家族は夫婦と子供2人を前提に試算・政策を立てていたではないですか。 

「昔の常識、今の非常識」があるのです。 

しかし、仕方がない・出来ないでは済まされません。 
人間はこれに対応しなければなりません。 
どうやって人生を幸福に生き抜くかを考えるべきだと私は考えます。 

伊藤 誠 http://jyujitsujinseiclub.org/index.html
充実人生実現パートナー