充実人生クラブ・レポート

充実人生クラブ・レポート

充実人生クラブの活動報告など最新情報をお伝えしています!


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皆さん、こんにちは。
日本グリーフ専門士協会の前川美幸です。 
「人生における様々な喪失悲嘆について、どう関わり支えていくか?」 
というテーマに沿ってお届けしていくシリーズの今日は2回目です。 

グリーフとは「喪失悲嘆とその反応」を指し、

狭義では死別による喪失悲嘆を意味するということを前回、お伝えしました。 
これをお読みくださっている皆さんの中にも、

大切な人との死別を体験された方は少なくないと思います。 
今なおその深い喪失悲嘆を抱えながら、

毎日をどうにか過ごしておられる方もおられるかも知れません。 
日本グリーフ専門士協会では、

具体的に何からの断絶が大切な人との死別により起きてしまうかについて、

8つの側面から検証しています。 

その8つとは、 
「社会」「友人」「家族」「過去」「自然」「思想」「故人」「未来」です。 
今回は「社会」という側面について今から解説します。 

私たちは日々、様々なものとの繋がりによって支えられながら、この世に存在しています。 
中でも「社会」との繋がりは私たちにとっては必要不可欠なかけがえのないものです。 
私たちは決して一人では生きられない存在です。 
生まれて以来、私たちは様々な社会に属し、多くの人に支えられながらここまで来ました。 
幼稚園から始まり、小学校、中学校、高校、大学、会社。

子供がいれば保護者会やママ友関連の集い、社会人としての趣味やサークル、

住んでいる地域での町内会などあげればキリがありません。 
大切な存在を死別で失った場合はとくに、誰もが想像を絶する喪失感に苛まれます。 
これまでと変わらない日常生活を送ることが不可能となり、

今まで所属してきたどのコミュニティであっても、足を運ぶことが困難になりがちです。 

たとえばお子さんを事故で失ったご夫婦があったとします。 
子育てに熱心にとりくみ、ご主人は長年PTA会長を歴任、

奥様も子ども会のお世話などを堅実につとめあげてきた場合はどうでしょう? 
これまで大きなやりがいを感じ、多くの人から慕われ続けてきた役割ではあっても、

その子が死別したことにより、子供つながりで築き上げてきたコミュニティに所属することに

痛みを感じてしまう人がほとんどであるでしょう。 
ほんのすこし前までお互いに子育てに追われる毎日の中で、

親としての様々な想いや悩みを共有してきたはずです。 
ですが死別をキッカケに、自分だけが誰よりも大切であったはずのわが子を

二度とこの手に抱くことができなくなってしまったのです。 
他の親御さん達が、死んでこの世から消えてしまったわが子と歳が近いお子さん達と、

これから先も共に生きていけるのであろう姿を目の当たりにすることは、

とても忍びない心境であると思われます。 
PTAや子供会といった人間関係のみならず、学校という場所そのものに、

大切なかけがえのないわが子との思い出があふれすぎて

、足を運ぶことが怖くなるかも知れません。 
お子さんを軸に繋がり深まってきた間柄であるからこそ、

その存在を失ってしまった以上は、

どうにもその関係性を維持することがその死別直後にはとても厳しくなる。 
もし自分がその立場に立たされたならば、

そうもなるだろうと実感せずにはいられません。 

2018年に全国で起きた交通事故による死者数は、

前年度より162人減少の3532人で統計が残る1948年以降、過去最少であったそうです。 
とはいえ、昨今は高齢者ドライバーによる死亡事故が増えました。 
また自転車に乗った若者によるスマホを見ながらの脇見運転によって歩行者が死亡するなど、

これまでにはなかった事故も出てきました。 
飲酒運転や無謀運転による死亡事故のみならず、

ちょっとした判断ミスが大きな事故に繋がる例も少なくありません。 
散歩中の園児らを巻き込んでの交差点での大事故も、皆さんの記憶に新しいことと思います。 
大切なお子さんを亡くされたご家族の心情がどのようなものであるかは、

当事者以外には毛頭わからないものです。 

そして同じくお子さんを失った立場とはいえ、

そのお父さん、お母さんの喪失悲嘆は夫婦それぞれにまったくちがいます。 
誰もがその人以外には理解しがたい深い苦悩を、

死別のその瞬間から生涯背負って生きていかれることになります。 
最近の子育て世代は両親ともに共働きである家庭が多くなりました。 
しかし、お子さんを亡くした直後に職場に出勤することは、心情的には本当に大変なことです。 
長期の休職を余儀なくされる方も相当あるでしょう。 
そのまま復帰することなく、

長い時間を家の中で亡くなった子を想い過ごすというケースも少なくありません。 

また先にとりあげた交差点での園児らの死亡事故では、

その傍らには保育士さん達が数名おられました。 
引率していた園児を目の前で失うことになった方々にとっても、

本当にいたたまれない、想像を絶する痛手です。 
その後、やはり園児の列に自動車が突っ込むという事故が別に起こりました。 
その事故では死亡者は出ず、

「園児をかばった保育士が大怪我を負った」というニュースが何度も流れました。 
先の死亡事故の保育士さん達がその報道をどのような気持ちで聞かれたのでしょうか? 
成長を見守り続けてきた大切な教え子を目の前で失うという現場に居合わせたあまりの衝撃は、

想像するにも本当に胸が痛みます。 
「大切なかけがえのない命、さまざまな可能性に満ちた未来を守ることができなかった」

という後悔と罪悪感を一生背負い、この先を生きていくことになるかも知れません。 
そして長年来の夢であり大きなやり甲斐を
持って従事してきた保育士という職業を続けることに困難を感じておられても、

決しておかしくないように私は感じました。 

大切な存在との死別により、これまでそこに属しているのがあたり前だと

信じて疑わなかった社会的なつながりが一瞬にして絶たれるということは、

どのような死別であっても起こり得ます。 
だからこそ、より深くより広く、様々な繋がりを大切にしていくことが、とても重要です。 
今ある繋がりのひとつひとつを大事に育て、ゆるぎない絆にしていくことが、

死別も含めた人生における様々な喪失悲嘆に見舞われた時の大きな心の支えになります。 


前川 美幸(まえかわ みゆき) 
一般社団法人 日本グリーフ専門士協会 理事 
https://grief-japan.net/
グリーフ専門士養成スクール トレーナー
https://grief-school.net/ ;
看護師・介護士のためのグリーフケアを学べるサイト 
https://grief-care.jp/ 


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出会いと食のプロデュースの開発です。 

今回は、「偶然の出会い」についてお話ししてみたいと思います。
私がそのメンバーに出会えたのは、あるビジネス系のセミナーでした。
対象が女性に限定されていたので、受講生は全員女性。講師も女性でした。
ただ、内容がキャリアアップに限定されていたので、10代や60代以上の方はおられず、

メイン層は3,40代だったように思います。

このセミナーの延長で、講師の方が希望者を5,6人のチームにし、

後日場を設けてグループワークをして下さるというので、

「面白そう!」と深く考えもせずに申し込みました 
今から5年ほど前のことです。
グループワークは講師の方が上手くファシリテートして下さり、

同じチームになった方々と

「これからも情報交換しながら、お互いに頑張っていこうね!」

と盛り上がって終了しました。 

後日講師の方に聞いたところによると、共通のテーマで絞ったほうが良いので

グループワークはわざと立場や年齢の近い人でまとめたそうです。
確かに1名を除いては、見事にアラフォーの管理職ばかりでした。 
かつ、私たち以外にもグループワークを行ったチームが数組ありましたが、

私たちが一番盛り上がったそうです。
また、再度同じチームで集まっているのも私たちだけとか。 
そしてこの集まりは「中間中年管理職の集い」として、

5年たった今も半年に1度くらいの頻度で開催されています。 

この集いには、この時お世話になった講師の方も定期的にお呼びし、

また、講師の方も「10年後の自分がイメージできた方が良いでしょ」といって、

部長クラスの方を集まりに連れてきて下さるなど、メンバーの発展性もあります。 


※こちらはメンバーの一人が「この店のマカロン、

とっても美味しいよ」と皆に持ってきてくれたもの。 

どうして仕事も趣味も住んでいる地域も違うのに、細々と関係が続くのか。 
それは単純な理由で、誰かが「そろそろやりましょう」と声をかけるからなのです。
(順番は決めていませんが)。

でも声をかけても、皆が乗り気にならなければ立ち消えになりそうなものですが、

立ち消えにならない理由が、3点あります。 

・この集まりで得られるものが多い
 (転職・異動・結婚など、利害関係なく相談できる。
  また勉強家が多いので次に何を勉強するかなどアドバイスがもらえる) 

・絶対に食べ物の美味しい店で行うので、食事の楽しみも大きい
 (仕事ができる女性は、自分のテリトリーの美味しい店を良く知っていて

  自分が知らない店に連れて行ってもらえる。 
  自分が幹事の時用に、良い店を日頃からチェックしておくことにも真剣になります) 

・繁忙期は避ける/早めのスケジュール調整 

だったら、断る理由はないですよね。
会社でも、学校でも、趣味でもない、

そんな貴重な集まりを大切にしたいと考えています。 

出会いと食のプロデューサー  
開発 香織 
http://www.jyujitsujinseiclub.org/katsudou/shokutodeai.html


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JJCワイン造りに参加している先原です。
4/24夜、ブレンディング・セッションの試飲検討会が渋谷で開催されました。 
その報告をJJC通信にと伊藤礼子様よりご指名を頂きましたので、当日のメモを元にご報告します。 
他の方は当然異なる観察・評価をされていると思いますので、ぜひ補正、訂正、加筆をお願いします。 

当日の会場は渋東シネタワー11階の貸会議室で、

会場予約・設営・食器やメインのおつまみの準備は伊藤礼子様、誠様ご夫妻に多大なご負担をおかけしました。 
テイスティングは開発香織様が主導して下さり、高田浩様、川上明様、宮崎陽世様、そして先原が参加しました。 

我々のワイン「スーパー・タスカンSuper Tuscan 2017」は基本はサンジョヴーゼ種なのですが、

他の品種を、割合を変えつつ混ぜた4種類A~Dが提示されました。 



以下が、先原の書き留めた印象・感想です。


やや明るめの蘇芳色。つんと塩っぽい胡椒香。やや収斂味のあるタンニン。

落ち着いた酸味。控えめな甘やかさ。 
ややスモーキーなコク。ボルドー風なところがある。


くすんだ蘇芳色。 Aより控え目な胡椒香。やや収斂味のあるタンニン。 
Aより力強い酸味。ほの甘い果実味。ざらりとした舌触り。Dよりは濃い。 


濃い黒柿色。つんとした酸味香。すぐり香とスパイス香。比較的控えめなタンニン。 
鋭くはないが力強い酸味。 控えめな甘味(ただししばらくして開いて甘やかになった)。 
スパイシーなこくと、緑茶の茎のような青味香。微かな塩味も感じられる。 


くすんだ蘇芳色。Bと似た控え目な胡椒香。収斂味のあるタンニン。

若々しく力強い酸味。仄かな甘味。スパイシーなこく。 

Cが最も色が濃く、複雑で、しかもこれからよく熟成しそうに思われ、一票を投じました。 
Aは4つの中では一番明るめで、てっきりメルローが入っているのかと思いました。 
これが本来のサンジョヴェーゼなのですね。
Dはシラーが入っているのかと思いました。
まさかメルローとは。
後で明かされたブレンド割合は、聞き間違いでなければ以下の通りです。 
数字はパーセントです。 

A サンジョヴェーゼ100 

B サンジョヴェーゼ80 
  カベルネ・ソーヴィニョン15 
  カベルネ・フラン5 

C サンジョヴェーゼ80 
  カベルネ・ソーヴィニョン10 
  カベルネ・フラン10 

D サンジョヴェーゼ80 
  カベルネ・ソーヴィニョン10 
  カベルネ・フラン5 
  メルロー5 


結果としてCが5票を獲得し、1位となりました。 
下の投票の他に開発さんがCに一票だったそうです。



この後、参加者各自が持ち寄ったワインを、選んだ理由を披露しつつ賞味しあいました。 
持ち寄りの条件は「2000円以下」で、流石ワイン好きの皆さんだけあって、どれも大変美味しいものでした。 
以下、披露された銘柄の情報です。 

・白 Overstone Sauvignon Blanc 2018 ニュージーランド 

・白 Mas Donis Blanc Monsant 2013 D.O.Monsant スペイン 

・赤 Terra Tangra Organic Mavrud 2016 ブルガリア 

・赤 Gerard Bertrand organic reserve speciale Syrah 2016 IGP Pays d’Oc フランス 

・赤 Finca La Estacada Tempranillo 2017 D.O.Ucles スペイン 

・赤 Laya garnacha Tintorella Monastrell 2017 D.O.P Almansa スペイン 

今回は、自分が持ち込んだものも含めて、なぜかスペイン勢が強力でした。 
自分としては殊更にスペインを贔屓にしているわけではないのですが…。 
他に礼子さんご提供のカナダの貴腐ワインがあったそうなのですが、部屋の貸し出し時間が終り、

後片付けに追われたため、口にせず、

メモすらできていません(礼子さんご本人も一口も味わえず、だった由)。 
幻の貴腐ワインでした! 

私も、いつの日か生まれ変わって葡萄になることがあれば、日当たりと水はけの良い土地に根を下ろし、

しっかり熟して、良い醸造家の手で芳醇なワインに仕立てられたいものだと思いました。 
これこそ葡萄が望みうる最高の充実人生でしょう…。 

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★お急ぎください★ 
2017年ワインの申込受付は5月15日までです! 
以下リンクより必要情報をご入力頂いた上でお願いたします。 

■申込みフォーム 
https://48auto.biz/reikobird/registp.php?pid=10

なおワインラベル裏面にワイン造り参加者の名前を記載させて頂きますが、

ご本人の名前ではなく、贈呈したい人の名前、ご夫婦/友人の名前等、ご希望通りに記載可能です。 

■ワイン造り募集概要 http://jyujitsujinseiclub.org/katsudou/wine/2017_gaiyou.pdf
■ワイン造り紹介Website http://www.jyujitsujinseiclub.org/katsudou/wine.html

*2017年のワインが手元に届くのは2019年12月を予定しています。


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皆さん、こんにちは。 
私は日本グリーフ専門士協会の前川美幸と申します。 
礼子さんには家族ぐるみでお世話になり、JCCの活動にも興味深く関心を寄せていました。 
この度、縁あってお仲間に入れて頂き、とても嬉しく感激しております。 
私は看護師・ケアマネージャーとして働く傍ら、コーチング、カウンセリングを学んできました。 
現在はグリーフケアを広める活動に専念しています。 

グリーフとは「喪失悲嘆とその反応」を指し、狭義では死別による喪失悲嘆を意味します。 
団塊世代が高齢者となった今、日本は超高齢社会から多死社会へと確実に歩んでいます。 
2025年には、団塊の世代が一斉に後期高齢者となり、

現在約130万人と言われる年間死亡者数は、約160万人以上に膨れ上がると予測されています。 
(厚生労働省 平成28年(2016)人口動態統計の年間推計より) 
大切な人との死別において後悔しない最期を迎えるために、

また死別喪失後に引き起こる悲嘆を少しでも和らげるために知っておきたいことを

「哀しみの保健室」シリーズとしてお伝えしていきます。 

喪失には、様々な断絶がある 

死別による喪失悲嘆は、いわば大切な存在とのつながりが完全に絶たれてしまった

「断絶感」にうちひしがれている状態です。 
その断絶は「個人とのつながり」だけでなく、それに付随するものとも引き起こります。 
誰もが様々なものに多面的に支えられ、自分という存在を維持しており、

そのうちのどれか一つが欠けても、脆く崩壊する危うさを秘めています。 
大切な誰かを失うと、その死別喪失に付随し、家族や友人、社会その他、

それ以外の「生きていく上での欠かせないモノ」との繋がりが絶たれ、激しい痛みや苦悩が生じます。 
それは今、支援者の立場にいる「私」たちも同じです。

支援する側もされる側も「同じ人間としての痛み」は、なにひとつ変わりません。
そのような同列の視点や感覚を持って、対応することが耐えきれない悲嘆に喘ぐ人に対する

大切な心がけのひとつと言われます。 
「大切な人を死別で失った断絶感の只中にある人に対しては、どのような言葉がけが有効でしょうか?」 
という質問を、介護や看護の現場で活躍する方々からお受けする機会が私はよくあります。 
そのような問いかけに対しては
「どんなケースにも通用するような間違いのない台詞はまずないと思って頂きたい」
旨をお伝えしています。 

死別による喪失悲嘆の反応は、

失われた存在との関係性やその人自身のこれまでの人生経験などの

個別性によって千差万別の格差があり、

一概に「これでいいです」と言えるような雛形は存在しないからです。 
親との死別ひとつとってみても、その親との関係性がどうであったかにおいて、

その死別に対する悲嘆の反応は人それぞれにちがいます。 
まるで一卵性親子といわれるほどに仲睦まじかった親子関係であったからこその

深い悲嘆もあるでしょう。 
一方で長年の確執に悩み、和解の機会を果たせないままに親を死別で失った場合にも、

その悲嘆は複雑化し長くその人を苦しめることになりがちです。 
また高齢となった親を看取る以外にも、突然の病による配偶者離別、

あるいは事故や事件によって子どもを失う喪失悲嘆を体験する人も少なくありません。 
大きな災害によって家族を同時に失うこともあります。

この世に誕生してからいろいろなものと出会い、手にしてきた人生もやがて段々と、

新たに得るものよりも手放したり失ったりするものの方が多くなっていく実感が強まってきます。 
人生はある意味、喪失の連続と言っても過言ではないかも知れません。 
誰にとっても避けることができない「喪失」とそれによって引き起こる「悲嘆」について、

気力や体力のあるうちに、一緒に取り組み備えていけたら幸いです。 


前川 美幸(まえかわ みゆき) 
一般社団法人日本グリーフ専門士協会 理事
https://grief-japan.net/

グリーフケアの基本が学べる入門講座
http://grief-online.com/webinar_kokuchi/
(webにて無料開催中) 


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JJC運営パートナーの伊藤誠です。 
ファイナンシャルプランナーの視点から、

今回は「貯金」についてお話しさせていただこうと思います。

そもそも「貯金」はしなければならないものでしょうか。 
なぜしたほうがよいのでしょうか。 
短期的には将来○○を買いたい、

子供の教育費を確保したいなどの動機で「貯金」をします。 
長期的には、将来(死ぬまで)お金が枯渇することを避けるために

「貯金」をしなければならないと思っているのではないでしょうか。 
今回は長期的な観点のほうでアドバイスをします。 

具体的には65歳の時に「貯金」がいくらあれば良いかを考えてみましょう。 
その前にどうしたら「貯金」ができるかからスタートしてみます。 
・「貯金」ができる方法はこれは当たり前のことですが3つしかありません。 

1.収入を増やす (ここでいう収入は勤労収入) 
2.支出を減らす (収入が同じでも支出が減ればその分貯蓄ができます) 
3.お金に働いてもらう (いわゆる株や債券などの投資です) 

みなさんは上記3つの内どれならばできそうですか? 
1 はなかなか難しいですね。 
給与は会社が決めますので、自分ではなかなかコントロールができません。 
可能性があるとすれば、資格や経験を生かし給与の高い会社へ転職。 
または、副業や休みの日に働く。 

2 もなかなか難しいですがFPから見て無駄な出費がある人であれば可能性がありますね。 
ギャンブル・酒・女が昔から言われる無駄遣いです。 

3 も向き不向きがありますね。
銀行や証券会社などで、勧められた投資商品を買う人では不向きです。 
そもそも銀行や証券会社が勧める商品は、その担当が良いと思って勧めている商品ではなく、
会社が売れと言っている商品なので、ろくなことがありません。 
自分で世界経済に興味を持ち、

勉強して自分で投資商品を選べる人であればトライして良いと思います。 

次に・「貯金」ができる時期(年齢)はいつでしょう 
これも一般的には3回しかありません

1.学校を卒業、就職して結婚するまでの時期
2.結婚して子供ができるまでの時期
3.子供が学校を卒業して、自分が働いている時期 

1 の時期 
学校を卒業して就職。初めての初任給。 
給与は少ないでしょうが、唯一自分のお金を自分でコントロールできる時期です。 
また一番遊びたい時期かもしれません。 
自宅から会社に通う女子はこの時「貯金」がかなり出来ている方を見かけます。 

2 の時期
結婚して子供ができるまで。 
夫と妻のダブルインカム時期になります。 
通常夫も妻も会社にまだ務めているので合わせてそれなりの収入になるはず、 
800万円前後あってもおかしくありません。 
実はこの子供ができるまでのダブルインカム時期が一番「貯蓄」額を大きく増やせる時期です。 
2 の時期で私のところへご相談に来られるカップルが多数います。 

相談内容は住宅購入のご相談と子供を何人まで金銭的に育てられるかというご相談です。 
「貯金」はいくらお持ちですかと尋ねると、ほとんどない方がそれなりにいます。 
遊んで使ってしまった人と奨学金を返している人です。



この後の時期が「貯金×30~40代」となります。 
・独身の方は上記1の時期と同じに なりますので、自分のお金を自分でコントロールできる時期です。 
・結婚して子供がいない夫婦は2のダブルインカム時期で一番 「貯蓄」額を大きく増やせる時期です。 
・結婚して子供ができると、妻の収入が 減るケースが多いです。 

もちろん0歳から保育園等にお世話になり、ダブルインカムを継続されているご夫婦もいますが、
妻が会社を退職又は休職になるので「貯蓄」のできる額が少なくなってきます。 
子供が私立の大学に行くと「貯蓄」額が減るというのは当たり前に起こります。 

下記の記事はヤフーニュースに乗っていたものです。 

『2018年春に首都圏の私立大に入学した下宿生への平均仕送り月額は、
前年度比3000円減の8万3100円だったことが2019年4月3日、

東京地区私立大学教職員組合連合の調査で分かった。 
仕送り額から家賃を除いた生活費は1日当たり677円で、いずれも過去最低となった。 

その結果、入学に伴う出費が落ち着く6月以降の平均仕送り額は8万3100円で、

最も高かった94年度の12万4900円から 3割以上減った。』 

私立大学の学費を月10万円とすると平均仕送り額8万3100円、

月約20万円が子供の費用でなくなります。 
もし、子供が2人この状況になったら想像してみてください。 
もう一つ言えることは、仕送りを減らさなければならないほど

年々日本はお金のやり繰りが難しくなっているということです。 

・そして最後の3の子供が学校を卒業して、自分が働いている時期です。 
夫30歳までに子供ができれば、55歳までに子供の教育費が終わります。 
これが50年前のスタンダードでした。 
ところが、昨今は晩婚化が進み夫60歳でも子供が学校に行っているケースがみられます。 

これでは最後の3の時期がほとんどなくなってしまいます。 
さらに日本の社会は55歳で昇給はストップし役職がなくなり減給、

60歳からの収入1/2は当たり前です。 

さて、上記をお読みになりどう感じられましたか。 
個々の状況によりまったく違うパターンとなりますが、誰でもが65歳を迎えます。 

来月は65歳の時に「貯金」がいくらあれば良いかケース別に考えていきたいと思います。 

伊藤 誠
人生設計実現パートナー
 


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さくら咲く ふるきを語る 和美の友 




「小夜さん、今日はいらっしゃいますか」 

三十年来の私と義母の友、
私にとっては華道の師匠でもある御年90歳の元気な華道、
茶道の先生が約2年ぶりに訪ねてきました。 

「娘がね、茶の湯を20代から30代の方達5~6人に教えるっていうの。 
 お免状は持っているけど25年のブランクがあるから
 教える前に一から私が指導し直ししようと思ってね。」 
「そうですか。茶の湯はからだが覚えてますから自然に手足が動いてくれます。 
 直ぐに取り戻せますね。」 
と、話は延々と続きます。 

まずは、一服。 
干菓子は、京都の白川路煎餅・・田丸弥製 


抹茶は、宇治の三日月の白(みかつきのしろ) 
表千家十五代家元好・・上林春松本店で、お・も・て・な・しです。


「白川路煎餅」の由来
山城嵯峨の住人和三郎(和泉明神藤原政重)が空海(弘法大師)から伝授された 
延暦23年(804年)当時そのままの手法を生かした京の胡麻和えを焼き上げたもの。 

「三日月の白」の由来 
名物唐物茶壺の銘「三日月」に由来する。 
この茶壺は織田信長にわたり、信長は茶宴を設け将士をもてなした時に、
床には「岸の絵」の双幅を掛けており、
右は「松島」左は「三日月」の茶壺を飾り招いた。 

次は、断捨離の話へとすすみます。 


「茶の湯は、やっぱり着物でしょ。 
 私は整理整頓がすきで、着物も断捨離してしまってないんです」 
「あら、困りましたねどうするんですか」 
「どうしましょ」 
「義母の着物と私の着物を少しお使いくださいませ。 
 それから帯も使って下さい」 
「断捨離もいいけれどまさか90歳にして、 
 一から茶道を教えられるとはね。嬉しい和」 

益々、元気になりはりきって帰られました。 
90歳の後姿に光がさしているように見えるのは何故でしょうか。 


平成31年 弥生 
茶 遊 庵 
案内人 山﨑小夜


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出会いと食のプロデュースの開発です。 
今回は、 喪、通夜・告別式の時についてお話ししてみたいと思います。 

昨年秋、伯母が他界しました。
まだ70代でしたし、持病があるわけでもなく脳疾患によるわずか3週間の闘病後の死でした。 
誰しもが、(恐らく伯母本人も)こんなに早く他界するとは思っておらず、ショックな出来事でした。 
葬儀となると、その規模や開催方法は故人や家、時には会社によってまちまちです。 
伯母の場合は、既に第一線から退いていましたので、

身内と少数の知人・友人のみで執り行われました。 
突然の死ではありましたが、伯母の生前の明るい人柄の御蔭か、

死を悼みつつもお清めは親戚が集まり、久しぶりに会うメンバーもいて和やかな場となりました。 

お清めの場である会食は、葬祭事業大手の公益社さんによると、以下の目的があるそうです。 
一つ目は、遺族や親族、僧侶などが故人と共に最後の会席の場をともにして供養すること。 
二つ目は弔問に来てくれた人々にお礼をすること 。 

根本には、故人を偲び、故人の思い出を語り、故人と最後の食事をするという考えがあります。 


今回は殆どが身内でしたので、皆が伯母を良く知っており、

じっくり伯母の思い出に浸ることができました。 
伯母も喜んでくれたと思います。 
以前に、儀礼的に参列し故人のことを知らない面々が酔って騒がしいお清めの場や、

不幸な亡くなり方をされ、それに納得のいかないご遺族が 
途中で取り乱してしまったお清めの場などに同席したことがあります。 
故人が悲しむからやめてほしい、と言える立場であればお願いをし、

とても口を出せる状況でなければその場を去るか、時が過ぎるのを待つしかありません。 
過去に何十回とお清めの場に同席したことがありますが、

やはり故人を知らない人が多い場合は場が乱れる

(単なる飲食会場になってしまう?)ことが多かったような気がします。 

大概は「故人は賑やかな席が好きだった」と大目に見られますが、本当のところは喪主や、

故人が生きていたらどうなんだろうと思います。 
場づくりは、参列者全員の故人を思う気持ちで作られます。 
これからも(参列しなくてはならない場合は)、故人や喪主のへの思いを優先に

、その場に臨みたいと考えています。 

出会いと食のプロデューサー  
開発 香織 


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出会いと食のプロデュースの開発です。 
今回は、 高校の部活の同窓会についてお話ししてみたいと思います。 

高校生の頃、空手道部に所属していました。 
と言うと驚かれることが多いのですが、

当時の私たちの練習を見たら今どきの親御さんはもっと驚かれることと思います。 
私の通っていた高校は(一応)進学校。 
そして私を含めほとんどの空手道部部員は初心者。 
でも顧問の先生の目標は全国大会・・・。 
従って「文武両道」と言われながらも、ほぼ毎日部活漬です。 
結果的には先生やOBの先輩方の指導により、全国大会に行けましたが。 

新聞で「土曜日の部活の自粛」についての記事を見た時には、

時代は変わったものだとつくづく思いました。 
当時上下関係は厳しく、罵声は飛び、できないと竹刀で直される。 
体罰という言葉は(少なくともそこには)ありませんでしたし、

あまり当時の子供達はそれに疑問を抱いていませんでした。 

高校を卒業して、空手部から離れられた時の嬉しさ。 
そしてその後大人になり、改めて先生・先輩方が相当な覚悟と愛情をもって

自分たちを育ててくれたことが分かるようになりました。 
思い出深い空手道部の同窓会は、毎年年末に行われます。 
集まる年代は幅広く、初代の50代から現役の10代まで。 
もう、親子以上の年齢差です。 

40代の私にしても、すっかり保護者の年。
それでも、ここに来ると皆高校生に戻ります。 
実はこのような場を設けて下さっているのは、

今も高校で指導を続けている初代の先輩です。 

 


先輩は「いつでも戻って来い。門は開いている」と言われます。 
練習に耐えうる技術と体力があるかは別として(!)、

本当に門は開いているのだろうと思います。 
門を30年以上にわたり、開け続けて下さる先輩に毎年頭が下がる思いです。 

食に関して言えば、何だかんだと煩いことを言う私ですが、

ことこの部活の忘年会に関しては食事も、お酒も高校近くの手軽なお店で十分です。 
一つには身も心も高校生に戻っているからなんですが(酒は飲みますが)、

一つには年1度この場に行くことだけで十分で、特別なものでなくても美味しく感じるのです。 
場を作る上で大切なのは、1番は心なのかもしれません。 

 

出会いと食のプロデューサー  
開発 香織 


テーマ:

出会いと食のプロデュースの開発です。

今回は、大人になってからの友人についてお話ししてみたいと思います。 
もう5年以上前のことになりますが、ひょんなことから大学院に入学し、
かなり苦労をして卒業しました。

この苦労は2階建てで、
1階が仕事をしながらどうやって勉強する時間を稼ぐかという時間確保の苦労、
2階が同級生に比べてそもそも圧倒的に学力(特に英語)の力が弱かったため、
そこを補う苦労で構成されていました。 

それでもどうにか周りの方々のご協力と勢いで卒業し、
今があるのですが卒業して数年たった今も、
同窓生の方々から受けるインスピレーションには凄いものがあり、
例え年1回でも顔を合わせる機会を大切にしています。 

先日も、久しぶりに集まることのできた会がありました。 
集まって話すのは主に仕事の話ですが、家族のことを話すこともありますし、 
趣味のことを話すこともあります。 
話のネタはどんな集まりでも一緒かと思いますが、
この大学院卒業生の集まりにはメンバーが違えども特徴があります。 

「ネガティブな話にならない」のです。 

毎回感心するのですが、女性だけの集まりでも、男性女性混合の集まりでも、 
決して愚痴大会にはならないのです。 
もちろん、困ったことは誰にでも発生するので 
「こんなことがあって、ちょっと困っていて」という人がいても、
次には誰かが
「それってどうにかできないかな?」 
「この方法で解決した人がいるよ!」 
「そもそもそれはやらなければならないことなの?」 
等と言い出し、何らかの糸口を見つけて会話が終わります。 
大学までの友人、会社の友人の集まりではこうはなりませんので、 
私の行った大学院特有のものなのか、 
たまたまなのか分かりませんが私にとってはこれが非常に快適です。 

ちなみに、こういった集まりで幹事をやることになった場合、 
店選びには万全を期します。

と言いますのも、上記のように寄ってたかって(!)問題解決をしようと 
皆がするので、非常に賑やかになってしまうのです。 

また、食事やお酒にうるさい人の比率も、世間一般よりも高めなので 
「食べ物は美味しく」「酒の種類は豊富」
「個室または他のテーブルとの間に距離がある」ことを重視します。 

もちろん、お店の方には
「久しぶりの同窓生の集まりで、賑やかになってしまう可能性が高い/ 
仕事の会食などの方とは席を離してほしい」
と念を押しておきます。 
 


ここまで準備しておけば、あとは楽しむだけ・・・。 
と言いたいところですが、 
スマートにお会計ができないと後味が悪いので、皆が酔っ払いになりそうな時、
ないしは早めに帰る方がいた時は、早めに〆て精算をしてしまえばあとはスッキリ。 

忙しい人ばかりなので、なかなか簡単には集まれませんが 
話が出た時にはなるべく良い場を設けようと心掛けています。 

出会いと食のプロデューサー  
開発 香織
http://www.jyujitsujinseiclub.org/katsudou/shokutodeai.html


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皆さま、明けましておめでとうございます。 

私は礼子さんの友人で、介護者のメンタルケア協会代表の

橋中今日子(きょんちゃん)と申します。 
家族を介護されている方、医療・介護専門職の方にむけてのメンタルケア、
介護うつ予防、燃え尽き防止のための情報を発信しております。 
JJC通信の読者としても記事を読ませていただいております。 

今回、この場をお借りしてお知らせしたいことがございます。 

NHKラジオ・マイあさラジオ健康ライフのコーナーで
「介護する人の心が少しでも軽くなるために」をテーマでお話させていただきます。 
この特集は、昨年11月に放送された際に多くの反響があり、 
今回はアンコール放送となります。 

日本は今、4人にひとりが65歳以上の超高齢化社会に突入しました。 
そして、65歳以上の7人にひとりが認知症になる時代。 
誰もが「介護する」「介護を受ける」時代になっています。 

私事で恐縮ですが、23年前に52歳で父がガンで死去したのち、 
大正生まれの祖母、重度身体障害の母、知的障害の弟、
家族3人をひとりで21年間介護してまいりました。 
理学療法士(リハビリの専門家)として病院で働きながら、家族3人を
介護する生活の中で、燃え尽き、介護うつも経験いたしました。 
その経験から、心理学、カウンセリング、コーチングを学び、
2015年に介護者メンタルケア協会を設立し、
今は介護する人の心が軽くなるための情報を発信しています。 
現在、弊協会に寄せられたご相談は、のべ800件以上にのぼります。 

ご相談を受ける中で、見えてきたことがございます。 
それは、 「誰もが介護する」「介護される」時代ですが、
介護の悩みは家族との関係と深くつながっているため、
多くの人が「相談できない」状態にあり、
ひとりで苦しんでいる方が多い現状です。 
相談できない、助けてと言えない状況を解決するためには
新しい情報が必要だと実感しています。 

1月7日(月)からの特集では、寄せられたご相談の中でも 
最も多い5つのテーマについてお話させていただきます。 

・1月7日(月)「気持ちを切り替える大切さ」 
・1月8日(火)「イライラが収まらない」 
・1月9日(水)「仕事を辞めるべきか悩んだら」 
・1月10日(木)「排せつにまつわるトラブル」 
・1月11日(金)「憎しみを抱えながらの介護」 
放送予定時間は、早朝5時35分です。 

タイムリーでお聞きいただくのが厳しい時間帯だと存じます。 
これらの対策として、NHKのHPであとで録音した番組が視聴できる
「ストリーミングサービス」がございます。

ストリーミングサービスは、放送日の18時以降に番組内容がアップされる予定です。 
お知り合いで介護の事でお悩みの方がおられましたら、 
この特集についてお知らせいただけますとうれしいです。 

マイあさラジオ HP http://www4.nhk.or.jp/r-asa/

マイあさラジオ 健康ライフ  
ストリーミングサービスページ http://www4.nhk.or.jp/r-asa/337/


介護者のメンタルケア協会 
代表 橋中今日子 
https://kaigomental.com/profile/