中盤から後半は、どんどん引っ張られていった映画『ある男』 | 週刊テヅカジン

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手束仁が語る、週刊webエッセイ

 予告編段階から、これは観ておきたいなと思っていた🎥映画『ある男』(石川慶監督/向井康介脚本/原作=平野啓一郎)だった。"ある男"とは、自らの過去や氏素性などすべてを捨てて、これまでとは全く別の他人の戸籍になって生きていった男のことである。その男がやがて、結婚して別の人生を歩み始める。

 それは、再婚の妻の連れ子を含めて、幸せな生活に浸りきっていたのだが、その時間はわずか3年9カ月で、不慮の事故で命を落としてしまう。その一周忌に疎遠となっていた"ある男"の兄が訪れて遺影を見て「弟じゃない」というところから、ストーリーは本格的展開になっていく。正直、そこまでは、いささか大雑把に進んでいくのだけれども、それでおおよそ、そこまでの背景は把握できた。

 映画としても、そこからが核心で、妻は「それでは、私が一緒に寄り添っていたこの人は誰…?」ということで、それを追及してもらうことを、かつて離婚調停で世話になった弁護士に依頼する。その弁護士が妻夫木聡なのだが、彼が登場してからストーリーも俄然面白くなっていく。

 人探しというか、"ある男"とはいったい何者なのか…? と思わせるところで「次はどうなっていくのだろうか」とちょっと期待感も高まっていく展開でもあった。その経緯でのボクシングジムでのシーンなんかもリアル感があって、とてもよかった。

 また、詐欺罪で捕まり刑務所に服役している戸籍ロンダリングのブローカーの柄本明の怪しさも内容を膨らませていた。そして、戸籍ロンダリングのトリックというか、手法がわかってくることによって、見ているこちら側も「あ、そうか」と納得させられた。

 さらには、弁護士が在日三世という設定で、そこに絡む差別問題やヘイトスピーチなどの社会的な現象もエッセンスとして描かれている。そこのところで、さらに内容の奥を深めているようにも感じさせてくれた。

 やがて、"ある男"の正体がわかるのだけれども、それですべてが終わりではなかった。終始、どことなくぎすぎすした感じを漂わせていた弁護士夫婦の家庭や、そのラストの思わぬ形での着地点。

 果たしてハッピーエンドだったのかどうだったのか、観ているボクとしては判断がつかないままエンディングクレジットを見つめていた。