辻村寿和Collection「寿三郎」創作人形の世界

創作人形作家辻村寿三郎の作品を皆様にご紹介いたします。


テーマ:
瑤泉院 阿久里姫
ジュサブロー館の創作日記
2010年制作
撮影 Canon EOS 7D
EF50mm F1.4USM

写真をクリックすると大きいサイズで見ることが出来ます。
細かいディテールをご覧ください。

瑤泉院

1674年~1714年

赤穂事件で有名な浅野長矩の妻。

備後国三次藩主の浅野長治が晩年に成した三女。

父の死後、その跡を継いだ浅野長照の養女となった。

母は浅野長重(浅野長矩の曽祖父)の娘。はじめ尚姫と名づけられたが、
のちに栗姫、さらに阿久里姫と改名した。

瑤泉院 阿久里姫
ジュサブロー館の創作日記
2010年制作
撮影 Canon EOS 7D
EF50mm F1.4USM

生まれてすぐに播磨国赤穂藩主浅野長矩との縁組が進められ、
延宝5年9月 (1677年10月) に婚約が成立、
延宝6年4月9日 (1678年5月29日) には婚儀に備えて長矩の屋敷へ移っている。

天和3年正月 (1683年2月) に婚儀が執り行われて同年4月9日 (5月5日) に正式に長矩室となった。

時に阿久里10歳、長矩17歳。以後、殿中刃傷までの18年間長矩と夫婦生活をいとなんだが、
子には恵まれず元禄8年12月 (1696年1月) には長矩の弟浅野長広を養子としている。

瑤泉院 阿久里姫
ジュサブロー館の創作日記
2010年制作
撮影 Canon EOS 7D
EF50mm F1.4USM

赤穂浪士四十七士が吉良を討ち取って幕命により切腹したのち、
彼女は伊豆大島へ流された赤穂浪士の遺児たち
の赦免運動に尽力し、宝永3年8月 (1706年9月) に将軍家綱の
二十七回忌にあたって三人の赦免を実現させた(間瀬定八は赦免の前年大島で病死)。

正徳4年 (1714) 三次浅野家下屋敷で死去。

享年41。

夫と同じ江戸高輪泉岳寺に葬られた。

戒名は瑤泉院殿良瑩正燈大姉。

生まれ故郷の広島県三次市の鳳源寺に、瑤泉院を供養した五輪の遺髪塔がある。


瑤泉院 阿久里姫
ジュサブロー館の創作日記
2010年制作
撮影 Canon EOS 7D
EF50mm F1.4USM

この作品は辻村寿三郎の出身地であります広島県の三次市の
「辻村寿三郎人形展実行委員会」の皆様方のご要望により制作致しました。
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