虚偽告訴罪の成立要件

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最近は抽象的・一般的なお話ばかりで、あまり読み手の方々の興味をそそるようなお話ではないかもしれません。それでも、もしかしたらどこかで役に立つかもしれないというわずかな期待を込めて。

「痴漢は犯罪です!」というフレーズの付いたポスターを駅の所々で見かけることがあります。それはその通り(だいたいは各自治体の迷惑防止条例違反か、刑法176条の強制わいせつ罪となります)。しかし、電車内で、とりわけ車内が混雑している場合、冤罪だということも少なくありません。それどころか、人によっては、それを利用して恐喝行為を行うという悪質なものも存在しているようです。つまり、「お前痴漢だろ!示談金(あるいは慰謝料)よこせ!」と。ここでは、「示談金等を支払わなければ警察に突き出すぞ!」という脅迫が(黙示的にであれ)含まれているわけです。しかし、少なくとも、当の「加害者」と名指しされた人が無実であって、それを「被害者」だと名乗っている人間も認識している場合、ここではもう一つ検討されるべき犯罪があります。それが「虚偽告訴等罪」です。

虚偽告訴等罪は、平成7年の刑法改正までは、誣告罪(ブコクザイ)と呼ばれていましたが、この改正で「口語化」された際に現在の罪名へと変更されました。刑法172条がこの虚偽告訴等罪を定め、「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、三月以上十年以下の懲役に処する。」と規定します。実はこれは、刑法103条の犯人蔵匿等罪(詳しくは拙稿「犯人蔵匿罪について」参照)や同法104条の証拠隠滅等罪よりも重い罪です。
本罪は主位的には刑事司法作用に対する罪であり、副次的にそれによって訴追された者の個人的利益を保護するものと考えるのが有力です(なお、大正元年12月30日大審院判決は「被誣告者において承諾ありたる事実なりとするも本罪構成上何ら影響をきたすべき理由な(し)」として、告訴された者の承諾が本罪の違法性を左右しないとしており、この有力説に分類することが出来ます)。

本罪の構成要件は「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした」ことですが、ここで注目すべきは「刑事」の処分のみならず、「懲戒の処分」が含まれていることです(これをフォローする必要から、被害者の刑事的通告である告訴・被害者以外の者のなす告発のみならず、「その他の申告」が含まれています)。ただし、ここでの「懲戒」は公法上の監督関係に基づいて、規律維持のために科される制裁をいうとされています(例えば、山口厚『刑法』〔第2版〕(有斐閣・2011)478ページ)ので、例えば会社での降格等の処分は含まれないことになります[以下、2014年11月15日加筆](なお、「その他の申告」には、犯人処罰の意思表示を含む告訴・告発と異なり、その意思表示を含まない「被害届」も含まれます)
本罪での「虚偽」は客観的真実に反することをいう(昭和33年7月31日最高裁決定)とされていますので、基本的には、刑事訴訟上で「無罪」判決が確定すると、告訴等が「虚偽」であることとなります[以下、2015年12月27日加筆](なお、「基本的に」であり、例えば被告人が心神喪失での責任阻却や正当防衛などの違法性阻却を理由に無罪とされることもありますが、このような場合には、例えば「あいつに刺された!」との告訴だけを見れば真実であることもあり、このような場合には「虚偽」ではないといえます)。また、既遂時期は告訴等がされた時点であれば足り、裁判はおろか、捜査さえ始まる必要はありません(大正3年11月3日大審院判決)。

最も問題があるのが「故意」です。普通、故意は「構成要件該当事実・犯罪事実の認識・予見及びその認容」とされ、「(その構成要件該当事実・犯罪事実が起きる)かもしれない。けど構わない。」という、いわゆる未必の故意であっても、刑法38条1項の「罪を犯す意思」(つまりは故意ですが)に該当すると考えられています。しかし、これを虚偽告訴等罪に当てはめてしまうと、「間違いかもしれない。でもそれでも構わない。」と思いながら、例えば痴漢の被害者だと思っている人が警察等へ申告をした場合に、実際はただ「不意に当たっただけ」のような場合、被害者だと思っていた人は虚偽告訴等罪に該当するという、少々「いびつな」状況になりかねません。そもそも、捜査が犯罪の存否を確認する(もっとも有罪判決のような対外的効力があるわけではありません)という性質を有する以上、その存否を捜査機関へ確認するよう申し立てることが否定されてはならないように思われます。そうすると、理論的には虚偽告訴等罪の場合には未必の故意では足りないと解するのがいいようには思われます。しかし、判例は未必の故意でいいとしています(昭和28年1月23日最高裁判決)。その意味では、虚偽告訴罪は、実体的には、「危険な犯罪」だといえます(もっとも、未必の故意の場合、手続的には刑事訴訟法248条により起訴猶予となることも多いように思われます)。

〔参考拙稿〕「目的と故意」(本罪の目的に関して)


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