四季の歳時
日本の素晴らしい四季。

美しい言葉。

時代がすすむにつれ、忘れ去られてしまうには
あまりにも、惜しいもの

古き、善き、習慣を今、再びに時空をこえて呼びさまし、
うるわしき、心の豊かさを湛えよう

そうすれば、何があっても凛として生きていけるであろう・・・


$四季の歳時

兵庫県神戸市 須磨寺



感じたことを、ここに書きとめよう。

たとえば・・・

「心の空虚が満たされていく、見知らぬ土地の石畳。
  太古の歴史の真実に出会うこの時を、
         今まさに私は生きている。」

           

  • 15Oct
    • 秋の歌

       「奥山に もみぢ踏み分け 鳴く鹿の         声聞くときぞ 秋は悲しき」 猿丸太夫「百人一首」にあるこの歌は、実は、詠み人知らずの歌です。「猿丸太夫集」から、定家が選んだので、猿丸太夫の歌としたようです。山は、秋になると錦の世界へ季節が移ります。その華やかな色とは逆に、あらゆるものがもの悲しく感じられる季節でもあります。雌鹿を求めて鳴く雄鹿の声を、暮れ急ぐ秋の寂しさの中にしみじみと歌っています。この時代の定家の考えるもみぢは、どうやら楓(かえで)のようで、もみぢに鹿といった風情はこの頃から定着したようです。愁いを感じずにはいられない山の景色。胸を締め付けられそうになりませんか。私の愛する歌の一つです。 

    • のちの月

      陽が落ちて辺りが暗闇に覆われると気温は一気に下がり始めます。夜空に浮かぶお月さまも一際美しく感じられ「のちの月」と呼ばれる十三夜月は旧暦長月十三日の月名で中秋の名月と呼ばれる旧暦葉月の十五夜につぐ美しさと云われます少し欠けた歪なお月さまは完璧ではない美の極致・・・なのかもしれません。「のちの月」を愛でる侘びの心留めておきたい日本の風情ですのちの月水より青き雲井かな

  • 25Feb
    • 鶯はめじろよりも若干小ぶりの目立たない鳥です幼き頃、父の実家でたくさんの鶯を飼っていた記憶があります年の暮れから鶯の竹篭を布で覆い昼と夜の配分を調整し、正月の朝、御来光と共に美しく透き通る声で鳴かせるのです自然界では 初春に里に下りてきた鶯は、まだその優美なる声を披露することはありませんので惜しみなく手間暇かけて世話をした賜物なのでしょうが鶯にしてみればすっかり騙されたということになりますね鶯の 笹鳴く枝に 梅一輪

  • 24Feb
    • 春野菜

      この時節になると、デパートの野菜コーナーを覗き込み、目にとまれば必ず買い込むものがある。「蚕豆」 (そらまめ)である。つややかな鞘(さや)の青、蒸し焼きにして立ち昇る香りがたまらない。もう、こうなるとその先のホックホクを口に入れた時のあの感動が待ちきれない。この時期は、主に鹿児島産の蚕豆が走りとして出回る。太陽に向かってすっくとさやの尻をもたげる姿は、春の気を独り占めするかのようにたくましく、また、けなげにも見える。

  • 05Nov
    • 霜月五日、十七日、二十九日・酉の市

      台東区浅草にある鷲神社(おおとりじんじゃ)や、新宿の花園神社に十一月の酉の日に立つ市で、もともとは「酉の市」と書いて「とりのまち」といいました。商売繁盛祈願とあって、市には熊手(福を取り込む=福を酉込む)や、縁起物の入り船などを売る露店が並び賑いをみせます。鷲神社は、大阪府の大鳥神社が本社で、日本武尊(やまとたけるのみこと)が祭神です。三の酉まである年は、活気がありすぎて火事が多いといわれております。この時期はちょうど、空気も乾燥しやすく、北風が強くなる頃ですから、注意を促す意味合いでそのように云い伝えられたのではないかと思われます。また、酉の鶏冠(とさか)が赤いことから、火を連想させたという説もあります。今年は三の酉までありますが、活気の方は如何なものでしょうか。いずれに致しましても、商売繁盛。。「福よ来い」

    • 十一月  「霜月」 (しもつき)第十一番

      「霜月」(しもつき)は旧暦11月の異称です。その由来には諸説ありますが、霜の降る月という説凋む(しぼむ)月が、変化したという説また、大言海によれば、食物月(おしものづき)の略で、新嘗祭(にいなめさい)に関わり深いとする説などが、あげられます。最も有力なのは、霜降りの説で、文字通りといったところでしょうか。日本のことばには、一つの単語に複数の意味が含まれている上に、ヤマトことばは、発音の変化にで大きく意味合いが変わってしまうためことばの由来を明確に理解するのは、そう簡単なことではないようです。たくさんの著名な先生方の文献をたやすく手に入れることができる私たちは、実に幸せなのだと思います。それにしましてもほしい本はつきませんが・・・

  • 15Oct
    • 鹿の角切り

      鹿といえば、奈良県、春日大社を思い浮かべる人は多いでしょう。この時期、奈良公園で行われる鹿の角切りは、寛文11年から始まり凡そ340年以上続いております。鹿は古くから神の使いとして大切に保護されてきました。春日大社の主祭神は「武甕槌命」(たけみかづちのみこと)で白鹿に跨がりあらわれたと伝えられております。武甕槌命はヤマト王権においては揺るぎない存在の神であり、当時の政治的制圧拠点であった鹿島の主祭神でもあったことから武甕槌命に従える鹿は神使とされたのです。角切りは昔ながらの方法で行われます。柵で囲った鹿の角に縄を投げ、数人で押さえながらのこぎりで切り落とします。恋の季節を迎えた雄鹿を傷つけずに作業を進めるのは想うに容易なことではないでしょうね。

  • 05May
    • 被災地の空

      全てをのみ込んだ津波かつての町の景色は、全く失われていた。目の当たりにすれば、愕然とたたずむことしかできない。とめどなくあふれる涙を大地におとすのが悔しくて天を見上げる。空は、いつもと変わらない。渡る鳥の姿、たゆまない雲の流れ海風に吹かれながら泳ぐ、鯉のぼりが見えたあの鯉のように幾多の試練を乗り越えて掛けあがろう母なる大地を取り戻すために・・・

  • 03Apr
    • 花見(はなみ)

      日本人の心の花「さくら」さくらの「さ」は早苗饗(さなえぶり)の「さ」。「田の神」(さのかみ)のこととされ、「くら」は神座(くらざ)を指すという説があります。「さくら」を花見の花として愛でるようになったのは奈良・平安時代ころで、万葉の歌の中にも、風光明美な題材として盛んに詠まれています。それ以前の「花見」とは里山で行う物忌(ものい)みのため儀式であったようで、野に咲く「石楠花」(しゃくなげ)や、躑躅(つつじ)などを持ち帰り、庭先に山の神である作神への依代(よりしろ)として立て、大いなる恵みと豊作を願うものでした。平安の文化開花に伴い、日本の花「さくら」は、花見の代名詞となりました。「さくら」は秋の実りの祈願花。可憐な中に妖艶さを潜ませた哀れなる美しさ。散り際の儚さ。これこそが日本人の心情と相俟って心より愛される花となります。「さくら」 指折り数えて待つ日々もまた愛おしいさをつのらせるのです。花は無機質であるが故、私が勝手に思うことであります。

  • 16Mar
    • 人の道

      この惨憺たる状況を誰が想像し得たであろうか。自然災害に人は為すすべもなく連鎖地震の脅威に今もさらされている。被害は拡大の一途をたどり、悲しみと不安が人々に覆いかぶさる。それでも、人は人としての道を歩まねばならない。心では被災地を思い、体は、自身の社会的役割を的確にこなす。国民一人一人が日本経済の担い手である以上、取り組める者がささえていかなければ復興は進まない。賢明に生きる被災地の方々と祖国のためにこの窮地をのりきらねばならない。

  • 09Mar
    • 百日(ももか)の儀礼

      「百日」 (ももか) は、生後100日から120日立った赤ちゃんに始めて食事をさせる内祝の儀式で、「お食い初め」(おくいぞめ) ともいう。実際には食べさせる真似をするだけで口にいれることはない。また、陰陽五行を踏んで、膳の色は男の子が陽で、赤。女の子が陰で、黒となる。食べ物に不自由することなく、健やかに育つようにと願いを込めて神棚と、先祖の霊に供えて後一族で相伴する。孫の愛らしい成長ぶりに目を細め口元が緩む月里でありました。

  • 05Mar
    • 上巳 (じょうし)

      3月3日は 「ひな祭り」 。女の子のいる家では、お雛さんを飾って祝う。古くは中国で、3月3日には重日思想により忌日とされていたことから、この日に厄を除け、穢れを祓うために、禊ぎを行っていた。日本では、形代(かたしろ)に穢れをうつし、川や海に流した。流し雛の風習がこれに当る。旧暦3月の節、初巳の日に行われていたので上巳(じょうし)と云われる。平安時代には、日本でも 「曲水の宴」 が張られるようになる。雛飾りについては、江戸時代初期に御水尾天皇の中宮和子(ちゅうぐうまさこ)~徳川家康の孫~が、愛娘(興子内親王)の七つの祝に人形を作り、飾ったのが始まりと云われている。お雛さんの位置が、表具と、御所雛とで反対に飾ってあるのは、また、次回の上巳の節句でのお話にする。

  • 03Mar
    • つくしんぼ

      三月弥生 (やよい) は 「木草弥生い茂る月」 (きくさいやおいしげるつき) と云われております。辛夷(こぶし)、三椏(みつまた)といった木々が花を付けるに加え、草たちもまた、負けずに大地を埋め尽くします。土筆 (つくし) 。なるほど、筆のように見えますね。まだ若い つくしんぼ を摘んで、お浸しもよし、天麩羅もよし。 

  • 02Mar
    • 引鴨 (ひきがも)

      3月は、北の国からやってきた渡り鳥たちが再び北を目指して飛び立つ時節。「引鴨」 (ひきがも) とは、渡り鳥が群れをなして飛び立つ様をいう。まっしぐらに飛びゆく姿は、周囲に翻弄されず、後ろを振り返ることなく一心不乱の様相が窺える。引き際、「飛ぶ鳥後を濁さず」 ということであろう。渋川晴海(しぶかわはるみ)ら、暦学者は中国の宣明暦を手本に日本の風土のあった本朝七十二候を作成するが、その三月節に「鴻雁北」(こうがんかえる) とある。これもまた、鳥は違えど解釈は同じである。渋川先生には申し訳ないが、「引鴨」(ひきがも) という言葉の方が潔さを旨とする日本人には美しい響きであるかもしれない。

  • 01Mar
    • 春泥 (しゅんでい)

      霞が立つほどに もやっとした雨上がり。道のところどころにぬかるみができていた。和装の私は足元が悪いと煩わしい思いが先に立つ。泥混じりのぬかるみのひとつに、足跡が点々々。肉球の形が薄っすらと残っていた。「春泥」(しゅんでい)だ。見方次第で気持ちも変わるものである。春一つ

  • 06Feb
    • 年中行事

      「年中行事」 は、一年間の慣例で毎年行われる行事や、催しを指し示す言葉です。古くから行われてきたものも多く、その手法は地域によって異なるものの無病息災、五穀豊穣を祈念するという名文の基、成り立っておりました。近年は情報社会が生み出した、新しい習慣が、大衆に受け入れられ恒例の行事となっているものが増えています。たとえば、 「聖バレンタインデー」 。その由来は、アイルランドのカトリック教徒バレンチヌス聖人が、ローマ皇帝クラウジウスのために殉教した日とされ、ローマ神話の「女神ジューノ」が結びついて愛の告白をする日、はぐぐむ日となった。日本では、女性が男性にチョコレートを送り、愛を告白する日。または、義理チョコを送る日としてすっかり定着しております。今や、年中行事という言葉も二つの意味を持つようになったということだと私は理解しております。①歳時にまつわる年中行事②情報伝達によって生み出された年中行事今日が終わって明日を迎えれば今日は歴史の1ページ。時代の変遷は、新たな年中行事を世に放ち続けることでしょう。

  • 03Feb
    • 「余寒」 (よかん)

      立春を過ぎて尚、寒さが残ることを 「余寒」(よかん) という今年は例年より寒いと感じるのは歳を重ねた体が思うわけで、毎年のことであるが・・・「余寒」 と聞けばもう春の到来は近いものと脳に指令が伝わるのがおもしろい。体感の寒さは変わらぬはずなのに気持ちは春に向かっている。

  • 01Feb
    • 如月(きさらぎ)によせて

      現代の 「如月」(きさらぎ) は、旧暦でいう正月にあたる月です。春の気が少しずつ感じられるようになって、地中からわずかにのぞく草の蒼をしばしば見とることができます。「下萌」(したもえ) ・ 「草萌」(くさもえ)と表現されますね。万葉の人々が待ち臨んだ春。私も散策がてら見つけてこようと思います。和風月名  「如月」(きさらぎ) 解説はこちらをクリック

  • 31Jan
    • 三寒四温(さんかんしおん)

      1月晦日。間もなく 「立春」 を迎えれば暦の上(旧暦節切りの場合)では 「春」 になる。この時節に、寒い日が3日続き、後に4日ほど温かい日が続くことを「三寒四温」(さんかんしおん) という。しかし、実際には日本の気候ではなく、お隣の大陸気候の現象といえる。厳しい寒さが、一時緩んだときなどに用いられ、春の到来が近いことを現わしている。春よ来い、早く来い 

  • 28Jan
    • 欵冬(ふきのとう)

      今年は雪が例年より多いようで「欵冬」(ふきのとう) が雪間から顔をのぞかすにはまだ時間がかかりそうだ。欵冬(ふきのとう) のほろ苦さと野の香り。待ち遠しい限りである。