食肉をペットボトルでつくる世界 「人工肉」は暮らしをどう変えるか

8/2(木) 12:00配信

Forbes JAPAN

 

動物を殺さずに、人間が「肉」を手がける時代がもうすぐやってくる──。

 森林破壊の原因の70%を占めるなど、環境に大きな負荷をかけている現在の食料生産。いままで通りの生産を続けることは、このままでは不可能だといわれている。そこで新たな希望として注目されるのが、「人工肉」だ。

 

 世界でもまだ参入企業が多くない中、東アジアで唯一、人工肉の培養に取り組むのが「インテグリカルチャー」。

 

2018年4月にリアルテックファンドや北野宏明(ソニーコンピューターサイエンス研究所代表取締役社長)に出資を受けたシードベンチャーで、「カルネットシステム(還流共培養方式での大規模汎用細胞培養システム)」が人工肉の生産コストを大幅に低下させる技術として注目されている。

 

SFの漫画や小説でしか見たことのなかった「人工肉」は、いまどの程度実現しているのか。また、それによってもたらされる私たちの「食の未来」とは。同社CEOの羽生雄毅、CCO(チーフ・カルチャー・オフィサー)の田中啓太に聞いた。

 

 細胞と細胞を掛け合わせて「肉のような」人工肉を培養する

 

──まず、「人工肉」とは何なのでしょうか。

 

 田中:シンプルに言えば、動物から採取した細胞を培養し、食べられるようにしたものです。アメリカのメンフィスミートではすでに実現していて、3年前の時点で200gあたり約2800万円での製造が可能です。なので、いまの大きな課題はコストダウンですね

 

──その値段では購入できませんね……。では、インテグリカルチャー独自の技術である「カルネットシステム」はどういうものなのですか。

 

 田中:CTO川島一公が開発した、培養液を循環させながら、動物から採取した細胞を組み合わせて培養する仕組み。「還流共培養」とも呼ばれています。例えば、異なる臓器の細胞をかけあわせて、レバーのもととなる肝臓の細胞を増殖させる。組み合わせ次第でいろいろな細胞を大量に安くつくることができます。

 

 既存の人工肉は一つの細胞を増やして生産されるので、完成するのはひき肉のような白い塊。食べることはできますが、味や食感の改善はこれからです。

 

──ひとつの細胞からではなく、複数の細胞が組み合わさった人工肉をつくるということですね。

 

 田中:はい。現状、他社が開発している人工肉は、スーパーマーケットで見る食肉のように繊維化していません。また、血管も通っていないので基本的には真っ白です。そこに後から色の成分を乗せる検討がされています。

 

カルネットシステムでは、「血管」をつくるための因子を組み上げることもできます。肉に血管が通っていないと、分厚い状態を維持できないので、ステーキを作ることはできないんですよ。サシに当たる脂肪細胞を組み込むことも可能です。このようにカルネットシステムでは複数の種類の細胞から構成される既存の肉に極めて近い味、食感の人工肉をつくれるのが一つのメリットです。

 

 羽生:もう一つのメリットは、コストダウン。カルネットシステムの技術で将来大規模プラントをつくることができれば、1kgあたり200円で人工肉を生産できます。人工肉の培養に使う「成長因子(特定の細胞を育てたり分化させたりするタンパク質)」はかなり高価で、これが人工肉作製の高コストの要因でした。

 

しかし、細胞培養ではこれを細胞同士の組み合わせでつくることができるので、ほぼノーコスト。もちろん、まだ海外でも最大で25Lタンクでの培養程度までしか実現していないので、大規模なプラントでの生産には時間が必要ですが。

 

──実現すればコストが10分の1以下になりますね。お話を聞いていると、なんだかiPS細胞に近い話だと思いました。

 

 田中:おっしゃる通りで、細胞培養は肉づくりと再生医療の両分野を支える技術です人間の細胞を扱うのか動物の細胞を扱うのかといった違いしかありません。実際、再生医療分野で世界的に有名な東京女子医大とも共同研究を行なっています。

 

──今後の収益化としては、やはりカルネットシステムを活用した人工肉の販売を目指すのでしょうか。

 

 田中:すぐに人工肉を商品化するのは難しいですね。まずはサプリメントやコスメの原材料、その次に商業用のプラントでサプリや食品を生産するつもりです。

 

 

カルネットシステムの細胞から栄養素を抽出するというプロセスは、これまでのサプリよりも身体から自然に栄養が生まれるのに近いプロセスです。なので人間にとってより自然かつ効果的な成分が組み合わさったサプリをつくれるはず

 

その後、2026年頃に「デザイナーミート」を販売するつもりです。これは細胞培養で生まれる新しい加工肉で、現在は魚類の油脂を配合した神戸牛など高付加価値な肉も想定しています。

 

 

「SF好きが高じて、人工肉を目指すようになりました」

 

 

 

──そもそも、なぜ人工肉を手掛けようと思ったのでしょうか。

羽生: SF作品に出てくる世界を実現したかったんです。3歳くらいからずっとSFが好きで、それをきっかけに大学ではナノテクノロジーを専攻し、新卒で東芝の電池周りのシステムの開発部署に入りました。最近は個人でVRにもはまっています。

火星開発なんかもやってみたいのですが、現時点ではまだ難しそうですね。とはいえ将来的には人工肉で宇宙開発の食料問題にも貢献したいと思っています。ロケットの打ち上げはいかに積荷を少なくするかがカギなので、船内で培養できるデザインミートは宇宙食にも適しています。さらに将来的には、宇宙で人工肉を培養する「宇宙農業」にも挑戦してみたい。それができれば次は外の銀河系にも進出してみたいし、やりたいことは無限にありますね。

──宇宙農業……!人工肉には、かなり大きなスケールでの可能性が秘められていますね。これまでの開発で、「いまSF世界に近づいている!」という手応えを感じた瞬間はありましたか。

羽生:特定の瞬間というよりは、日々の積み重ねがまさにそうですね。いま僕たちがやっているのは、より良い組み合わせを探すために細胞を掛け合わせるという地道な作業。これもSFに登場する実験みたいですよね。ですが、一番グッときたのは、ペットボトルのスポーツドリンクで培養に成功した時です。

──ペットボトルドリンクで人工肉をつくれるんですか!?

田中:実は人工肉の培地は、アミノ酸やグルコースなどスポーツドリンクとかなり成分が近いんです。

羽生:将来的には一家に一台培養キットがあって、気が向いたら自分で肉を生産できれば、かなりSFっぽくないですか?

──羽生さんは有志団体「Shojinmeat Project」にも携わっていらっしゃいます。こちらでは人工肉の作り方などあらゆる技術をニコニコ動画やYouTubeで公開されていますよね。インテグリカルチャーの利益化を妨げることにもつながりそうですが……。

羽生:もともとShojinmeatがリバネスから資金調達し、スピンオフしたのがインテグリカルチャーです。大雑把に言えば、インテグリカルチャーが商業向け、Shojinmeatは個人向け。

Shojinmeatではメンバーが自宅で人工肉を培養したり、活動報告の同人誌をコミックマーケットなどで売ったりして細胞培養の民主化を目指しています。一方で、インテグリカルチャーは人工肉生産の産業化を目指しています。

遺伝子組み換え技術など、大企業が技術を独占したため、特定少数の利益が優先されて揉めてしまい、技術の活用の幅が狭くなってしまったケースはたくさんあります。オープンソースはそうした事態を避けるため。また、業界全体が活性化した方が、中長期的にはうちにとってもプラスになると考えています。

栄養をとって終わりのキューブ食では味気ない

──「食の未来」がどう変わるのかを教えてください。マクロ面での人工肉の価値は、動物の殺傷や森林の破壊が少ないなどの環境面での持続可能性にあると思います。環境面について、今後の食分野の課題はどのような点にあるのでしょうか。

羽生:やはり一番は、「いまの食事を維持できるか」だと思います。牛肉がわかりやすい例ですが、私たちの食事は資源を食いつぶすことで成り立っています。牛丼1杯にかかる水や土地、運送費、エネルギーをいかに減らすか。こうした普段の食事をつくるための資源量を減らすことが重要になるはずです。

田中:環境問題についても、食糧生産は森林破壊の7割、温室効果ガス排出要因の18%に相当すると言われていますし、人口増加による食糧難に備えて国連では昆虫食を推奨しています。

人工肉はこれに貢献できる技術ですね。わかりやすい例では動物を飼育しなくても培養するためのプラントがあればいいので、ビルの一室で肉を生産できる。大幅にスペースを節約できます。

 

 

技術面よりも文化や倫理、感情の問題
 

 

 

──SF作品では栄養が詰まったキューブを摂取する世界がよく描かれます。しかし、お二人の話す未来はだいぶそれとは違っていて、人工肉でいまある食事を再現しようとしています。

羽生:キューブ状の食事は、SFの中でもディストピアの世界ですよね。もちろんそれもアリですが、それだけではやはりつまらない。人工肉に対するこうしたイメージも、今後変えていかなければなりません。僕は、誰もが幸せに生きるやさしいSFの世界を実現したいと思っています。

田中:食事は暮らしを形成する重要な文化です。なので文化の維持も重要な課題だと思っています。忙しい人がカプセルで栄養をとるのはいいですが、やはり手間暇かけて料理するという文化がなくなることはないし、なくなるべきではない。

羽生:消費者としても、ある日いきなりスーパーマーケットにキューブの人工肉が並んでいても買う気になりませんよね。単に食べることができる肉をつくるなら技術的にはあまり難しくないのですが、売れる肉をつくるとなると話は別です。

──では、「売れる人工肉」に向けた課題はどのような点なのでしょうか。

田中:技術面よりも倫理や感情、カルチャー面での問題が大きくなりそうです。単に環境にいいとか栄養面で優れているというスペックだけでは、消費者の心をつかめません。

羽生:それこそ、人工肉でもこんなにおいしいとか脂の量が少ないなど、刺さるメリットも人それぞれですよね。デザインミートを手がける際にもこうした部分に気をつけるつもりです。

一般の方に人工肉について話すと、「え、本当にSF世界のものを作っているの!?」と驚いてもらえるのですが、まだ現実の問題としてイメージできる段階ではありません。人工肉についての意識調査を行おうにも、現物を見たことがない人がほとんどなので肯定も否定も起きないのが現状です。

──これまでになかった食べ物なので、将来的にはいろいろ議論が起きそうですね。

田中:東アジアで人工肉を手がけている会社はインテグリカルチャーだけですし、カルネットシステムは独自技術なので、全世界でもうちだけです。ですが、アメリカでは魚肉を培養している企業もありますし、最近はこれまで輸入で肉を確保していたイスラエルが鶏肉の培養に力を入れています。

面白いのは、イスラエルのベジタリアンたちの間で人工肉を食べても良いのか議論が分かれていることです。ベジタリアンと一口に言っても、栄養面やアニマルライツ、宗教の戒律など、肉を食べない理由は様々。既存の肉を食べない人でも人工肉なら食べてもいいと考える人もいるそうですし、やはりダメだという人もいるそうです。

羽生:現在の食料生産を維持するのはおそらく不可能です。そんなときに、「細胞培養」はいまの食事に近い、あるいはそれを拡張するための重要なインフラになってくれるはずです。

インテグリカルチャーは、将来的には「細胞農業」のインフラ会社目指していますPC業界におけるマイクロソフトのように、人工肉に関わる全ての人にとってなくてはならない存在になりたいですね

 

Forbes JAPAN 編集部

 

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