東京2020応援プログラム・東京2020オリンピック・パラリンピック1000日前イベント! | 高木淳也STAFFオフィシャルブログ

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ジャパンアクションクラブ出身アクション俳優。アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市より武術のスペシャリストとして賓客招待されて活躍。ハワイ州ホノルル市郡政府特別顧問も兼任し、日本とアメリカでのデュアルライフを送っている。


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強く生きる!をモットーに!

 

【STAFF】

 

第1回『東京2020応援プログラム・インクルーシブ・スポーツ・TEAMカラテ・障がい者スポーツ交流会』が開催されました。

 

しかし、開催は困難を極めました。インフルエンザの猛威に参加者の欠席が相次いだからです。正に壊滅状態です。

 

高木は、そのような状況の中で参加した門下生の頭を撫で、「よく来たな。これからの人生もこのようなことが多々ある。どのような状況でも気落ちすることなく、全力で全うできる人間になれ」と、激励した。

 

息吹之會20年の歴史を振り返ってもこのようなことはありませんでした。

 

高木「衛生や食育等、社会教育の一環として全力を尽くしていますが、このような事態が続いています。文科省が昭和39年から行っている「体力・運動能力調査」では、昭和60年ごろから現在まで15年以上に渡り低下傾向が続いています。怪我をしやすく、運動機能の発育が顕著に見られません。とても残念ですが、このような事態が長く続いています。当然、免疫力の低下も否めません。気力の低下も起こるでしょう。我々は、更に警鐘していかなくてはならない。社会で生きて行く強さと厳しさを」

 

今回のテーマは、『強く生きる!』です。息吹之會は、どのような逆境も跳ね返す『社会教育』を目指しています。

  • 疲れた、面倒くさいを封印する。
     
  • 損得で考える思考を封印する。
     
  • 無気力を封印する。
     
  • 礼節を重んじ、清掃や社会貢献が当たり前に出来るようになる。
     
  • 強く、逞しく生きるために心身を練磨する。

密着した一日を二週に渡りお送りします。

 

 

息吹之會の課外講習準備は、毎回大変です。年々保護者の協力も少なくなり、時代の風景も変わったと高木は述べています。

 

バスには、AED(自動体外式除細動器)が積み込まれ、座席表は緊急時に対応できるよう配置されています。

 

今回も古澤裕子看護師が同行しました。

 

 

高木淳也の信念は“いかなる場合にも備えて対応せよ”

 

 

今イベントの実行委員長を務める大塚健一指導員から注意事項が告げられ、緊急事態にも備える意識づくりが構築されていきます。

 

高木「当会の課外講習は、実践で動ける体験学習の繰り返しです。完全に動けるようになるまで脳と身体に叩き込むのです。ただの学習では、人間は有事の際に行動する力は発揮できません」

 

 

さぁ、会場に到着です。今回は、北九州市障害者スポーツセンター『アレアス』の全面的な協力で、開催することができました。

 

 

冒頭の挨拶で、北橋健治北九州市長からの激励のメッセージを紹介する高木淳也。

 

北橋市長は公務多忙のため、今回出席は叶わなかったが、次回の開催には出席し、期待すると熱いメッセージを送って下さいました。

 

北橋北九州市長と会談

 

 

続いてのご紹介は、 下肢のみではなく、上肢にも障害を持つ重度障害者で組織された、車椅子ツインバスケットボール・足立クラブ所属の鍋田幸治さん。

 

高木ともすっかり意気投合し、今後も交流は続きます。そして、今回ツインバスケットボール体験講習にあたり、大変なご尽力を賜りました。

 

 

そして、今回多大なるご支援を賜ったのが、北九州市障害者スポーツセンターアレアス所長 有延忠剛氏。業務の合間を縫って、様々なアドバイスやご支援を賜りました。

 

ご支援者の皆様には、この場をお借りして、息吹之會関係者一同心より御礼を申し上げます。

 

このように沢山の方々のご支援を得て、『東京2020応援プログラム・インクルーシブ・スポーツ・TEAMカラテ・障がい者スポーツ交流会』は、開催されました。

 

パラアスリート講演

 

 

紫垣 裕憲 (シガキ ヒロノリ)
1977年7月8日福岡市生まれ。

2002年 事故で両足膝下を失う。
以後、再手術・リハビリテーションを続けながら義肢装具士を志す。

2007年 国家試験合格。有限会社おの義肢入社。

2012年 陸上競技 100mを始める。

2013年 100m、両下腿切断(T43)のクラスで日本記録16.31。

2014年 走幅跳、両下腿切断(T43)のクラスで日本記録4m13。

以後、100m・走幅跳を中心に国内パラ大会、全国障害者スポーツ大会、マスターズ陸上等に参加。

2016年 国際選手登録(IPC)登録のためにIPCグランプリ、ドバイ大会個人参加、 アジア記録走幅跳4m57。

2017年 11月22日現在、100m13.60、走幅跳4m86のアジア記録2つを保持中。

 

 

 

今回、高木淳也が最も力を注いだのが『パラアスリート講演』でした。

 

紫垣さんは、事故で両足を切断し、懸命なリハビリで日常生活を取り戻しただけではなく、パラアスリートとしても活躍しています。

 

約1時間に渡り、義肢装具士としての知識や経験、そしてパラアスリートとしても『人間の可能性』や今回のテーマである『強く生きる』心構えをしっかりと講義して下さいました。

 

高木「差し支えなければ、事故時の状況と心境をお聴かせ頂けますか・・・」

 

紫垣「私は常に何が起こってもおかしくない世の中だと思って生きていました。事故後、病院のベットで目が覚めて、意識が朦朧とする中、医師から“両足を切断したから”と告げられましたが、受け入れるのは早かったと思います 。~省略~ 手術後は、看護師さん達が体を拭いてくれたり、身の回りの世話をしてくれていましたが、リハビリが始まった途端、ベッドに投げ出された状態で突き放されました。全て自分でやっていかなくては、生きていけないのだと気付いた瞬間でもあり、突き放すこともとても大切なことだと思いました」

 

高木は子供達に何を伝えようとしているのか、何のために全力で奔走しているのか・・・。

 

『強く生きる!』。とても大切なメッセージが込められているような気がしました。

 

紫垣さんは、その後のイベントにも参加して下さり、姿勢も凛々しく、参加者全員に対し、奉仕の精神で溢れていました。

 

周囲への気遣いや対応は、正にアスリートです。

 

高木“アスリートは、涙を流してでも続けるが、二流は涙を流して逃げる理由を訴える”

 

 

 

高木「私は、障がい者の方とお会いする度に、人間としての強さと優しさを感じます。それは、健常者である私達が不平や不満を募らせ、感謝を忘れている証でもあります。社会貢献を行う若者が減ったという話をよく聴きます。理由は“面倒くさい”だそうです。我々息吹之會は、真っ向からぶつかり、社会教育を全うしたいと気合を入れる所存です」

 

次回は、インフルエンザもなんのその。元気一杯のちびっ子拳士達が登場します。

 

保護者と支援者も参加した『ツインバスケットボール体験交流とちびっ子拳士、ジュニア指導員の演武』をご紹介します。

 

 

 

何時もご訪問下さり有難うございます。

 

-by STAFF-

 

 


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