こんにちは
熊田信行です。
13. 急がば回れの「迂回作戦」
けっきょく、実際に私が採ったのは、「迂回作戦」でした。
現在の会社から、いきなり大学教授という目指す城郭
の本丸をねらうのではなく、一旦、
社外の調査研究所とか各種団体
に移籍し、実績を上げてから
のちに大学教授となる迂回コース作戦です。
以前に、忘年会の夜に、大学へ転職しようと私が決心
したことは、すでにお話ししました。
そこでまず、外部の調査研究団体へ転職し、そこを経由して
大学に移ろうという迂回作戦を実行したいと考えていました。
このころ、ちょうどタイミングよく、β研究所が、
「多変量解析応用研究会」というセミナーを
開催しましたので、それに参加しました。
この研究会で使った多変量解析に魅せられた私は、この研究会の
講師の方に「こんな分析をすることを毎日の
仕事にするなら、ずいぶんと楽しいでしょうね」と、
思わず口走ってしまいました。
すると、彼が言ってくれたのです。「それじゃ、
うちへ来ませんか!」と。
願ってもないことと大いに感謝し、翌月には
会社に辞表を出していました。
あとで知ったことですが、この研究所から大学へ
転職する人が出たために、その時も補充要員が
求められていたのです。
私の給料は、1年分くらい後退しましたが、それからの日々
は、毎日が仕事ではなく学校へ勉強に行くような楽しさの
連続でした。
この研究所では月刊機関誌を発行していましたので、
それに論文を掲載することによって、自作の論文が
自然とたまっていく仕組みになっていました。
この研究所を迂回する作戦は見事に的中し、あとでお話する
人身○○見本市に出ることにより、
数年後に私は大学教授になることができるのです。
この経過については、のちほど実際はどうであったか
についてご報告いたします。