カトリーナ、予想通りの展開だった。
自爆した感が否めない。
解決は時間の問題だろう。

…どこの職場でもあり得る問題。
私は、距離をおいたポジションにいるので、直接的被害は無いが、傷ついた周囲のことを考えると胸が痛む。当本人、カトリーナが苦しんでいると同じくらいに。カトリーナについても気の毒だが、新しい道を切り拓くことが明るい未来に繋がると思う。

そう、冷静に客観視出来るのは、やはり距離おいているからだろう。渦中にいると、見えるものも見えなくなるものだ。

今回の一件で思うのは、エネルギーの上手い放出の仕方、また効率的有効利用についてである。

管理者になって初めてわかる。
責任ある立場からの対応というのは、時として事なかれであり形式的になるのも一理あると。

いずれにしても、バランスよく木を見て森も見ていくことを心がけたい。
昨日は、誕生日。
家族とドライブ&行楽をゆっくり楽しんだ。

三十路を過ぎると、年々、誕生日が気恥ずかしい。その年齢に中身が伴っていないように思うし、現実的な重みを諸々感じるから。

しかし、家族、友人、知人らから温かいメッセージやプレゼントをいただくと素直に嬉しく感じる。

今年になって初めて、
貴方に助けられた、
幸せにしてもらった、
元気にしてもらった、
などとお礼を言われるようになった。

ありがたい。

さほど立派な人間ではないが、
御世辞が大半かもしれないが、素直に嬉しく受け取り、次の一年の活力にしたい。

昨日は、ゆっくり休んだ。

最近、仕事と自分のキャリアスキルアップのことばかりが頭を占めていた。が、ふと、子どもたちがそれぞれ言葉や表現が豊かになり、できることが増えていることに気付いた。

時間的余裕って、大切。

毎日一緒に暮らす家族に対して、そんな大切なことも気づかなかった自分に驚いた。

最低限のマナーや生活のしつけ、コミュニケーションについては教えているつもりだが、ほとんど放置状態。保育園でいろいろ教えてもらうのだろう。

子どもは自然に育つものか。

昨日は、相方が息子と家庭菜園の種蒔きをしていた。息子は、育て収穫することに、大いに張り切っている。しかし、勝手には育たない。日々の水やりやお世話は必須。

「子ども」そうかもしれない。
愛情という栄養や、食事などの身の周りの環境を整えてこその健やかな成長。

自分の中心には、家族がある。
家族を一番大切に、子どもを育てながら、自分を育てていきたい。

そんな想いを強く胸にした誕生日でした。