≪ドキ*ワク移住記①~きっかけは王様~≫
≪ドキワク移住記①~きっかけは王様~≫

※ひょんなことから鳥取県に拠点を作る運びになったわたくし、
生粋の土佐のはちきんシンガーソングライター矢野絢子。
そのきっかけから流れ流れて今ココ、までを何回かに分けて綴ります💛
(長いのでお暇な時にどうぞ☆)
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ずっと高知に住むもんだと思ってた。
それ以外の選択肢を44年間考えたこともなかった。
きっかけは王様(息子・高2)と彼の進路について話してる時。
「気が変わったっていい、その時やりたいことを何でもやればいいし、あんたはいつでも、どこへでも行けるんだよ、世界は自由だ!」
と熱い気持ちで彼に伝えながら、
「ん?あれ?これって別に年齢関係なく、私もそうじゃね?」
って思った。
まるで雷に打たれたみたいに、映画のセットを裏から見るみたいに、世界の角度がぐわーーーーっと変わった瞬間だった。
「私もずーっと、死ぬまで超自由なんだ」
と、息子に放った言葉がまっすぐ私に返ってきた。
私はシングルマザーで、おまけにミュージシャンで旅が生業なので、一人息子をここまで立派に育ててくれたのは同居の父母。
心のどこかで年老いてゆく父母に対して「こんだけお世話になりまくってるんだから、せめてずっと一緒に暮らして、そばにいよう。それくらいしか恩返し出来んからなあ」
と勝手に使命感を感じていた自分がいたことに気がついた。
それが「いつでもどこへでも行きたいとこに行けばいい」と思ったらめちゃくちゃ人生が軽くなった。
恩知らずでもいいや、もっとシンプルに無責任に、自分のために生きよう。
その上で私から父母に出来る恩返しは必ずある、と。
この発見は私の人生の中でも、めちゃくちゃ大きな発見だった。
心と身体がひとつ、ゆるんだ。
(いつも勝手に、背負っちゃうタイプなんだよな。私。)
そして、胸に湧いてきたのが
「いつか海を眺めながらピアノと一緒に1人で暮らしたい」
と思っていたこと。
その「いつか」を「いま」にしようと決めた。
あと約2年、息子の高校卒業のタイミングあたりで、私も息子も親離れだ!(息子の進路希望は県外)
と父母&息子に決意表明をする。
タイミングは重なるもので、両親も建て付けが怪しくなってきた今の家では無く、丈夫な父の実家に引っ越したいと思っているとのこと。(そこは父母2人で暮らすように設計した家だった)
「私は一人暮らしがしたい。みんな各々好きに生きよう」と伝えた。
息子はいつも通り「どうでもいい好きにしろ」と優しい適当さで、
母はどこかワクワクしてるような感じで、受け取ってくれ、
父は内心ショックを受けて、その後しばらく不貞腐れていたようだが(母談)放っておいたら元に戻った。
さあ、そうと決まったらあと約2年、お金を貯めながらゆっくりじっくり住まいを探そう!
と肚にきめ、計画を立て始めたのが2024年春。
しかし、人生は計画通りに行かないものである。
それこそが人生の醍醐味!
肚をきめたら人生が動き出す。その流れは自我には予測できないし、抗えないものなのだなと、宇宙の仕組みのスケールの大きさに改めて驚かされる。
そんな出来事が次々起こり始めたのである。
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②に続く。。。。