つれあい・純子のブログ

つれあい・純子のブログ

Jun-sunberry farm藤尾純のつれあい・純子の
苺まみれの日々から、「いま、ここで思うこと」。

Amebaでブログを始めよう!

テーマ:
2011年9月19日、震災から約半年のこの日は「さようなら原発1000万人アクション」として、全国各地で様々な取り組みが行われた。

東京会場・明治公園の「さようなら原発6万人集会」
・・・人、人、人で埋めつくされた会場。

はためく  福島隊」 の旗。

それは、「福島県内から、または避難先から、何台もバスを連ねて」
かけつけてくださった、福島のみなさん。
故郷を、生活の全てを、見えない「放射能」によって奪い取られた福島の・・・、
いや、違うな。そうじゃないな。


大量生産、大量消費を煽り立てる貪欲な経済、
その恩恵を当たり前に享受してきた私たち。
それが大きなウソと犠牲の上に成り立っていることに気付かなかった、
見ようともしなかった、私たち一人ひとりの「無関心」が、
彼らからこんなにも大きなものを奪い去った。


全てを選択してきたのは、私たちだった。
この悲劇を招いたのは、私たちだった・・・。


福島の代表としてスピーチに立たれた武藤類子さん。
(ハイロアクション福島原発40年実行委員会)
彼女の声を、たくさんの人に聴いてほしい。
原発爆発後の厳しい現実、失われた美しい福島への思い、為政者への怒り・・・、
でも、それを語る彼女の声は、とても優しい。
圧倒的な怒りと悲しみを内包し、それでも人間は、こんなにも優しく、強く、語りかけることができる。

このことが、希望。やっぱ人間って、生きていてもいいのかなと、思えたりして。
この悲劇を、しっかり胸に刻もう。私たちの責任も、しっかりと。
・・・そして、つながっていこうね。あたたかい、心でね。


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*







以下、文字起こしです。こちらもぜひ、かみしめて・・・。


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*


福島の皆さん、どうぞ立ち上がってください。
今日は福島県内から、避難先から、何台もバスを連ねて、
たくさんの仲間と一緒にやってまいりました。

初めて集会やデモに参加する人もたくさんいます。
それでも福島原発で起きた悲しみを伝えよう。
私達こそが原発いらないの声をあげようと、
声を掛け合い誘い合って、やってまいりました。


はじめに、申し上げたいと思います。
3.11からの大変な毎日を、
命を守るためにあらゆることに取り組んできたみなさん、
ひとりひとりを深く尊敬いたします。
そして福島県民に温かい手を差し伸べ、繋がり、
様々な支援をしてくださった方々に
お礼を申し上げます。ありがとうございます。

そしてこの事故によって、大きな荷物を背負わせることになってしまった
子ども達、若い人々に、このような現実を作ってしまった世代として、
心から謝りたいと思います。本当にごめんなさい。


さてみなさん、福島はとても美しいところです。
東に紺碧の太平洋を望む浜通り、桃、梨、林檎と果物の宝庫の中通り、
猪苗代湖と磐梯山のまわりに黄金色の稲穂が垂れる会津平野、
そのむこうを深い山々が縁取っています。
山は青く、水は清らかな私達のふるさとです。


3.11原発事故を境に、その風景に目には見えない放射能が降り注ぎ、
私達は被曝者となりました。


大混乱の中で、私達には様々なことが起こりました。
素早く張り巡らされた安全キャンペーンと不安の間で、
引き裂かれてゆく人と人との繋がり。
地域で、職場で、学校で、家庭の中で、
どれだけの人が悩み悲しんだことでしょう。
毎日毎日、否応なく迫られる決断。
逃げる、逃げない。食べる、食べない。
子どもにマスクをさせる、させない。
洗濯物を外に干す、干さない。
畑を耕す、耕さない。
なにかに物申す、黙る。
様々な苦渋の選択がありました。


そして今、半年という月日の中で、次第に鮮明になってきたことは、
事実は隠されるのだ。
国は国民を守らないのだ。
事故は未だに終わらないのだ。
福島県民は、核の実験材料にされるのだ。
莫大な放射能のゴミは残るのだ。
大きな犠牲の上になお、原発を推進しようとする勢力があるのだ。
私達は捨てられたのだ。


私達は疲れと、やりきれない悲しみに、深いため息をつきます。
でも、口をついて出てくる言葉は、
「私達をバカにするな」「私達の命を奪うな」です。


福島県民は今、怒りと悲しみの中から静かに立ち上がっています。
子ども達を守ろうと、母親が、父親が、おじいちゃんが、おばあちゃんが、
自分達の未来を奪われまいと若い世代が、
大量の被曝に晒されながら、事故処理にあたる従業者を助けようと労働者達が、
土地を汚された絶望の中から農民が、
放射能による新たな差別と分断を生むまいと障がいをもった人々が、、
一人ひとりの市民が、国と東電の責任を問い続けています。
そして、原発はもういらないと声を上げています。


私達は静かに怒りを燃やす、東北の鬼です。
私達福島県民は、故郷を離れるものも、福島の土地に留まり生きるものも、
苦悩と責任と希望を分かち合い、支えあって生きていこうと思っています。


私達と繋がってください。
私達が起こしているアクションに注目してください。
政府交渉、疎開裁判、避難、保養、除染、測定、原発放射能についての学び、
そしてどこへでも出かけ福島を語ります。
今日は遠くニューヨークでスピーチをしている仲間もいます。
思いつく限りのあらゆることに取り組んでいます。
私達を助けてください。
どうか福島を忘れないで下さい。


もうひとつ、お話したいことがあります。
それは私たち自身の生き方、暮らし方です。
私達は何気なく差し込むコンセントの向こう側を、想像しなければなりません。
便利さや発展が、差別と犠牲の上に成り立っているということに、
思いを馳せなければなりません。
原発は、その向こうにあるのです。


人類は地球に生きるただ一種類の生きものにすぎません。
自らの種族の未来を奪う生きものが、他にいるでしょうか。
私はこの地球という美しい星と調和した、まっとうな生きものとして生きたいです。
ささやかでもエネルギーを大事に使い、工夫に満ちた、
豊かで創造的な暮らしを紡いでいきたいです。
どうしたら、原発と対極にある新しい世界を作っていけるのか、
誰にも明確な答えはわかりません。


できることは、誰かが決めたことに従うのではなく、
一人ひとりが、ほんとうにほんとうに、本気で自分の頭で考え、
確かに目を見開き、自分が出来ることを決断し、
行動することだと思うのです。
一人ひとりにその力があることを思い出しましょう。
私達は誰でも変わる勇気を持っています。
奪われてきた自身を取り戻しましょう。


原発をなお進めようとする力が、垂直にそびえる壁ならば、
限りなく横に広がり、繋がり続けていくことが私達の力です。


たった今、隣りにいる人と、そっと手を繋いでみてください。
見つめあいお互いの辛さを聞きあいましょう。
涙と怒りを許しあいましょう。
今繋いでいるその手の温もりを、日本中に世界中に広げていきましょう。
私達一人ひとりの背負っていかなければならない荷物が、途方もなく重く
道のりがどんなに過酷であっても、目を逸らさずに支えあい、
かろやかに、ほがらかに、生き延びていきましょう。


ありがとうございました。


・・・・・・・・・・・・・・・ 以 上 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

テーマ:
祝島のお母さんたちは、スタジオジブリ作品で宮崎駿さんが描く、愛すべき女性たちと、とても重なって見える。

肝がすわってて、たくましくて、豊かな愛情にあふれている。

そんなお母さんたちが、闘っています。
がっつり日焼けした漁師のお父ちゃんと、仲間たちと一緒に。
雨の日も風の日も。 どうしても譲れない闘い。

生きる場所、生かされてきた場所、
ふるさとの、美しく豊かな海を守るために。

以前このブログでもご紹介した鎌仲ひとみ監督の作品「ミツバチの羽音と地球の回転」。舞台となる山口県上関町の祝島(いわいじま)。中国電力の上関原発建設予定地の真向いの島。補助金10億円を拒否し、約30年間、原発建設に反対してきた島。

島民の声を、実際の映像を、「ミツバチ~」が鑑賞できる方は映画で、
見られない方も、1度は動画で見ていただきたいなあ。
もう、泣けてきちゃうんです。まっすぐで。
なんというか・・・正義がある。

「祝島は海を売っちょらん!帰ってください!」
お金や権力なんかでは絶対奪えない、島で生きる人々の、強い強い思い。
そうか、大事なのは、これなんだなと、目の前が拓ける感じ。

この動画は2009年当時のもの。中国電力が埋め立て工事に伴うブイの設置を強行しようとしているところ。島民が漁船を連ねて抗議する、海上での攻防の様子。






(以下、zac×SPA!記事より転載です。ぜひ読んで。)

「原発と闘う小さな島の30年史 山口県・祝島」

― エネルギー自給100%、農業・漁業・福祉の自立を目指し島民の闘いは終わらない ―


瀬戸内海に、約30年にわたって原発を拒否し続けてきた小さな島がある。山口県上関町・祝島だ。周辺住民が補助金を受け取り原発受け入れと傾くなか、頑なに原発を拒否し続けた島民たちは、原発経済・補助金行政に依存しない島づくりを目指し始めている。



                 
目前の対岸に原発建設「海はカネには換えられん」

抗議する島民

瀬戸内海に浮かぶ小さな島、山口県上関町祝島。約500人の島民が、主に漁業や農業を営んで生活している。’82年、この島の対岸3.5kmにある田ノ浦地区に、上関原発の建設計画が持ち上がった。反対運動の中心として活動してきた漁師の山戸貞夫さんはこう語る。

「島の漁師たちが、中国電力に小旅行だといって伊方原発(愛媛県)に連れていかれ、原発の経済効果と安全性を説明されたんじゃけど…。地元の漁師に聞いてみると、カネをもらったはいいけど、海の温度や海流が変わったからか、それまでみたいな漁ができんくて困っちょるという。こりゃ海を壊すし、いかんわと思った。海はカネには換えられん」

地元8漁協のうち、祝島漁協だけが約10億円の補償金受け取りを現在まで拒否している。

「漁獲高に影響があるだけじゃなく、風評による値崩れも心配。それに、祝島では釣り客を漁船に乗せる遊漁業も盛ん。原発の前で誰が釣りをしたいかね?」(山戸さん)

島民のなかには、福島原発で働いていた者もいた。原発での労働現場がいかに危険かを聞いた彼らは危機感を募らせ、「愛郷一心会」(現・上関原発を建てさせない祝島島民の会)を立ち上げた。原発問題は町長選や町議選で常に最大の争点となり、建設推進派と反対派で町を二分する大論争となった。島民たちは議会を傍聴のため町議会のある長島へおしかけ、推進派議員に抗議した。毎週月曜日に行っている島内での反原発デモはもうすぐ1100回になる。強行される中国電力の現地調査や工事に対して、漁師たちは漁船を出し、体を張って阻止行動を続けた。

原発建設の趨勢は止められなかったものの、こうした現場での奮闘が建設を遅らせ続けてきたのだ。

抗議する女性

’10年9月から、中国電力は本格的に田ノ浦の埋め立て工事を強行し始めた。中国電力の作業員たちと祝島の島民たちが、海上で顔を合わせた。双方激しく口論し、年配の女性が歌を歌って抗議する。中国電力側は警備員を大量に雇って人間バリケードを作り、その中で作業を進めようとする。

その過程で、島の女性が作業員に押され、怪我をする事件が起きた。現場にいた中国電力の社員は全く動かない。結局、海上保安庁の船が搬送したが、これには島民も怒り心頭に発した。

福島第一原発事故後の3月15日、中国電力は工事中止を発表。しかし、散発的に発破作業を続けるなど、事態は予断を許さない。



小さな島でビワ栽培、棚田再生…脱原発へ経済的自立目指す

ビワと山戸さん

ある推進派の町民が口にした言葉が、山戸さんの耳にこびりついている。
「命が惜しくてカネがもらえるかね!」

原発建設計画が持ち上がった約30年前に比べて島の人口は半減、高齢化も進んだ。仕事がないため若者が島に戻ってこず、医療や介護問題も深刻になる一方だ。

「カネを餌につけ込まれて原発経済・補助金行政に依存しないよう、経済的にも自立を目指さんと」(山戸さん)

山戸さんの息子・孝さんは、中学を卒業後、島を出て大阪で就職したが、島に戻ってビワを食べ、そのおいしさに「これで食っていける」と自信を持ち、Uターンを決意したという。

ビワは無農薬栽培で、葉を加工した「ビワ茶」も作り始めた。ひじきや干し大根などとともに直販で高い評価を受けている。「何とか軌道に乗ってきました」(孝さん)。

北海道で肉牛を飼育していた氏本長一さんもUターン組。現在、祝島の代名詞のひとつでもある「棚田」の再生を目的とした循環型農業を実践中だ。

「島には、耕作放棄されて荒れ放題の棚田がたくさんあります。まずそこに牛を入れて雑草を食べてもらいます。その後で豚を入れると、土の中の草の根やミミズを食べようとして鼻で土を耕してくれます。重機などでやるよりもずっと効率がいいし、家畜の糞が肥料にもなります」

家畜の餌はほかに、売り物にならないビワや家庭の生ゴミ、畑で余った野菜などを与えている。

「おかげで、島外に送って焼却処分をしていたゴミの量も減り、一石二鳥です」(氏本さん)

安全な飼料を食べ、完全放牧で健康的に育った家畜はブランド肉となり、東京の一流レストランに高値で仕入れられている。また、牛や豚が棚田から逃げないよう張り巡らされた電線は、自家用の太陽光パネルから給電されている。



「危険な電気はいらない」島民らエネルギー自給へ

海と密接に生きる

島にはもう一つの悩みがある。人口の約4分の3が高齢者。介護問題が重要な課題となっているのだ。原発推進派の多い他の地域では補助金が投入されているが、どれもハコモノ建設ばかりで行政サービスは貧弱。そこで、島民たちは自分たちで高齢者介護を完結させるべく、ホームヘルパー講習を集団受講した。’04年には約20人がホームヘルパー3級の資格を取り、’09年には約10人が2級を取得。空き家を利用した寄り合い所も建設中だ。「民宿くにひろ」の国弘公敏さんはこう語る。

「行政に頼れば、そこにつけ込まれてしまう。それなら島の年寄りは島の人間が面倒を見ようと。それに、そのほうがみんな幸せなんじゃないかな」

さらに島民たちは、エネルギー自給も目指し始めた。孝さんが中心となり、「自然エネルギー100%プロジェクト」が始まったのだ。

「危険な電気の押し売りはいらない。『結局、あんたらも原発の電気をもらっちょるじゃろが』と推進派からよく批判されますが、じゃあ自前で作ろうということになりました。島内外から出資者を募り、その基金をもとにして太陽光パネルなどでエネルギー自給しようというものです」(孝さん)

環境エネルギー政策研究所(!SEP)など、外部団体もこのプロジェクトを後押しした。

孝さんは「でも、そもそも代案を出さなければ原発に反対してはいけんのじゃろうか?」と言う。

「代案がなければ危険を一部の人に押し付けていいというほうがおかしい。代案を出すよりも前に、反対する権利があると思う」



行政・中電の圧力、カネの誘惑にも屈せず…原発と闘う祝島

小出裕章さん

                                小出裕章さん

40年にわたって原発問題に警鐘を鳴らしてきた京都大学原子炉実験所の小出裕章助教は、以前から「上関原発の建設は実現不可能」と断言してきた。その根拠とは何なのか?

「今まで上関に原発が建てられなかったのは、祝島の島民が行政・電力会社の圧力に屈せずに反対してきたからです。単純なようですが、彼らがお金の誘惑に屈せず、自然とともに生きる島の暮らしを貫く限り、上関に原発はできないと考えていました。

原発を受け入れると、補助金事業などで一時は潤いますが、豊かな自然環境を壊された地元は、農業・漁業・観光産業が衰退してしまいます。賛成派と反対派の争いのなかで、地域の繋がりまでも失ってしまう。そして何もなくなった住民たちは、生活のためさらに原発を欲しがる…。こうして、原発依存からずっと抜け出せなくなってしまうのです。

祝島の人々のように、一時のカネに左右されず、まっとうに生きること。子供たちに残したい地元の姿を想像すること。それを目指すだけで、原発は不要になります

 ■小出裕章氏(京都大学原子炉実験所) 原子力の専門家としての立場から、40年にわたってその危険性を訴え続けている。著書に『原発のウソ』(扶桑社新書)など

取材・文/足立力也、北村尚紀(SPA!)

コスモス6月16日周防大島町議会が「上関原発凍結」を可決。(山口新聞)同町は上関原発建設に伴う原発交付金が配分される上関町周辺2市3町の一つで、交付自治体のトップを切って「新たな原発建設の凍結」という判断を示した。「全会一致の議決」だった。すごい…!でもその後、上関町の町議会では上関原発白紙撤回の議案を否決。福島の悲劇を現実に見てもなお…なのか。小出先生の言葉どおり、「まっとうに」生きる覚悟を、持ちたい。

テーマ:
原発を推進してきたみなさん、あなたたちは「想定外」という言葉を、絶対に使ってはいけない。
「遺憾だ」とか、「残念だ」とか、「信じられない」とか、全部、云う資格ない。
これまで、災害に関するどれだけのデータが、あなたたちのもとへ届けられた?どれだけの真剣な危惧が示されてきた?あなたたちはそのすべてに対して、どんな対応をしてきた?あなたたちがしてきたことで、一体どれだけの子ども達の人生が奪われたと思う?これから、奪うのだと思う?

新しい原発を造ろうとした時、地元住民からは当然不安の声が上がる。たくさんの事故を聞いたことがある。だって放射能だよ、プルトニウムだよ。普通に考えたら、絶対近くにはあってほしくないもの。そこで、電力会社がどんな手を使って地元を骨抜きにするか・・・。自治体の首長…本来、住民の健康と生命を守るためにあるはずの、この人たちが、いったいどんな考えで、原発を受け入れていくのか・・・。


・・・高木孝一敦賀市長の「原発講演会」・・・

今回は、1983年1月26日石川県羽咋郡志賀町で開かれた「原発講演会」(地元の広域商工会主催)での高木孝一敦賀市長の講演内容を、紹介・・・というか、告発、したい。
この講演内容は、内橋克人著「原発への警鐘」(講談社文庫)に掲載されていたもの。(リンクさせていただいたのは、その全文を紹介された橋本尚幸さんのブログ)

「“これが自治体の長の言葉?!”と驚くと同時に、原発による地域振興なるものの実態がよく理解できるはずです。原発が札束をばらまきながらやってくる、そして人を、町を、ボロボロにしてしまうことが、立地自治体の本音とともに問わず語りに吐露されています。」・・・本文より。

「今、自分たちに金が入ればいいじゃないですか。50年後100年後に「かたわ」の子どもばかりが生まれたって」・・・ざっくり云うとこんな恐るべき発言を、住民の前で元気いっぱいぶちあげる高木孝一。これもやはり、知ってる人はすごくよく知ってるのに、知らない人は全く知らない。こいつ、あまりにもひどい。気分が悪くなる。また、講演の最中の(会場ドっと笑い)とかに、さらに気分がおちる。だから、「体調のいい人だけ」に読んでほしいかな。お疲れ気味の方、体調のすぐれない方には要注意。でもやはり、知っておくべき毒もある。「地元の先生だし」とか「誰がなってもねえ」とか「頼まれたから」とかで権力者を選んでは、絶対いけない、という警告として。

「原発と地域振興」・・・石川県敦賀市 高木孝一市長の講演会

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス