9日目:『モンゴル テルレジ』遊牧民ゲルでの滞在3日間初日
モンゴルより北京に帰って(戻って)来ました。
モンゴルは7日に到着したので、ちょうど一週間程の滞在でしたが、
やっぱり中3日間のテルレジでの遊牧民ゲルでの滞在が印象的でした。
総括はまた別の記事に書くとして、
まずは初日!!
今回のモンゴル訪問の目的はコレ!だったので
氷点下とか、そんなの関係なくテンション高くなっていました。
mixiで知り合った方に紹介して頂いたので、
色々考えた結果、日本語が話せるガイドさんで
2泊3日で47,800円というツアーをお願いしました。
(金額の事とか、サービスとかその辺についての総評はまた書きます。)
朝10時にガイドさんと運転手さんがベンツで登場!
今回の滞在先は、ウランバートルから東に車で2時間程走った所にある
「テルレジ国立公園」
道路の状況は、市内は特に問題ないが、
途中途中に、速度を出しすぎない様にしてあるので、
その前後はスピードを落とす様にしてある。
それ以外は、イメージ通り牛や馬が道路をよぎるので、
その時は車はスピードを落として動物優先。
国立公園に入る前に、オボーがあったので休憩。
美しいく神々しい。
オボーとは丘や峠の頂上などに大きな石を円錐状に積み上げたもので土地の守護神が宿るとされており、
石積みの真ん中に立てられた柳の枝にはラマ教の経文の書かれた青い布きれが結びつけられていた。
この青い布はハダクといい、青以外にも、黄色や赤、白の4色の布がまかれているらしい。
僕はラサ、ポタラ宮にも行ってみたいと思っているのですが、
それはこのオボーを何かのサイトで見た時に心が反応したからで。。
とはいえ、
それがこのモンゴルで見られると思っていなかったので、感動。
更に車は進み、国立公園内に入って行く。
国立公園内は当然だけど、山道となり道路状況も悪い。
わざわざベンツでなくても。とは思ったけれど、
道中に車が故障しているのを何度も見かけたので、
結果よかったのかな、と思う。
テルレジ国立公園を進んでいき、有名な亀岩と対面。
しかし、山に入って行くとかなり寒く、雪がちらついてきた。
(ガイド曰く氷点下-7度ぐらいだったらしい)
ゲルの近くになると、馬に乗った人ともすれ違い
そしていよいよゲル到着。
到着してテンション上がったんですけど、
この写真で気付く人もいると思いますけど、ゲルから電線がw
そう、今はゲルにも電気が通ってるんです(ノ◇≦。)
おそらく日本人向けのツアーなので、そういうゲルなのかもしれないけど。
お隣さんのゲルにも電気が通ってたし、テレビもありましたw
(僕が泊まったゲルにはテレビはなかったけど)
泊まったご両親の家族はデール(遊牧民の服装)は着ていませんでした><
遊牧民を示す定義がよく分からないけれど、
国立公園の中は、自然もたくさんあるから、
大移動をする必要がなく1年を過ごせるんだと思います。
市内のはずれにもゲルはたくさんあったし、
ゲル=遊牧民という認識は間違いなんだろうな。
少し残念だけど、これが2010年のリアル。
話を戻して、到着したらお母さんがミルクティー(スーティツァイ)を出してくれた。
モンゴルのミルクティーは、砂糖ではなく塩を入れるらしい。
理由はよく分からなかったが(昔から)、砂糖よりも塩の方が手に入るみたいで(岩塩が有名)
更に寒い地方だから、日本と同じ様にしょっぱいものを好む&必要なのかもしれない。
あと、フレッシュチーズを出してくれたんですが、
このチーズは子供を生んだばかりの牛から搾ったミルクから作ったもので
栄養価が高いらしく、貴重な食べ物らしい。
臭みもまったくなく、フレッシュでした。
そのまま少し待つと昼食。
このスープがメチャクチャうまかった。
ホルホグというらしい。
じゃがいも、にんじん、カブなどが羊肉と一緒に煮込まれてて、
寒い身体を一気に暖めてくれた。
羊入りのポトフと思えば分かりやすいかな。
続いて焼うどん(ツォイワン)
モンゴルではお米も食べましたが、小麦粉の料理が多かったです。
やはり寒い場所というのもあるし、ロシアからの物資の影響を受けているので、
パンとか、小麦系の料理がほとんどでした。
食事を終わらせると、隣のゲルにバスが到着。
モンゴルは経済発展中で、国内GDPも上り調子という事もあり、
ガイドという仕事の需要が増えているらしく、ガイドを目指す若者達が勉強に来ていました。
ガイドもA,B,Cとランク制での資格制となっていて、ランクによって給料が違うらしいです。
ただ、今のウランバートルに住む若者達にとってもゲルでの生活は非日常的で、
ゲルでのホームステイは、もはや旅行という認識になってる人が多いらしく、
ゲルを見て驚きの声をあげ、番犬にびびっていました。
僕はついてすぐに、番犬を手なずけていて、
彼らがそれを見てビックリしてました。
僕の方がモンゴル人らしいですね。
残念ですけど。
これが2010年モンゴルのリアル。
食事を済ませて一休みしてからいよいよホーストレッキング。
隣のおじさんは、デールを着ていた!
さあ、いよいよ馬に乗ってホーストレッキング開始です!
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8日目②:『モンゴル ウランバートル』スフバートル広場、国会議事堂、市内観光
8日目:『モンゴル ウランバートル』ガンダン寺院/チベット仏教(密教)
の続き
明日からのゲル遊牧民ツアーを手配してくれた旅行会社に
日本人向けのホステルを紹介してくれるとの事だったので、
Zaya Guest Houseに変更。
しかし、到着してメイドが出て来た者のまったく伝わってない><
「予約入ってますか?」
「んにゃんにゃんにゃ」←モンゴル語
「予約入ってますか?」
「んにゃんにゃんにゃ」←おそらくモンゴル語
「予約入ってますか?」
「んにゃんにゃんにゃ」←たぶんモンゴル語
まったくわかんね~!!
ということで、ジェスチャーで泊まりたい旨を伝え、
取りあえずベッドに通される。
おぉ、こんなセキュリティで大丈夫なのか?
とも思いながらも、どうするかと考えていると、
「インターネット!!」
と、言われたので、ネットを開いてメール確認。
しかし、何も連絡が来てないので、、、
面倒だから、その場で予約w
「これでOK!?」
と確認すると、
「OK!」とのメイドの返事。
取りあえず一安心。
そこから外出する旨を伝えて、ウランバートルを見学するのでした。
「Peace Avenue」というメイン通りがホテルのすぐ目の前にあってそこから散歩。
(ウランバートルに泊まると、大抵この通り沿いのはずです。)
右に行けばガンダン寺院、左に行けばスフバートル広場があるとの事で、
15分程歩いて行くと大勢の人が何か集まってる。
と、思ったらデモでしたw
誰かの声が響き渡る中、更に進んで行くとありました。
あれ?後ろ向き。
ということで、正面から撮影(逆行だったので難しい)
えぇっと、この人がスフバートルさんですかね?
勉強不足w
でも、こっちは分かりましたよ。
このスフバートル(仮)の正面にいるのは、、、
チンギス・ハーン
どぉーん∑(゚Д゚)
ということで、モンゴル政府宮殿(モンゴル国会議事堂)
しかし、広場だけあって、風が自由気ままに襲って来ます。
ムチャクチャ寒い(ノω・、)
ということで、他にもオペラ劇場とか、文化宮殿とか近くにあったけどスルー
次はどこに行こうかな。と思って地図を見たら、
右上の方に「TOKYO STREET」と書いてある!
東京の何かあるのかもしれない!!??
ということで、更に左に進んで行きました。
広場からの景色
なんだっけな。なんとかホテルw(後で訂正します)
モニュメント
モニュメント
誰だろう?
チンギス・ハーン ホテル
バスで通勤、通学する人々
モンゴル日本センターという建物発見!!!
日本から無償で提供したらしい!!!
(どこにそんな金があるんだ!?)
勝手に入って(まぁ日本人だしいいかなと。俺らの税金で立てたんだしね)
図書館を発見したので、中に入ってみると、みんな真面目に勉強してました。
あなたの日本語は何級ですか!?
無事一級でしたw
ホテルに戻ろうとすると、
こういうの撮影しちゃうよねw
「AND」を今のモンゴル文字で書くとこうなるみたい。
ちなみにモンゴル語をWikiで調べるとこんな流れみたいですね。
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モンゴル語の表記は歴史的に、縦書きのモンゴル文字 により表記される蒙古文語 が専ら使用されてきた
(ただし後述のキリル文字などが出てくるまで、モンゴル文字が全く伝わらなかった地域も存在する)。
ソビエト連邦 の全面的な支援によって中国からの独立を果たしたモンゴル人民共和国 では、
一時ラテン文字による表記体系が宣伝された時期もあったが、
結局ロシア語
のキリル
アルファベット
に2つの母音字を加えた表記体系をモスクワからの指示で
1941年 に採用し、言文一致の表記が可能となった。
1957年 にはキリル文字で書かれた教科書も出版されている。
他方、中国内のモンゴル系民族はモンゴル文字 やトド文字 による表記体系を現在まで維持し、
モンゴル人民共和国のモンゴル語とは、文字により分断されてきた。
なお、内モンゴル自治区では、文字こそ伝統的なものではあるものの、
かつての文語ではなく、言文一致を指向してきたことは注意を要する。
モンゴル人民共和国は旧ソ連の崩壊に伴ない脱社会主義を果たして新生モンゴル国 となったが、
その際に、民族意識の高揚と共に、伝統的なモンゴル文字を復活させようという動きが一時高まった。
1991年 には国家小議会 第36号決定において、1994年 か らのモンゴル文字公用化が決定され、
その準備が指示された。しかし、内モンゴル自治区の新たな文字表記との接触がほとんどなかった
一般国民の間では、「モ ンゴル文字」イコール「話しことばとは無関係の文語」というイメージが
定着してしまっており、言語そのものと文字の関係に関する正しい理解が得られなかっ たことなどから、
一時期は正式に計画されていたモンゴル文字への全面的な切り替えは正式に中止された。
現在、モンゴルの一般教育では週1時間のモンゴル文字の時間が設置されているが、
社会的にはすっかり無関心になっていることもあり、生徒達も自分の名前をモンゴル文字で書ける程度である。
なお、モンゴル政 府は、パソコン上での使用のためのラテン文字 への置換え基準を正式に制定したが、
国民の規範意識は低く、メールなどでは個人によってバラバラの表記が通用している。
(Wikiより)
ん~。
「ロシア語のキリルアルファベットに2つの母音字」
が、モンゴルの文字って事でしょうか??
1週間程滞在しましたが、よく分かりませんでした><
しかも、TOKYO STREETを歩いたけれど、
東京に関連するモノはまったくありませんでしたo(;△;)o
ドンマイ(T▽T;)
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