こんばんは。

 

本日もご訪問いただきありがとうございます。

 

いよいよ本格的な雪の季節となりました。

凍り付いた西風がビュービュー吹きすさびます。

 

 

降ったり融けたりをくりかえして、季節は進みます。

今年は全国的に何十年ぶりの自然現象が多く、

この時期、意外な地域で降雪がありました。

 

 

とはいえ、こういうことが脳に刺激を与えてくれます。

脳が元気になるかもしれませんので、

寒さに負けず張り切ってまいりましょう!

 

「遺伝子に気付かれないダイエット」を考えています。

 

私たちはどこへ行こうとしているの?

私たちの遺伝子は、

狩猟採集生活の時代に作られました。

 

その遺伝子を持って現代の文明社会を生きるなんて、

あまりにかけ離れていて、

遺伝子は途方に暮れていることでしょう。

 

同時に私たちのからだも、

遺伝子にかなっていない暮らしにおどろきあわて、

正しい反応が出来ないままです。

 

定住生活を始めて1万年、文明社会での暮らしは

日本ではほんの150年でしかありません。

科学技術の進歩と資本主義の極限化で

最初の260万年をも越えているのかもしれません。

 

この極端なスピードにのって、

一体私たちはどこへ行こうというのでしょう。

必要なものは何?

 

うーむ、ちょっと深刻になってしまいました。

ですが、こうして遺伝子の成り立ちについて考えてみると、

いま私たちがやっていることは、

ほとんど文明に溺れた暮らしとしか言えませんね。

 

生き物本来の姿からはやはりかけ離れています。

その中に表れる私達にとっては不都合な事態に、

さらに不都合な対処をしているのではないでしょうか。

 

ここはひとつ、立ち止まって問い直してみましょう。

 

わたしはいま、しあわせだろうか?

 

もし不幸せだと思うのなら、それはなぜだろう?

 

一体、私に必要なものは何だろう?

 

大企業の社長のように

天文学的な額の報酬だろうか?

 

何十年もかかって払う住宅ローンだろうか?

 

いつだかの経団連会長のように、

メザシを食べてよしとする生活だろうか?

 

誰かよりも優秀な頭脳だろうか?

 

ちやほやされるための美貌だろうか?

 

優越感を感じるための体型だろうか?

 

デブは不幸なのだろうか?

私は娘のためのダイエットについて考え始めました。

しかしこうして改めて考えてみると、

結局、良い出会いのためには

今のままでは不利だろう、ということなのです。

 

娘は、韓国のなんとか言うグループに夢中です。

「これが唯一の楽しみなんだから、ほっといて。」

と言います。

 

そう言われると、

「将来のために」とか「体のために」とか、

親がしゃしゃり出ても意味がありませんね。

一応大人ですし、自活もしていますから。

 

デブはだめ、デブは不幸、という決めつけは、

もしかしたら違うのかもしれない、

と、ふと思います。

 

本人がしあわせと思っているのなら、

たとえ遺伝子の予測していない事態だとしても、

いいんじゃないか、とも。

 

ある意味、

「文明人で悪いか!」という居直りですが、

本人が思い直さない限りどうにもなりませんね。