10月、神無月が間もなくやってきます。あの暑さも何処かへ去り、何をするのにも快適な頃となりました。神戸の街中を歩いていますと交通量の多い道路横に場違いなススキ穂波に出会いました。それなりに見事な眺めでした(写真1)。またcoolスポットという施設(写真2)を見つけ、ここに立ち寄りしばしの休憩をしました。都心の高層ビルに挟まれ、手軽な休憩オアシスでした。

             写真1 ススキの穂波

 

   写真2  coolスポット

 

 朝夕の冷気が強くなると少しずつ上気道炎、つまり風邪の患者さんが増えてきます。風邪は万病の元とされており、稀とはいえ重症感染症の前兆のことがあります。風邪と思っても油断は禁物、やはり感染症は人類にとって脅威なのであります。今回、感染症研修会(写真3)に出席し、あらためて感染症について考え直しました。

 本研修会は兵庫県医師会、兵庫県ならびに県の保健所長会の三者による合同主催という珍しい会です。感染症に対し、医師会と行政が一丸となって対応する姿勢を感じました。この中で川崎市健康安全研究所の岡部信彦・所長のお話しが、大変興味深いものでした。岡部先生は小児科感染症の重鎮であり、その論文を私も常日頃よく読んでいるところです。今回、初めて直接、御本人から話を拝聴することが出来ました。多くの知見を得ることとなりました。そのうち特に興味深かったことを二つ紹介致します。

 まず一つ目です。四方を海に囲まれた日本には、昔から(今でもそうですが)外国から感染症が持ち込まれ入ってきました。例えば鉄砲が伝来する少し前に外国から梅毒が輸入され、またたく間に日本全国に梅毒が蔓延したことはよく知られています。また数年前に大流行した新型インフルエンザ騒動は記憶に新しいところですが、これも外国からの輸入感染症でした。さらに本日(927)の報道によると、エボラ出血熱ウイルスの研究のため国立感染症研究所に同ウイルスが日本に輸入されたことが話題となっています。このように歴史をみても日本は常に輸入感染症に入ってこられているのです。面白いことに江戸時代において既に輸入感染症に留意した医師がいました。その医師とは伊東玄朴(18001871、写真4)という蘭方医です。玄朴先生は自ら著した醫療正始(1835年刊行)という医学書の中でインフルエンザのことを印弗魯英撒 (いんふりゅうえんざ)と記載しています。岡部先生は、「この印弗魯英撒とはインド、フランス、ロシア、イギリスから撒き散らされる病と解釈できる」とお話しされました。つまりインフルエンザは外国からの輸入感染症だということを既に江戸時代の医師は気づいていたのです。この解釈には会場内に笑いが起こりました。私は医史学を長年にわたり学び親しんでいるので伊東玄朴先生の名前はよく知っています。玄朴先生は蘭方医として初めて将軍の侍医になったことで有名な人ですが、このエピーゾドを初めて知りました。このように日本では輸入感染症が、いつの時代でもトピックになっているのです。

 二つ目です。2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、これを目標として感染症の制圧をしようという機運があります。たしかにスローガンとしては良いでしょう。しかし感染症は何時でも何処でも侵入してきます。オリンピック・パラリンピックが過ぎても感染症の脅威は常にあるのです。オリンピック・パラリンピックに注目したものの、その後油断することは適切ではありません。我々は特殊な感染症(エボラ出血熱など)、日常の感染症に対する注意(インフルエンザなど)、忘れそうな感染症(結核など)の三つの感染症に対する注意が必要なのです。そして岡部先生は結論として「恐れ過ぎずに、忘れずに。いつも(平常時に)できることをきちんとしておく。これがいつも必要です」ということを述べられました。確かにその通りと感じ入ったところです。                                                        101

 

 

写真3 当日のプログラム表紙

 

写真4 伊東玄朴先生
                神埼町のHPからの引用
                            
https://www.kanzaki-useum.com/frmItouDefault.aspx