そんなわけで彼女とのメールのやり取りが始まった。たかが出会いサイトで知り合った女の子とのメールのやり取り。そんな些細な出来事が俺の生活に潤いをもたらす
朝起きたら彼女におはようのメール。朝起きたら大抵は二日酔いの俺である。タバコを吸いながらいつも朝起きた時に感じる、あのアルコールが抜けていない霧がかかったような朝を彼女とのメールが晴らしてくれて
稼働中に凱旋の天井を目指しているだけの時間。いつもなら死んでるだけの時間だが、彼女とのメールで凱旋の天井を目指してるだけの死んだ時間に息吹があたえられ
稼働を終えて一人酒を飲んでいる夜。誰もいない部屋に帰って一人晩酌に明け暮れる日々に彼女とのメールと言う灯りが灯り
実際はスロプーな俺だが、メールの中では俺は百貨店のバイヤー徹平。お洒落な30代百貨店のバイヤー徹平をメールの中で演じなければならない。
今日ポールスミスでスーツ安くしてもらってラッキーだったよとか、今日サマンサタバサでバッグの在庫が合わなくて残業になって大変だったよとか
いかにもお洒落な百貨店のバイヤーを演じるメールを送り
今日出勤中の電車の中でお腹が痛くなってさ、危うく油断したら大人の尊厳を失うとこだったよ。危なかったぜ、俺の胃腸頑張ったよ
などなどちょっと愉快な人だと思われるメールも送り
彼女の名前はさき。メールをしていく中で呼び方をさきさんからさきちゃんへ。
俺の名前は徹平。メールをしていく中で呼ばれ方が徹平さんから徹平君へ
徐々にメールをしていく中でさきちゃんとの仲が深まっていくのを感じる。嘘てんこ盛りのメールだが、俺の生活の中でさきちゃんとのメールは次第にかけがえのないものになっていく
今年になって俺が始めてメールを送った相手はさきちゃんだった。今年になって始めてメールが来た相手はさきちゃんだった
そして今年始めて人と会う約束をしたのもさきちゃんであった
さきちゃんと1月10日に会う約束をする。1月10日が来てさきちゃんを駅の改札で待つ
さきちゃんを駅の改札で待っている間に突如俺のの心臓が鷲掴みにされる。いきなり物凄い緊張感に襲われる
普段味わった事のない緊張感。凱旋で1430ゲームを超えて、1430ゲームから中段黄7や斜め黄7を連続で引いて、天井前にパキンパキンと言う音を立てて、凱旋の天井直前にATに当選しちゃうよぉー?天井ど直前にやっちゃうよぉーと言った、普段感じてる緊張感とは比べ物にならない程の緊張感が俺を襲う
俺はメールで自分のハードルをあげすぎたんじゃないだろうか?そもそもさきちゃんに送った俺の写メは光と角度が織り成すデリヘルのパネマジもびっくりなイケメン風の写メ
昔くずたろうにブログに載ってる写メと実物が全然違うやないかいと言われた事を思い出す。もしかしてさきちゃんは俺にとんでもない期待感なり幻想を抱いているのではないだろうか?
まあそうだろう。俺がそう仕向けたのだからね。でも実際の俺は百貨店のバイヤーでも何でもない。単なるスロプーの無職である。
さきちゃんと実際に会ったとして、二人で居酒屋に行ったとして、10分くらい経ってさきちゃんにちょっとトイレ行ってくるねと言われて、そのままトイレに行くふりをしてバックれられたら、さすがに女の非情に対してはぐれメタルばりに守備力が高い俺でもやばい事になるぞ。
逃げよう、今すぐこの場から逃げるんだ。さきちゃんとの約束などこちらから先にバックレて出会いカフェに行こう。そして金を払って女を抱こう。そっちの方が良いに決まってる。いつもの俺の世界に戻るんだ。
そもそも俺はさきちゃんと実際会って何を求めていたのだ?さきちゃんとのメールの先に一体俺は何を求めていたのだ?
悪い予感がする。サッカーボールが鼻に当たってつーんとするあの感じだ。
さあ、この場から今すぐに逃げよう。そして出会いカフェに行って金を払って女を抱こう。さきちゃんが現実に俺の前に現れる前に、自分の現実を知る前に。いつもの俺の世界へ戻るんだ。理想を見たら駄目だ。自分の現実を見るんだ
傷つくぞー、傷つくぞー
そんな現実と理想の狭間の中で
俺はやはり人であった。理想を見たのである
理想を信じて俺はさきちゃんが来るのをじっと待つ。今にも逃げ出したくなるのを堪えて、人が理想だけを求めて現実をないがしろにするように
俺は逃げ出したくなるのを堪えて彼女をひたすらに待つ。ただ、ただ、彼女に対しての理想だけを求めて