乗馬では、手足を独立させて同時並列的に使うことが大切な事はよく知られていると思いますが、同時に、これがなかなか難しいということも、皆さんよくご存知だと思います。
 

・回って、回せず


   例えば、馬を左右に誘導する場合、一般的な指導法では、開き手綱の扶助を行う際、「胸を曲がりたい方向に向けるように」などというように、脊柱を軸として上体を捻じって身体を回し、拳を横に動かすようにアドバイスされることが多いだろうと思います。


   このようにすることで、手が思うように動かない初心者の方でも、肩が回ることで、とりあえず片方の手綱を引っ張って馬の首を曲げることができます。 


   ですが、このように上体をねじって身体をひとかたまりで回すような動きでは、その回転に全身が引きずられ、手足など身体の各部の動きを互いに独立させる事ができません。

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  身体が「ひとかたまり」で回ることにより、左右の手が同時に同じ方向に動いてしまうため、内方手綱を引くのと同時に、外方の拳が連動して上にあがったりして、外方の抑えが効かなくなって肩から逃げられてしまったりということが多くなります。



  内方拳と、外方の手足の扶助を独立させて、同時並列的に働かせるためには、「井桁崩し」といわれる身体の使い方が有効です。

 

  「井桁」というのは、割り箸などを漢字の「井」の字形に組んだ状態のことですが、これを、段ボールの箱を畳むときのような感じで、向かい合った辺を互いに逆方向にズラしていくと、正方形から平行四辺形へと変形していきます。

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  四角形が、そのまま一点を中心に回転するような場合には、4つの角の角度は変わりませんが、井桁崩しの場合には、それぞれの角は同時並列的にその角度を変えていきます。


  この動きは、侍が抜刀するときの身体の使い方と同じです。 {6760E97A-E9F0-4215-ABA3-53B80BEE5FF4:01}

  刀は長いので、ただ片手で刀を握って、上体を捻って抜こうとしても上手く抜けません。

   片方の手で鞘の鯉口を握り、刀を差した腰ごと、半身を後ろに下げるようにして鞘を引きながら、真っ直ぐに抜いていくのです。 

   

 

  乗馬で開き手綱を使うときも、騎手の上体の「箱」の側面を互い違いにずらしていくような感覚で、開き手綱側の半身を前に出し、逆側の半身を後ろに残すようにして、拳を後ろへ引くのではなく、斜め前に突き出すようなつもりで開いてやると、全身が「ひとかたまり」で回転するようなこともなく、外方手綱を控えたまま、馬を内方へと誘導することができます。

 

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  井桁崩しの動きは、単一の軸を中心にひとかたまりで回るのではなく、幾つもの支点を持つ動きが同時並行的に起こるような動きになり、より精妙な操作が出来るようになります。

 



 ・蹴らずに動く


 よく、軽速歩を習い始めたばかりの方などが鐙に立ち上がろうとしたときに、足先で蹴った鐙が前に行ってしまい、腰が引けたような姿勢になって、なかなか立てないことがあると思います。


  そういう時に、足先で鐙を蹴るのではなく、踵の後端あたりを意識しながら、足裏を地面につけて後ろに残すような感覚で、強く蹴らないようにスッと腰を伸ばしてお腹を前に出すようにすると、楽にひざ立ちのバランスになることができます。
 

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(このひざ立ちのバランスが、「正しい軽速歩のバランス」というわけではないのですが、鐙に上手く立てない、リズムが安定しない、という方は、お試し頂ければ随分楽になるのではないかと思います。)

 



・日本人本来の身体操作法


  このような、身体を捻らず、同側の肩と腰を揃えるような動きや、つま先で地面を蹴らずに前に重心移動する、というような動きは、実はそれほど特殊なものではなく、近代以前の日本人が普通に行ってきた、自然な身体の使い方です。


  しかし、明治以降、軍隊や学校体育に導入された西洋式体育教育や、とくに近年の「科学的」運動理論によって、現在ではほとんど失われたとされ、阿波踊りとか能の舞、田植えや鍬を振る時の形、また武術の半身の構えなどに、わずかにその典型を見ることができる程度になっています。


  そんなわけで、一般的な体育教育を受けて育った「常識的な」指導者の方は、「開き手綱の扶助を行う際には、胸を内に向けるようにして、脊柱を軸に上体を回転させるように」というようなアドバイスをすることが多いのだろうと考えられます。

 


 ですが、そのような一般的な方法以上に有効で、私たち日本人の身体に合った身体操作法があるとするならば、これを使わないのは、なんとももったいないと思うわけです。

 


 とはいえ、よほどの伝統芸能の家柄だとか武道家などでもない限り、ほとんどの方はこれまでの人生を近代的な生活環境の中で、近代的な体育教育を受けて育ってきているわけですから、江戸時代の日本人のように動けといわれても、どうすればよいのか想像もつかない方がほとんどでしょう。

 




・「リ・プリンティング」ドリル


 そこで、これまでの人生で「常識的な動き方」を刷り込まれてきた身体に、本来の?の動き方をもう一度刷り込み直し(リ・プリンティング)、身体の奥底に眠っているかもしれない「授かりし身体操作法」を呼び覚ますための、「動き方の練習ドリル」が出来ないかな、と考えてみましたので、以下に紹介させて頂きたいと思います。



   


・ドリル1 「蹲踞(そんきょ)」


   一般的には、乗馬の正しい姿勢として、膝やつま先を内向きにして内腿を鞍に密着させるように指導されることが多いと思いますが、あまりがっちり鞍を挟んでしまうと、脚も効きにくくなりますし、鐙に重心が乗れなくなってしまって、当初の目的である安定ということからも逸れたものとなってしまいます。



   騎手が馬の動きに柔軟に随伴しながらしっかり推進するためには、膝で鞍をガッチリ挟むのではなく、むしろ股関節を開いて腰を立て、鞍壺に坐骨が載るように座り、重心下に構えた足先で体重を支えるような姿勢の方が良いようです。



 足先で鐙に乗り、踵を踏み下げず、腿・膝で挟まない感覚をつかむためには、相撲の「蹲踞」の形で座ってみるのが良いと思います。

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  いわば「つま先立ちの、ガニ股」で、一般的な正しい姿勢のイメージに比べるとずいぶん不安定な感じがするかと思いますが、その不安定さこそが、騎手の動き出しをスムーズにし、馬の身体の動きにとっての抵抗を少なくしてくれるのです。


  鐙の板に重心を載せたバランスは、その不安定さゆえに、様々な方向に、踏ん張ることなく、即座に動くことができます。


 膝などで鞍を挟んでホールドするような力をできるだけ使わず、鐙の踏み板の上に「載って」いられるようになると、鐙がズレてしまうことも少なくなって、軽い力で脚が効くのが実感できると思います。



・ドリル2  「摺り足」


相撲の技術で、摺り足という動きがあります。

  相撲では、相手を押すときに、膝を真っ直ぐ前に向けて、お尻を突き出したような形で前傾して、足先で地面を蹴って相手を押そうとしたのでは、簡単にはたき落とされてしまいます。

   「摺り足」は、相手のいなしを食わないために、股関節を外旋して膝を外に向けた「腰を割った」姿勢から、片方の足を踏み出すと時に同側の脇腹を前に出すようにして、常に股関節を足の上に載せた状態を保ちながら、相手を下から押し上げるようにして押していくことを言います。

   腰を落とした低い姿勢で下から押し上げることで相手の重心を浮かせやすくするだけでなく、足を後方に蹴って動こうとするのに比べて相手に気配をさとられにくくなり、いなされて態勢を崩すことも少なくなります。


  このときの、同側の腰と肩甲骨を同時に突き出すような動きの原理は、「井桁崩し」と同じですから、この動きを稽古することで、前述の開き手綱や、駈歩の随伴などがスムーズに出来るようになることが期待できます。




 ドリル3 「太刀奪り」


  摺り足の応用で、袈裟斬りに斬ってこようとする相手の刀を躱しながら、柄を掴んで奪ってしまうという技です。

足で床を蹴って逃げたのでは、どんなに筋力が優れているような人でもその気配で動きを読まれてしまいます。

  それに対して、身体が倒れる力を利用して、タメをつくらずに重心を移動させるようにすると、踏ん張って動くよりも素早く相手の懐に飛び込むようなことができます。

 もちろん、日常生活でこんな場面はないでしょうが、この「蹴らずに動く」動きは、軽速歩や障害飛越の随伴などにも応用できます。

 


 


ドリル4 「杖術」


  蛇乗りや8字乗り、 駈歩の踏歩変換など、馬の運動の手前を換える時には、乗っている騎手も姿勢や随伴の方向を入れ換える必要がありますが、


  その際、身体をひとかたまりで回したのでは、身体に捻じれが生じたりして、馬の手前の変化に対する反応が遅れてしまいやすくなりますから、ここでも、「井桁」の原理を応用して、群泳する小魚が一斉に方向変換するように、身体各部を同時並列で働かせ、運動方向を一斉に変換することで、素早く姿勢を変えることができます。


  「杖術」は、四尺ほどの棒を用いる武術で、身体の構えを素早く切り換えながら、前後左右様々な方向に向かって攻撃を行います。

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 この杖術の型を行ってみることで、手前を差し換える時の身体の使い方を練ることが出来ます。

 

おススメは「巴」です。

(11:40くらい」

 

  これらの動きを繰り返し、「ねじらない」「蹴らない」「挟まない」「反らない」身体の使い方をプリンティングし直すことによって、より気持ちの良い騎乗に繋がるかもしれません。

 



  ・ドリル5  「パンチング」


  ここからは、日本伝統の動法というよりは、人類共通の動きのしくみ、といった話になります。


  ボクシングのパンチや、球技などの投擲やスイングの動作、あるいは、陸上などのランニング動作では、


腕や足の筋力だけでなく、足を地面に踏ん張り、蹴り出そうとする時の反力によって骨盤の両側の「腸骨」が高速ですれ違う(ブラッシング)ような動きが起こり、


それによって腰が鋭く回転することで、大きなエネルギーを生み出しています。


  前述した「摺り足」も、実は、足の踏ん張りの反力によって同側の腸骨が前に出た後、足裏を返すようにして踏み切った足が素早く追いついて着地する、というような動きの繰り返しになっています。


   この時の、踏み切ろうとする足からうねり上げてくる反力によって同側の腸骨が前に突き出されるような動きと、それによって生み出される各部の筋肉の反射的な運動の連鎖を、一連の流れとして身体に落とし込むための練習ドリルが、『パンチング』です。


 


  腸骨の後ろ側の、「弓状線」と呼ばれる部分を、


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(仮想の誰かに)後ろから握ってもらって、両拳をすれ違わせるように素早く動かしてもらっているようなイメージで、


軸足を踏ん張るとともに鋭く腰を回転させ、ストレートパンチを放つような動作を繰り返します。


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  乗馬の動きにより近づけるという意味では、顔の高さのストレートパンチよりも、脇腹への「ボディブロー」のようなイメージで、肘を前に出すようにしてみる方が良いかもしれません。


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  このドリルによって、  駈歩の際、馬の動きに合わせて内方鐙に加重しながら、同時に内方の脇腹を前に突き出すようにして、上体が内向きに捻じれないように随伴する動きの感覚を身体に落とし込むことが出来ます。

  駈歩の時に上体がいつの間にか内向きに捻じれ、腰が外方に落ちてしまって、鐙が外れたり、内方手綱に掴まって引っ張り過ぎてしまったりといった『癖』に悩んでいるような方には、かなりの改善が期待出来るのではないかと思います。




  それぞれの種目によって、一見まるで違う動きのように見えても、上手な人の動きをよく見ると、共通するところも多いものです。

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 それは、人間の身体に本来備わっている、「効率的な動作のためのしくみ」に逆らわないような動き方が出来ているからなのでしょう。

  こうしたドリルによって、そのような達人たちの感覚を知り、一端でも味わうことが出来れば、よりスポーツが楽しくなるのではないかと思います。